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失われた聖剣【6】













 特務局ではレグルスが待ち構えていた。珍しいこともあるものだ。

「どうだった?」

「この剣はカリバーンみたいよ」

 レグルスに尋ねられ、エレアノーラはさらりとそう言ってレグルスに剣を返した。彼は「そうなの」とあまり驚いた様子は見せない。まあ、初めからカリバーンである可能性は高いと考えていたのだろう。

「それより、特務局うちに魔法生態学の専門家っていたっけ?」

「魔法生態学?」

 レグルスが首をかしげた。基本的に特務局は事務職なので、専門的なことhがそれほど必要ないのだ。

「カレンがかじっていたとおもうけど、あの子も魔法医学が専門だからね」

「なら、魔法研究所に頼むわ」

 エレアノーラがそう結論を出すと、レグルスは眉をひそめて尋ねた。


「どういうこと? 何を聞いてきたの?」


 エレアノーラはエヴァンとルーシャンを見上げ、二人とも口を開かないのでエレアノーラが説明する。

「ロッドフォード教授によると、クローディア王女が聖剣カリバーンを持って戦場に出たことは確かなようね。終戦後、クローディア王女の消息は不明。カリバーンも行方知れずに」

「ええ。そこまでは知ってるわよ」

 やはり知っていたか。レグルスは王族であるし、ロッドフォード教授より詳しいことを知っていても不思議ではない。


「それでは、百年前の魔法戦争で、不死の戦士が導入されたことは知ってる?」

「……聞いたことはあるわ」


 レグルスは少し間を置いて答えた。百年前は、不老不死の研究が最も盛んだった時期とも重なる。そこに戦争と言う人口が減るものが起き、不死の研究は最盛期を迎えたと言っていい。

「結果は不明だと言われているけど、不死に近い人間は生み出されたかもしれないわね。もともと、魔導師は長寿の傾向があるらしいし」

 レグルスは冷静だった。どんなに不快な内容でも、もう過去のもの。帰ることはできないのだ。

「でも、それが何の関係が……」

「カリバーンは」

 エレアノーラは問いを発しようとしたレグルスに応えた。


「封じの剣らしいわ」

「……」


 レグルスの視線がエヴァンとルーシャンに向いた。エレアノーラも背後の二人を見ると、彼らは無言でうなずいた。

 ここまで言えばわかるだろう。クローディア王女は、この不死の戦士を封じたのではないだろうか。

「……わかったわ。不死の戦士についての情報は、メイシー所長に協力してもらいましょう。それに、仮にクローディア王女が封印のために剣を使っていたのだとしたら、その場所を特定しないとね」

 さすがにレグルスの切り替えは早かった。エレアノーラとエヴァンは「了解」とうなずく。この二人も対応が早い。

「お前ら、切り替え早いな」

 ルーシャンが呆れ半分、感心半分といった口調で言った。基本的に研究者気質の者が多い魔導師は、もともと事務職には向かないのだ。なぜなら、一つのことに集中するから。集中力が高い、と言えば聞こえはいいが、要するに頭の切り替えが下手なのである。

 エレアノーラやエヴァンは、その切り替えができる人物だった。二人とも、多角的に状況を見ることができる人物だ。そのため、年若いこの二人が副局長、補佐官と言う重要な役割を担っているのだ。


 まずメイシー所長に連絡を取り、不老不死の研究についての調査をしてもらうことにした。早ければ、三日ほどで報告書が上がってくるだろう。

 そして、クローディア王女の足跡を調べることにした。これはルーシャンと言う強い味方が特務局に存在するので、彼に協力してもらって調べることにした。ついでに、風魔法が得意だと言うクレアにも手伝ってもらう。現在、彼女は教育機関であり、指導役のエヴァンがこれに関わっているので必然的に彼女も関わることになるのだ。


 しかし、ここで意外なことがわかった。クレアは魔法文字を専門として勉強していたらしい。魔法文字は魔法学術院では必須科目であるが、突き詰める人はそれほど多くない。

 文字は、言葉は、魔法だ。強い力を持つ。クローディア王女は古代文字を魔法式に組み込んで使用していたことがわかっているので、クレアの存在はありがたい。

 三日後、メイシー所長が調査報告に来た。魔法生態学の専門家だと言う魔導師も一緒だ。彼は聖剣で殺されたイングラム宰相の司法解剖も行ったらしい。


「そしたら、まずイングラム宰相の司法解剖結果からお伝えします」


 彼らと共に机を囲んでいるのは、いつもの三人。つまり、局長レグルス、副局長エレアノーラ、補佐官エヴァンの三人だ。魔法生態学専門の魔導師、サディアスと言うらしいが、彼が口を開いた。

「つーか、俺、医学的なことは専門じゃないんですよ。カレンとかの方が詳しいでしょ」

「それはいいから、とりあえず報告をお願い」

 生態学と医学は違う。名の上がったカレンによると、「医学と解剖学も違います~」とのことだが。カレンもレグルスと同じ魔法研究所から異動してきた人物なのだ。だから、サディアスと面識があるのだろう。年も同じくらいに見えるし。


