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失われた聖剣【1】

今日から第4章!











 レドヴィナ王国で行われた新女王の戴冠式から帰ってきたエレアノーラは、その日、久しぶりに特務局に出勤した。どれだけ仕事がたまっているかと思うと頭が痛い。少し早めに出勤したエレアノーラは、執務室内にいる一人の少女を見て首をかしげた。少女はエレアノーラを見て元気にあいさつをした。

「あ、おはようございまーす」

「おはよう……誰?」

 エレアノーラが問うと、立ち上がった少女はやはり元気に言った。


「九月より魔法特殊業務執行局に配属されました! クレア・ニックスです! よろしくお願いします、副局長!」

「あら、私、名乗った?」

「いえ。エヴァンさんから『背が高くて金髪の美女が副局長』と言われていたので」

「……」


 そんな何の特徴もなさそうな情報で特定されたのか。金髪の人は多いし、美女も範囲が広い。唯一背が高い、だけが特定できそうな情報だ。

「副局長のエレアノーラ・ナイトレイ。よろしくね」

「はい!」

 クレアはにこにことうなずいた。栗毛で、くりっとした碧眼がかわいらしい少女である。おそらく魔法学術院を卒業した国家魔導師であるから、年齢は十八歳前後ほどだろう。


「おはよう。エリーもクレアも早いねぇ」


 しばらくしてエヴァンが出勤してきた。隣の島のいわゆる誕生日席にいるエレアノーラを見てエヴァンは微笑んだ。

「エリー。お土産」

「それ、まだ引きずってんのね」

 エレアノーラは苦笑した。そう言いながら持ってきた紙袋からカサブランカの紋章が入ったチョコレートを取り出す。


「……何これ」


 さしものエヴァンも戸惑った様子でチョコレートの小箱を受け取る。エレアノーラはさらっと言った。

「帰り際、レドヴィナのフィアラ大公……前宰相が持たせてくれたの。レドヴィナ限定、八大大公・公爵家の紋章入りチョコレート」

 レドヴィナの貴族の紋章は、ほとんどが花である。フィアラ大公家はカサブランカだ。ちなみに、レドヴィナ女王は赤い薔薇を紋章としている。

「……ふざけ過ぎだね」

「本当のお土産はレグルス様が持ってる」

「レグ……ああ、局長か。びっくりした。ついにエリーのセンスも崩壊したかと」

「もともとセンスは微妙よ。お世話様」

 エレアノーラのセンスは悪くはないがよくもない。その微妙なラインを漂っている。だが、他国の貴族の紋章の入ったチョコレートをお土産にするほどエレアノーラも落ちていない。このチョコレートは、フィアラ大公……現在は前大公であるが、彼女が紋章を使用する許可を与えたお礼に、と言うことでもらった試作品らしい。

「あ、チョコレートとしては美味しいんだね。クレアもどうぞ」

「わあ。ありがとうございます。いただきます、副局長!」

「どうぞどうぞ」

 エレアノーラは執務机に積み上げられた書類を分けながら言った。今回は二週間以上いなかったので、書類が山積みである。一応、エヴァンに副局長代行印を渡しておいたので、急ぎのものはそれで決裁をまわしたのだろうが、それ以外はここに積みあがっているのだろう。


「おはようございま……あーっ。副局長、帰ってきてる!」

「マジか!? 本当だ! よかった。これで仕事が楽になる!」


 次々と局員たちが出勤してきて、ちょっとした騒ぎになった。エレアノーラ一人がいないだけでそんなに違うものなのだろうか。いつも思うけど。

「まあ、でも実際、帰ってきてくれてよかったよ。ぶっちゃけ局長はいてもいなくてもそんなに変わらないんだけど、エリーがいるといないのでは処理速度にかなりの違いが出るんだよね」

「まあ、普通は一人でやるより二人でやった方が早いからね」

 どんどんと書類の山を低くしながら、エレアノーラとエヴァンの会話は続く。


「私がいない間に、変わったことはなかった?」

「とくには。地方からいくつか騒動の情報が上がってきたけど、何とかなったみたい。あと、辞令ではクレアが新配属になった」

「ども」


 エヴァンがいる島の机を使っているクレアが振り返ってエレアノーラに笑いかけた。本当に愛想のいい娘だ。やや人見知りのエレアノーラとは違う。

「それと、ブリジットとルーシャンが帰ってきた代わりに、ブルースとロドニーが地方派遣された」

「なるほど。それ以外は人事異動なし?」

「なし。もともと、メンバーは半分固定されているからね……で、エリーの方は初の外交、どうだったの?」

 エヴァンからも問いかけが来て、エレアノーラは手を動かしながらあまり考えずに言った。

「ああ。結構楽しかったよ。戴冠式後の夜会で、レグルス様が酔っぱらったけど」

「何してるんだよ、あの人……」

 呆れた調子でエヴァンが言った。レグルスに対して呆れているかと思えば、エレアノーラにもツッコミが来た。

「エリーも、ちゃんと見てなきゃダメでしょ」

「……申し訳ございません」

 まあ、その通りであるのだが、レグルスはどうやらユリエ新女王に呑まされたらしい。まあ、女王に勧められて断るのは難しいかもしれないが。つまり、エレアノーラが見ていてもあまり役に立たなかった可能性が高い。


