失われた聖剣【9】
宮廷と王宮の境目あたりにある王立書庫の廊下に『転移』したエレアノーラは、エヴァンとルーシャン、クレアがミラナ王妃と共にいるのを確認し、それから目の前にいる怪しげな男を見た。茶髪に薄茶色の瞳の男だ。背丈はそれほど高くなく、エレアノーラと変わらないくらいだろう。
顔立ちも整っているが特徴があるわけではない。全身黒ずくめで、はっきり言って怪しい。まあ、エレアノーラも似たようなものであるが。
顔が白く、血が通っているように見えない。目には生気が無く、どこか人形のような雰囲気を漂わせている。
エレアノーラがこの場所に転移したのは、ミラナ王妃に呼ばれたからだ。いや、正確には、ミラナに渡した双子石が反応したからだ。
ミラナに渡した双子石の片割れは、エレアノーラが持っている。どちらかが危険な目に合うと、もう片方の石が反応する。そう言う風に、レグルスが作ったのである。
玉座の間で扉を発見したとき、この双子石が反応した。エレアノーラとしてはそのまま隠し通路を捜索したい気もしたが、ミラナに危機が迫っていると感じ、そうしたらそちらが優先だ。
『エリー! 宮殿内での魔法使用を許可するわ。派手にやってきなさい!』
レグルスが下した命令はこうだった。エレアノーラはそこで『了解』と答えるのではなく、驚愕した。
『え、レグルス様は行かないの!?』
『兄上を置いていけないでしょ! 行ってらっしゃい!』
『無茶ぶり!』
そう叫びながらも、エレアノーラは転移魔法を使用した。宮殿内では許可なしに転移魔法を使えない。だが、許可が下りた場合は別だ。この『許可』にも魔法がかけられており、王族……つまり、現在は国王のジェイラスと王弟のレグルスのみが『許可』を下せる。そのほかの人が許可を出そうとしたら、三名から五名以上の連名の署名が必要である。
そんなわけで、玉座の間にレグルス、ジェイラス、メイシー所長、ティレット内務長官を置いてミラナたちの元に来たわけだ。
一応、黒づくめの男が敵なのだろうな、と思いつつ、状況を尋ねた。エヴァンが簡潔に答えてくれる。
「そいつは敵! 変わった魔法を使う!」
「了解!」
簡潔すぎるが、相手が敵であるとわかっただけで十分だ。エレアノーラは身の丈ほどもあるロッドを両手で持ち、槍を振るうように大きく振りかぶった。
振り下ろしたロッドが甲高い音を立てて障壁にぶつかった。不可視の障壁にひびが入り、エレアノーラは力技で押す。
「りゃあっ!」
重力に干渉して物理的な力で魔法障壁を割り、そのまま男の首筋をロッドで殴り倒す。ロッドの強化、さらに加速。これらの理に『干渉』して威力を増した。さすがに耐え切れないか、男がそのまま横ざまに吹っ飛ぶ。
「よしっ」
「よし、じゃないでしょ。やりすぎ!」
エヴァンからツッコミが入る。やりすぎ、と言われたのだが、やりすぎと言われるほどではないと思う。なぜなら。
「大丈夫だよ。ほら」
エレアノーラは通常上に向けるロッドの飾り部分を床に向けて持ちながら言った。壁に激突した男が身を起こす。その姿には怪我ひとつない。
「不死者ね」
「……もしかして、気づいてた?」
エヴァンが尋ねると、エレアノーラは笑って「まあ、何となく?」と首をかしげた。
「雰囲気が違うもの」
「どんな野性的勘だよ。エヴァンですら気づかなかったんだぞ」
このツッコミはルーシャンからだ。エレアノーラは肩を竦め、さて、どうしたものか、と考える。
おそらく、この男はクローディア王女に封じられていた不死の戦士なのだと思う。まあ、まだ証拠が見つかっていないから(仮)をつけるべきかもしれないが。
つまり、通常の方法では殺せないし、そして、拘束するのも難しい。何しろ、死なないから。
できれば捕まえたいのだが、難しいだろうか。たぶん、エレアノーラ一人では厳しいだろう。
男の魔法がエレアノーラを狙った。それを振り払い、指先を動かして最小限の力で魔法をはじき出した。男は光線のようなそれを避けず、エレアノーラの魔法は男を貫く。
おそらく、本当に不死の戦士なのなら、魔法にも耐性があるはずだ。精神感応魔法の能力者を連れてくると言う手も考えられるが、そもそも精神感応魔法が効かない可能性が高い。
それなら。
「とりあえず、力押しかな!」
エレアノーラは嬉々として魔法を使用する。せっかく許可をもらったのだ。派手にやらないでどうする。
ほかの魔導師に比べてやや常識的とはいえ、やはり彼女も魔導師だ。自分の力を使いたいと思う気持ちもある。しかも、相手が死なないのであれば過激な魔法も使い放題だ。彼女もかなりの鬼畜である。
重力波に風を巻き上げての攻撃。次々と魔法攻撃を仕掛けていたエレアノーラだが、不意に目をしばたたかせた。一瞬にして男の姿が消えたのである。
転移魔法!