「とりあえず、イングラム宰相の死因は外傷性ショックでしょうねぇ。彼が亡くなったことに、魔法は関係ないと思われますよぉ」

「死因にってことは、それ以外には関係あるの?」


 エレアノーラが尋ねると、「さすがは天才魔導師エレアノーラ嬢だなぁ」とのんびり言われた。何だか最近よく聞くような気がするセリフだ。そこら辺はスルーだ。

「全体的にぼんやりとした違和感があるんですよぉ。なんつーか、まんべんなく魔法を使われているような気がすると言うか」

「認識変化魔法かしら」

 レグルスが口をはさんだ。認識変化魔法とはそのままであり、他人の認識に干渉する魔法だ。鋭い人ならぼんやりとした違和感を覚える魔法であり、レグルスはそのことを指摘したのだと思われる。

「でも、何のために?」

「……」

 エレアノーラが冷静につっこむと、全員が沈黙した。まあ、宰相の遺体の状況を聞いたので、これはこれで置いておこう。

 続いて、不老不死の研究についてだ。

「不老不死。魔法生態学をかじったものなら一度は研究を夢見るもんですけどねぇ」

 今では禁止されているから、サディアスはできなかったのだろう。


「百年前、魔法戦争のころはご存じのとおり不死の研究の最盛期ですねぇ。それ以前からちょこちょこ続けられていて、エドワード王が非人道的だからやめようとか言ったらしいですが、戦争中で聞き入れられなかったらしいですねぇ」


 それは初耳だ。どうやら、エドワード王はちゃんとした倫理観を持った人物だったようだ。その話が本当なら、だけど。


「目的としては、やはり戦士の強化ですよねぇ。戦争は人を、言い方は悪いですけど、『消費』しますから、死なない戦士を作るのは軍事的にも重要だったのでしょうねぇ」

「……」


 サディアスのあけすけな言葉に再び沈黙が降りた。

 戦争が行われると、人は減る。徴兵年齢が下がり、若者たちが次々と亡くなっていく。人が減ると言うことは、国の発展を妨げる。そのため、『殺しても死なない戦士』を生み出そうとしたのだろう。

「そして、それはある程度成功していたようなんですよねぇ。記録が残っていますよぉ。実際に動員したようですねぇ。で、その隊を率いたのがクローディア王女のようなんですよねぇ」

 エレアノーラは息をのんだ。勝手に、クローディア王女は不死の戦士に反対する立場だと思っていたのだ。

「まあ、そこまで詳しいことはわかりませんけど。で、不死の戦士についてですけど。完成度としては低めだったようですねぇ」

 サディアスがのんびりと言った。確かに刺しても死なないが、調整のために使った魔法が不安定で定着せず、『崩壊』する者が後を絶たなかったとか。


「でも、そんな中でも『成功例』と言える者がいたわけですよぉ」


 切られても死なず、病にもかからず。首を切られても心臓を射抜かれても死なない。そんな戦士が『生み出され』たらしい。


 それでも、弱点と言うものが存在するわけで。


 彼らは『不死』なのではなく、人間すべてに備わる自然治癒力を限界まで高めた存在だった。そのため、連続して戦場で戦えるが、寿命は非常に短かったのだと言う。

 エレアノーラとしては、当初の人口減少問題から論点がずれているとしか言いようがないと思うのだが、当時の人はそうは思わなかったようだ。


 それだけ、『不死』実験の成功例に近いものに、価値があると思われたのだろう。


 そして、戦争中にも研究は進み、様々な魔導師の魔法を『掛け合わせ』ることで不死の戦士の寿命を延ばすことに成功した。

 もともと、人間の細胞の分裂回数は決まっているのだと言う。これが衰えてくると老化が始まり、そして死に至る。そんな自然の摂理を真っ向から否定するのだから、彼らは異端として見られた。


「魔法戦争中に、ほとんどの不死の戦士は亡くなっています。それでも、戦後もいくらか生きていた者はいたわけでぇ」


 サディアスがかけていた眼鏡を押し上げる。資料をめくりながら話を続けた。


「ここから先は自分の専門外になってしまうのですがぁ。戦後、生き残った不死の戦士は死んでいないはずなのに姿を消しているんですぅ」


 不死の戦士は、いわば『実験動物』だ。言い方は悪いが、そう言うのが一番近いだろう。そして、『実験動物』の記録には、必ず死亡記録もつくはずなのだ。実際に、戦場で亡くなった不死の戦士の記録は残っている。

「クローディア王女も、その不死の戦士も。戦後行方不明ってことか。つまり……」

「さすがはエヴァン。察しがいい~」

 サディアスの言葉にエヴァンは少し顔をしかめ、エレアノーラとレグルスを見て、メイシー所長にも目をやった。たぶん、四人とも同じことを考えている。

「その不死の戦士は、クローディア王女に封印されたと考えるのがやはりしっくりくるわね」

「死なないんだもんね。長寿でないはずだから、放っておけば死んだ可能性もあるけど……」

 レグルスとエヴァンが言葉を交わす。そうしなかったのは、そんな悠長なことを言っていられない状況だったからか。そこにエレアノーラがはい、と手を上げる。視線が集中した。


「駆け落ちした、っていうのも考えられない?」

「……駆け落ち?」

「駆け落ちじゃなくてもいいけど、逃げた、とか」


 エレアノーラは首をかしげて男性陣を見た。この辺の思考の違いが、男女の性差なのだろうか。

 基本的に、出奔や駆け落ちは醜聞である。かくしておく可能性も、ないわけではないが……。

「……でも、カリバーンのことがあるから、やっぱり今のは忘れて」

 聖剣カリバーンが封じの剣であることを考えると、やはり封印の可能性の方が高そうだった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


11月も最後の日ですね……もう12月。年末だー。来年はお年玉をあげないといけないのかな……。


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