「おはよう、みんな。久しぶりね」


 件の局長レグルスが出勤してきた。持っていた箱を空いている机にどさっと置く。その箱をとんとん、とたたいた。

「土産」

「箱に入った土産ってなんなんですかぁ」

 一番近くにいたカレンが箱を開けた。そして、眼を輝かせる。


「これはっ。なかなか手に入らないと言われる『新魔法神霊術理論』ではありませんかっ。こっちは消魔石の指輪!? すごぉい!」


 これで喜ぶあたり、魔導師と言うのはどこに行っても同じであるな、と思う。レドヴィナでは、すでに魔法はすたれてきているので、この手の本は古本屋でたくさん見つけることができる。消魔石はもともと産出国だ。

「普通のお菓子もあるわよ。あと、ワインも買って来たけど」

 レグルスが次々とお土産を出すので、局員たちが集まってきた。覗き込んでいたエヴァンが呆れる。

「買ってき過ぎだし。というか、自分が飲めないのに、ワインとか選べたの?」

「エリーが飲んだわ」

「……」


 エレアノーラは黙って視線を逸らした。大丈夫だ。絡むほど飲まなかったから。


 本や道具を棚に入れ、菓子は均等に配りワインは局長室にひっこめた後、レグルスは微笑んでクレアを見た。

「あなたが新しい局員ね。よろしく。私は局長のレグルス・ランズベリーよ」

「はいっ。クレア・ニッケルと申します。よろしくお願いします!」

 やはり愛想よくクレアは言った。レグルスは「元気ね」と笑う。エレアノーラは書類の山の上からレグルスを見ていた。

「……久しぶりにオネエ口調を聞くと懐かしいわね」

「外交の間はオネエじゃなかったんだ? まあ、当然か……と言うか、エリー。手を動かして、手を」

「はーい」

 エヴァンにつっこまれ、エレアノーラは事務作業を再開する。エヴァンが「局長!」とレグルスを呼び止めた。局長室に引っ込もうとしていた彼に書類を手渡した。


「お願いします」


 それだけ言って、エヴァンは自分の席に戻ってきた。レグルスは一瞬茫然としたが、エレアノーラと同じように「仕方がない」と割り切ったようだ。何しろ、二人ともずっといなかったのだから。

 エレアノーラがたまっていた決裁を全部終えたのは昼近くになってからだった。ぐぐっと伸びをして決裁済みの箱に入った書類を内務省行きの箱に移し替える。

「ちょっとレグルス様の様子見てくる。ついでに書類を渡してくる」

「目的としては逆だと思うけど、よろしく」

 エヴァンが眼も上げずに言った。仕事が立て込んでいると、ここはいつもこんな感じである。エレアノーラも目を上げずに会話することが多いので、指摘しないことにしていた。

 立ち上がったエレアノーラに、エヴァンが「そこのもよろしく」と未決裁の籠を指さした。エレアノーラは自分が持っていた書類をその籠に入れ、籠ごと持ち上げた。


 局長室への扉は閉まっている。両手がふさがっているので、エレアノーラは魔法を使って扉を開けた。開けたまま固定する。


「レグルス様、これの処理……何してるのよ」


 エレアノーラが声をかけると、レグルスは顔をあげた。何故か片眼鏡モノクルをつけており、手元は細かい部品が並んでいた。

「あら、エリーじゃない」

「はいはい、エレアノーラです。で、何してるの?」

 籠を持ったまま近寄り、レグルスの手元をのぞくと、どうやらネックレス的な何かを作ろうとしているらしい。現在、魔石と思われる石を加工中だ。

「あなたにあげたその魔法道具があるでしょう? それを作り直そうと思って。それ、試作品だから」

「そうなの? でも、眼鏡よりも性能いいけど」

「眼鏡は視界を遮断しているだけで、あなたの『視える』目に直接働きかけているわけではないから、まあ、当然ね」


「なるほど……って、それはいいのよ。はい、これ書類。たまってるんだからちゃんと仕事してよ」


 エレアノーラは思い出したように籠をレグルスの執務机に置いた。レグルスの笑みが引きつる。

「……いつも思うんだけど、私がいる必要ってないわよね。エリーとエヴァンがやってくれるんだから」

「……」

 エレアノーラはすっと目を細めた。

「くだらないこと言ってないで、書類に目ぇ通してくださいね。あとから『聞いてない』ってのはなしだから」

「……エリー、エヴァンに似てきたわね」

「まあ、彼とも八年来の付き合いだもの」

 魔法学術院にエレアノーラ十三歳、エヴァン十五歳で入学した時からの付き合いなのだ。似てもくるだろう。

 エレアノーラはぽんぽんと書類をたたいて「よろしく」と言った。扉は開けたまま、中の様子が見えるようにしておく。まあ、たぶん大丈夫だと思うけど、念のため、監視しておく。


「局長は?」


 戻ってきたエレアノーラに、やはり目を上げずにエヴァンが尋ねた。エレアノーラは正直に「魔法道具作ってた」と言った。

「何してんのかね、あの人……」

「まあ、あれは趣味だからね、あの人の」

 基本的に、この二人にとってレグルスとはそんな認識。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


そんなわけで、ログレスに帰ってきました。レドヴィナ編も楽しかったけど、やはりログレスでの皆さんを書いている方が好きです。


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