失われた聖剣【3】
※人死にの描写があります。ご注意を!
その日、広い特務局の執務室では剣戟の音が響いていた。音源は局長のレグルスと副局長のエレアノーラである。本格的な剣術訓練ではなく、軽く体を動かしている感じだ。
「……エヴァンさん。局長と副局長、何してるんですか?」
二人の仕合を見ていたクレアがエヴァンに尋ねた。確かに執務室で剣をとっている二人の様子は異様である。
「ああ。あれはほっといていいから。被害でないし」
「そう言う問題なんですか!? あ、でも、お二人ともなんていうか、うまいですね」
「ああ、あの二人は特務局内でもかなりの実力者だしね」
「っていうか、特務局って戦闘魔導師集団でしたっけ?」
「……まあ、場合によってはね」
エヴァンが苦笑している。彼は基本的に能力が後方支援なので、前線に出てくることはない。クレアは風魔法の使い手であるので、そのうち戦闘に巻き込まれる可能性もある。
レグルスがちらりと時計を見た。エレアノーラもつられて時計を見て、剣を降ろした。時間だ。
「もう時間ね。憂鬱だわ」
「毎年行ってんのに、何言ってるのよ……。っていうか、私は行かなくてもいいんじゃないの」
レグルスとエレアノーラのどんよりした口調にエヴァンが苦笑した。
「いいから行ってきてよ。陛下を含めた会議でしょ」
そう。これから国王を含めた各官公庁の長による会議が行われるのである。春から半年間の成果などの報告、それと、予算に関しても話し合われる。出てくるのは先ほども言ったように各官公庁の長、もしくはその代理。二人出てくる場合もあり、特務局からは局長レグルスと副局長エレアノーラの二人だ。エレアノーラの出席は半分生贄であるが、もう半分はレグルスがいないときに代理として出席する場合に備えての場慣れの意味もある。
立てかけてあった鞘を拾い上げ剣をおさめる。まさか会議に剣を持って行けないので、置いて行くしかない。
「じゃあ、行ってくるわね」
「はいはい。行ってらっしゃい」
レグルスの挨拶に適当にエヴァンは返した。そのほか、カレンやクレアも「行ってらっしゃーい」と手を振ってくれた。
「まあ、こういう会議があるのは仕方がないけど、あまり気のりはしないなぁ」
「基本的に足の引っ張り合いだものね。っと、あの会議室……なんだけど」
しゃべりながら歩いているうちに会議が行われる場所に到着したようだ。だが、レグルスが首をかしげている。会議室の前に人だかりができていた。
「まだ開いてないだけじゃ?」
「いつもなら、宰相が一番に来て開けといてくれるのよ」
レグルスの言葉に、エレアノーラも宰相の姿を探すが……見つからない。
「居ませんね」
「まだ来てないのかしら」
「なら別の人が開ければいいのでは」
「基本的に、会議の前の日からカギは宰相が預かってるのよね……」
「なるほど」
だから、逆に言うと宰相が来るまで鍵を空けられないのか。融通が利かないな。
「どうかした?」
レグルスが尋ねると、近くにいた何人かが振り返り「殿下」とほっとした表情になる。普段はオネエ王弟と馬鹿にしているくせに。
まあ、それはいい。
「宰相は、まだ来ていないようね?」
「そう、なのですが。宰相室に問い合わせてみたら、とっくに出て行ったと言われました」
「あらら……」
レグルスは顎に指を当てて少し考えるそぶりを見せた。
「ちなみに、会議室に鍵がかかっているかは確かめた?」
「い、いえ……いつもなら宰相が来たあと、扉が開かれているはずなので、誰も触っていないと思いますが……」
慣例と言うのは、物事を行う時にメリットもあるがデメリットもある。こうあるはずだ、とみんなが認識するので、それからそれたことを誰も行わないのである。
「エリー。許可するわ。開けなさい」
「……そう来ますかぁ。わかりました」
レグルスに命じられ、エレアノーラは扉の前に立った。扉の破壊許可をもらったエレアノーラであるが、まず普通に開けてみることにした。取っ手に手をかけてぐっと押すと。
「お?」
開いた。鍵が開いていたのだ。エレアノーラはそのまま扉を開け、そして、その状態で停止した。目を大きく見開く。背後から中を覗き込んだ者たちも目を見開き、そして、誰かが悲鳴をあげた。
「レグルス、どうした」
国王がやってきて尋ねた。レグルスがさすがに戸惑ったように国王を見て、続いて会議室の中に視線を向けた。扉を開けた体勢で固まっていたエレアノーラはそっと姿勢を正す。
「エレアノーラ嬢も一緒か」
そう言ってから中を見て、国王は目を見開いた。彼は、大きく息を吸って、吐く。
「レグルス」
「はい」
「これは、どういうことだ?」
国王の問いに、レグルスはさらりと言った。
「まあ、殺人事件でしょうねぇ」
そう。会議室の中では宰相が殺されていた。
△
「駄目ですね。死んでいます」
