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女王の国【9】

エレアノーラ視点に戻ります。














 入ってきたのは、まだ年若い令嬢だった。その人を見てラトカがつぶやく。

「リリアナ様……」

「お知り合い?」

 エレアノーラが尋ねると、ラトカはこくりとうなずいた。

「バシュタ公爵の娘さんです。女王候補でした」

 レドヴィナは選出制女王国だ。大公、公爵家から年ごろの娘を集め、三年間女王教育を行う。そして、その上で国民選挙によりたった一人の女王が選ばれる。毎回、大公、公爵家に年ごろの娘がいるとは限らないが、毎回たいてい四人以上は集まるのだと言う。

「お久しぶりね、ラトカ様。あなたも、手荒なことをしてごめんなさい」

 気の強そうな、確固たる意志を持つ目をした女性だった。年齢はエレアノーラと同じくらいだろうか。赤みがかった金髪に群青の瞳をしたなかなかの美女である。背はさほど高くない。


「一応、自己紹介を。わたくしはリリアナ・バルトシーク……バシュタ公爵の娘です。よろしくお願いします」

「あー。ログレス王国から来ました、エレアノーラ・ナイトレイです。一応、カルヴァート公爵の娘です」


 丁寧に自己紹介されて、エレアノーラは毒気を抜かれて名乗った。まあ、魔導師免許が奪われているので、どちらにしろ名前は割れているだろう。

「リリアナ様。私に何かご用ですか?」

 ラトカが尋ねた。彼女はベッドから足をおろし、ぶらぶらさせている。気を抜きすぎだろう……。

「ええ……ラトカ様。わたくしの兄と結婚してください」

「……」

 ラトカがエレアノーラの方を見たので、エレアノーラも彼女を見た。ラトカは大きめの目を何度かしばたたかせる。それから、顔をリリアナの方に戻した。


「それ、本気だったのですか?」


 ということは、今までも言われていたのか。エレアノーラはリリアナがいる方と逆の方のベッドの端から足をおろし、床に立った。

「こうして脅しでもしないと、ラトカ様は本気になさいませんから。気が弱そうに見せて飄々としていますよね……」

 振り返ると、リリアナが目を閉じたところだった。エレアノーラは後ろに回した手で魔法を使おうと試みるが、ダメだった。消魔石、すごい。

 リリアナが目を開く。

「ユリエ様は女王にふさわしいと思います。だから、わたくしはユリエ様に逆らうつもりはありません」

 リリアナはゆっくりとドアを閉じながら言った。ラトカが首をかしげる。

「それが、何の関係があるんですか?」

 リリアナは微笑んだ。

「兄は、ユリエ様と相いれません」

 はっきりと言った。リリアナは部屋の中をゆっくりと歩く。

「兄は、どちらかと言うと武断の人間です。文治を是とするユリエ様とは相いれないでしょう。ただでさえ、あなたのお母様、フィアラ大公が隠居なさるのに、国内が真っ二つに割れてしまうのは避けたいのです」

 リリアナはくるりとラトカの方を見る。

「ラトカ様。あなたは聡明です。何とかして、あなたに兄を止めてほしいと思いました。わたくしでは、できないから。でも、あなたはフィアラ大公やユリエ様に護られていて、なかなか話すきっかけがつかめませんでした」