この言葉がとっさに浮かび上がるあたり、やはり彼女もその能力者だと言うことだろう。
「ロッドを床に置け」
背後から聞こえてきた声に、エレアノーラは素直に従った。ロッドから手を放すと、カラン、と高い音が鳴った。
「……人質にするなら、別の人にしてくれない?」
エレアノーラは男に向かって言った。彼が人質に取ったのはミラナだった。他の、例えばクレアであっても自衛の力はあるのに。ミラナとその侍女だけは、身を守るすべがないのだ。
エヴァンがこっそりと魔法式を組み立てる。だが、それに気が付いた男に魔法式ごと破壊され、もともと攻撃能力の低いエヴァンはそのまま吹き飛ばされる。
「エヴァン!」
「お前は動くな」
男は、ミラナを拘束しているだけで武器を持っているわけではない。しかし、その気になれば簡単に彼女を殺せるだろう。エレアノーラが戦っている間に逃げてもらうべきだった。……いや、相手は転移魔法が使えるのだから、そうしても無駄だ。すぐに追いつかれる。
……ついに私も進退窮まったか!?
エレアノーラは、結構錯乱していた。
「どどどどど、どうしましょう副局長!」
クレアが混乱したように叫んだ。エレアノーラはちらっと彼女を見たが、すぐに視線を男に戻した。のだが。
「っ!?」
目の前にまで迫っていた男にまったく反応できなかった。ルーシャンが「エリー!?」と叫ぶ。駄目だ。こちら側の男どもは二人とも戦闘魔法があまり使えないのだった。
間近で放たれた衝撃魔法を何とか耐える。クレアが「副局長!」と叫ぶのが聞こえた。
「やめてっ」
感覚で、クレアが魔法を放つのがわかった。男がその魔法を避ける。魔法の進路上にはエレアノーラがいた。
「だっ!」
ぎりぎりまで魔法が男の体に隠されていて反応できなかったエレアノーラは、クレアの風魔法をもろに食らって意識を失った。
目覚めた時、エレアノーラはベッドの中の住人となっていた。カレンがエレアノーラが目覚めたことに気が付き、覗き込んでくる。
「気分はどうですか~?」
「……気持ち悪い」
エレアノーラは正直に答えた。脳が揺さぶられているような気持ち悪さだ。吐いたらすっきりしそうなのに、吐けなくて余計に気持ちが悪い。
「あの男は?」
「副局長が倒れた後、すぐに姿をくらましたらしいですよ。あ、王妃様を含め他のみんなは無事です」
それはよかった。
「クレアの魔法をもろに食らったって聞きましたけど。彼女の魔法、ただの風魔法じゃなくて精神感応系の魔法も含んでるんですねー」
感心したようにカレンが言った。つまり、これは風魔法を食らった衝撃と精神感応魔法による影響と言うことだろうか。
「そう言えば、隠し扉のことはどうなったか聞いてる?」
「玉座の間の? 聞いてますよー。中は、王族の避難用通路だったみたいです。隠し部屋があって、そこに棺桶と、女性の遺体が」
「……遺体?」
カレンによると、椅子に座った形で黒髪の女性の遺体があったらしい。その前に置かれていた棺桶は内側から開いた形跡があり、中にはつい最近まで何かが安置されていたようだった。
「って、吸血鬼か」
「あははは。本当に吸血鬼だったら、研究させてほしいなぁ」
カレンが冗談とも本気ともつかない口調で言った。
「それで、その女性の遺体って」
「おそらく、クローディア王女のものだろうって、局長が」
「ああ……やっぱりね」
後でレグルスには詳しい話を聞かなければ。
「遺体の体勢から言って、何か剣のような棒状のものを持っていた可能性が高いらしいですよ」
「……」
ならば、クローディア王女は本当に封じのためにカリバーンを使用したのだろうか。棺桶に入っていたのは、十中八九今日襲撃してきた男なのだろうが……。
問題が解決したようで、まったく解決していない。むしろ、より問題が複雑化してきている。調査結果が出れば出るほど、謎が深まっていく気がした。
どちらにしろ、気持ち悪くてあまり頭が働かないエレアノーラだ。
男は何のためにミラナを狙うのだろう。
△
その頃、目の前でエレアノーラが倒れ、男が転移する様子を見ていたエヴァンとクレアである。クレアがため息をついた。
「すみません……まさか副局長にあたってしまうとは……」
「……まあ、いつものエリーだったらよけられたかもしれないけど」
エレアノーラの身体能力は高いのだ。
だが、エヴァンはひとつ気になることがある。
「クレア、あの時、不死者ではなく、エリーを狙っただろう」
クレアが放った風魔法は、不死者の男が避けることを計算してエレアノーラを狙ったものだった。
クレアは答えない。エヴァンはまっすぐに彼女を見て言った。
「君は誰?」
誰何の言葉に、クレアの口元に笑みが浮かんだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この章も、あと……3話くらい?