とりあえず官公庁の長を追い払い、この部屋には国王とレグルス、宰相の死体検分を行っているエレアノーラ、魔法研究所所長のメイシー所長、軍務省のマクファーレン長官がいた。
「亡くなってから一時間くらいですかね。状況を見る限り、即死っぽくはないんですが」
「それは、まあ、そうね……」
レグルスがエレアノーラに相槌を打った。宰相はあおむけで、鳩尾のあたりを剣で貫かれていた。床に剣先が突き刺さっており、自力で抜けたとは思えない。魔導師ならともかく、宰相のイングラムは魔法が使えないはずだった。
「となると、宰相が刺されたのは一時間以上前ってことか? 宰相室を出た時間は?」
国王が尋ねた。マクファーレン長官が「宰相室は一時間半ほど前と言っていますが」と答えた。
「それで、エレアノーラ嬢はどうして即死じゃないと思うんだ?」
話がエレアノーラに向けられ、エレアノーラは国王に向き直った。
「普通、鳩尾を貫かれても即死はしません。痛いですけど。剣を引き抜かなければ失血死も考えにくいですし、なんで亡くなったのか……外傷性ショックでしょうか」
つらつらと言葉を並べるエレアノーラに、男性陣は引いた。
「……詳しいわね、エリー」
「これくらいは常識です。というか、鳩尾貫かれても死ななかったのは、レグルス様ですよ」
「ああ、そう言えばそんなこともあったわね」
レグルスが納得したようにうなずいた。国王が「お前か……」とつぶやいた。
エレアノーラは立ち上がると、イングラム宰相を貫いている剣を引き抜こうとした。右手でつかみ、思いっきり引っ張る。
「ん?」
眉根を寄せて両手で柄をつかみ直す。
「おりゃっ!」
力の限り引っ張ってみるが、抜けない。
「何してるのよ」
レグルスが覗き込み、エレアノーラの横から剣をつかみ、無造作に引き抜いた。
「!? なんで!?」
エレアノーラは本気で驚いてレグルスの手にある剣を見つめた。柄の部分は金。儀式で使うような華美な剣だ。同時に瀟洒なデザインでもあり、実用的には見えない。
「儀式用の剣? 見たことないけど……」
エヴァンほどではないが、記憶力に自信のあるエレアノーラも見たことのない剣だ。
「聖剣カリバーンか?」
国王がレグルスに手にある剣を見て言った。エレアノーラは首をかしげる。
「カリバーンって、初代騎士王が岩から引き抜いた、というあれですか?」
「それだな。最後の所有者はクローディア王女だと言う話だが」
「以来、行方不明のはずだけど……あ、ここに文字が」
レグルスがみんなに見えるように剣の平たい部分を見せた。メイシー所長やマクファーレン長官も覗き込んでくる。
「『汝、異邦の者よ。英雄の地を汚す者よ。速やかに去ね』。ファース文字ですね」
ファース文字は現在のログレス語の原型になった文字だ。それどころか、大陸にあるほとんどの言語の原型であり、綴りも発音もどこか通じるところがある。現在では、魔導師や聖職者くらいしか使うものはいないけれども。
「私がその剣を抜けなかったのは、私がスヴェトラーナ帝国の血を引くからですかね」
「でも、さかのぼればあなたも初代騎士王にたどり着くんだから、それは関係ないんじゃないの?」
「それもそうか」
エレアノーラの血筋はかなりややこしい。まあ、それはともかく。
「念写文字でしょうか。というか、これをスラスラ読めるナイトレイ副局長も驚きですが」
メイシー所長が刀身に指を滑らせながら言った。すでに宰相の遺体が半分忘れられている。
「とりあえず、イングラム宰相の遺体と、この剣はメイシー所長に預ければいいのかしら」
レグルスが言った。まあ、調べようと思ったら魔法研究所に預けるのが一番いい。
「い、遺体もですか。構いませんが、うちの職員が何をするか……」
メイシー所長が動揺気味に言った。魔法研究所では、法律に引っかからないギリギリのところで研究を行っているものも多い。レグルスも研究好きだが、彼はまだ健全な方だ。
「それに、この剣がどういうものなのか、調べたほうがいいのでは?」
マクファーレン長官が口をはさんだ。彼は担架にイングラム宰相の遺体を移動させていた。
「マクファーレン長官の言う通りかもね。兄上。確か、目録がありましたよね」
「あるぞ。あとで届けさせよう」
「ありがとうございます」
と言うわけで、剣はレグルス預かりとなった。調べるなら、本当は魔法研究所の方がいいのだが、これが本当に聖剣カリバーンだとしたら、王族であるレグルスが持っている方が好ましいだろう。話が何となくまとまったところで、国王が口を開いた。
「とりあえず、会議は延期だな」
「そうですね」
レグルスがうなずく。そう言えば、最初はそんな話だった。殺人事件に気をとられてみんな、すっかり忘れていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
医学的なことはあまり詳しくないので、深く考えないで頂けると嬉しいです……。