 それで、転移魔法まで使って誘拐したと。普通にちょっとお茶しません、と呼び出せばよかったのではないだろうか。まあ、脅す目的もあったのかもしれないけど。


 これは完全に巻き込まれたパターンだ。エレアノーラは傍観を決め込んだ。


 ラトカはじっとリリアナを見ていた。そのたれ目気味の目は何を考えているかわからない色をたたえている。

「ねえ、リリアナ様」

 だいぶ間を置いて、ラトカが口を開いた。リリアナが「なんでしょう」と問い返す。

「私のお母様が、言っていたんですけど。同じ考えのもしかいなければ、それは独裁と変わりないって」

 みんなが同じ考えであれば、それは独裁と変わりない。みんながそれぞれ違う意見を持っていて、だから議論が生まれ、より良い方向へと導けるのだ、と。

「エリシュカ女王が即位したとき、エリシュカ女王はとても人気があったから、みんながその意見に同調したらしいんです」

 だが、ラトカの母、フィアラ大公はその流れに待ったをかけた。

「すべてがエリシュカ女王の思うままになれば、それは独裁であり、選出女王制をとっている意味がない。議会の意味がないと、お母様は言っていました」

 そして、失敗すればすべての責任が女王に向く。それはおかしいと、フィアラ大公は言ったそうだ。

「だから、お母様はあえて女王陛下に反対する道を選んだのですって。結局、お母様は宰相にまでなったけれど、そのスタンスは変えていないとお父様も言っています」

 ラトカはそこまで言って、「ええっと」と少し迷うそぶりを見せる。


「何を言いたいかと言うと……お姉様が文治を尊ぶのなら、一人くらい、反対できる立場に武断の人間がいてもいいんじゃないでしょうか。武断を是とするということは、判断力に優れているという意味でもありますし……それに、ここ数年でかなり法律が整っていますから、そう勝手なことはできないと思いますけど……」


 ラトカはそう言って首をかしげた。今や、レドヴィナは諸外国から一目置かれるほどの法治国家なのである。いや、正確にはその制度が整っている、と言うだけで、まだ法治国家とは言えないのだが、それも時間の問題だろう。

「幸いと言うか、お姉様はたたかれたくらいで折れる人間じゃないですし、リリアナ様が気になさるほどのことではないと思いますよ」

 言った。言ってのけた、ラトカは。エレアノーラは黙ったままリリアナの反応を見守った。

「……ラトカ様。あなたは、わたくしが思っていたような方とは違うようです……わたくしは、ユリエ様の憂いを少しでも取り除きたくて」

「たぶんお姉様、余計なお世話っていうと思います。お姉様、お母様に似ていますから」

 ああ、やっぱりユリエはフィアラ大公に似ているらしい。性格のみの話だけど。

 リリアナがギュッと唇を引き結んだ。二人が口をつぐみ沈黙が降りると、外が騒がしいことに気が付いた。バタバタと廊下を走る音が聞こえる。


「ラトカ!」

「あっ。お兄様!」


 緊縛した男の……おそらくオリヴェルの声に対し、ラトカの声音はどこかのんびりしていた。

 扉が蹴破られるようにして開いた。入ってきたのは、やはりオリヴェルだった。髪が乱れており、急いできたのがわかる。乱れた黒髪をかきあげる様子が無駄に色っぽい。

「……オリヴェル様」

 リリアナがつぶやいた。何やらことが起きそうな予感であるが、エレアノーラは遅れてやってきたオリヴェルよりも長身の男に目が行った。

「レグルス様」

「エリー、元気そうだね……」

 エレアノーラは目の前のベッドを乗りあげて反対側に移動し、レグルスに駆け寄った。その勢いのまま彼に抱き着く。レグルスも抱きかえしてくれた。今気が付いたが、魔法が使えなくてエレアノーラも不安であったらしい。


「で、エリー。悪いけど、あれはどうなってるの?」


 レグルスが示したのは、口論になっているオリヴェルとリリアナを見て言った。先ほど、ラトカとリリアナがしていたのと同じようなやり取りをしていて、オリヴェルが言っていることはラトカとほぼ同じだ。

「他国の内政に首を突っ込む気はないので、黙秘します。ただ、この国の女王は熱烈な信者がいらっしゃるようね。エリシュカ女王陛下も、ユリエ様も」

「ふーん。わかるような、わからないような」

 エレアノーラのはぐらかした言葉にレグルスが首をかしげる。むしろ、わかったらすごい。

「リリアナ。この件は、バシュタ公爵とフィアラ大公に伝えよう。新女王の妹とと他国からの賓客をかどわかしたあなたの身の振り方は、お二人次第だ」

「……そうですわね」

 転移魔法まで使って誘拐したとは思えないほど、リリアナは聞き分けよく言った。エレアノーラは巻き込まれただけであり、逃げようと思えばいくらでも逃げられたし、死んだら死んだで国際問題に発展させていただけだからもうどうでもいい感じはある。


「そう言えば、リリアナ様」


 エレアノーラが初めてリリアナに話しかけた。リリアナは焦点の合わない目をこちらに向けて、首をかしげる。

「なんでしょうか」

「転移魔法が使える魔導師など、現在ではそう多くないはず。どこでそんな魔導師を? それとも、あなたが魔導師……魔術師なのですか」

 エレアノーラの問いかけに、リリアナは反対側に首をかしげた。

「わたくしの思いを理解してくれて……手を貸してくれた人がいるのです。その方に、転移魔法を用意していただきました」

 エレアノーラ様が巻き込まれてしまったのは計算外ですが。と、リリアナが言った。

 エレアノーラとレグルスが視線を交わす。転移魔法を使える魔導師などそうそういない。ログレス王国でも、エレアノーラしか確認されていないはずだ。
















 とりあえずリリアナをバシュタ公爵預かりにし、エレアノーラはフィアラ大公邸に足を踏み入れた。おそらく、このレドヴィナ王都クラーサで最も荘厳な屋敷だろう。

 ちなみに、バシュタ公爵邸の中に入ってきたのはオリヴェルとレグルスだけではなく、エルヴィーンもだった。彼はバシュタ公爵に話を通してくれていたらしい。


 フィアラ大公邸ではフィアラ大公が出迎えてくれた。


「おかえり。やっぱり無事だったわね」

 フィアラ大公はそう言って娘のラトカを抱きしめた。仲の良い親子だ。自分の親にそう言うことを望むわけではないが、少しうらやましいとは思う。

「それで。どうして誘拐されたの?」

 早速本題に入るフィアラ大公だ。ラトカとエレアノーラの顔を交互に見た。

「リリアナ様が、私に、リリアナ様のお兄様と結婚してくれと」

 ラトカが端的に言った。フィアラ大公は「ふうん」と首をかしげる。

「なんて答えてきたの?」

「……はぐらかしてきたと言いますか」

 ラトカがもごもごと言った。確かに、ラトカは自分の意見を述べていたが、断ることはしていなかった気がする。

「スパッと言って来ればよかったのに」

 フィアラ大公はそう言ったが、それ以上は何も言わなかった。代わりに、エレアノーラに向かって言った。


「どうやら、うちの娘に巻き込まれたようで申し訳ないわ」

「あっ、いえ。無事だったので。珍しい経験もできたし」


 誘拐されることを『珍しい経験』で済ませたエレアノーラに、男性陣が戦慄した。


「誘拐を珍しい経験で済ませるとは」

「可愛い顔して肝が据わっているな」

「ラトカ様も大概な度胸だと思いますけどね……」


 オリヴェル、エルヴィーン、レグルスの順の発言である。さらりとエルヴィーンがひどいし、レグルスもレグルスでエレアノーラを擁護しているように見せかけてそうでもない。

「……あっちは放っておきなさい。で、被害者二人。どうする? 今なら私が宰相だから、あなたたちが望むなら、リリアナだけでなくバシュタ公爵家を訴えることもできるわよ」

 フィアラ大公の過激な発言に、エレアノーラとラトカは目を見合わせた。まずエレアノーラが言う。

「外交問題は面倒くさいので、私は遠慮しておきます」

「あ、じゃあ、私もいい」

 ラトカもエレアノーラに便乗するように言った。エレアノーラがバシュタ公爵家を訴えようとすると、どうしても外交問題になってしまう。フィアラ大公が微笑んだ。

「よろしいかしら、殿下」

「エリーがいいのなら、私は構いません」

 レグルスもうなずいたのを見て、フィアラ大公もうなずいた。

「では、そう言うことで。でも、最後に手は打っておくから大丈夫よ」

 フィアラ大公のいかにも「何かたくらんでいます」という笑みを見て、エルヴィーンが「あくどいことを考えているのではあるまいな……」とつぶやいた。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第3章も残すところあと1話。長かったな……。


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