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女王の国【7】












「……えっと、何してるんですか? デート?」


 自分にされたのと全く同じ質問を返すエレアノーラだ。フィアラ大公は微笑んで「まあ、そんなところ」と適当に受け流された。エレアノーラがそう問うたのは彼女の後ろにいたレグルスが、これまた見覚えのある男性と立ち話をしていたからだ。

「どう? この国は」

 不意にそんなことを聞かれて、エレアノーラは少し考える。

「……可愛い国だなと思います」

 そう答えてから、思った。

「フィアラ大公、仕事はいいんですか?」

 当然の疑問だと思うのだが、ぴくっと眉を動かしたフィアラ大公は早口に言った。

「それ聞く? ええ、どうせ抜け出してきたわよ」

「ウルシュラ。他人にあたるなよ」

 すかさずツッコミが入った。レグルスと話をしていたエルヴィーンだ。

「あら、ごめんなさい」

 フィアラ大公は素直に謝り、口元に手を当てた。エルヴィーンが無表情に「すまないな」と言う。

「これでもだいぶましになったんだが」

 え、何が、と言う感じだ。無駄ににこやかなフィアラ大公と、びっくりするくらい無表情なその夫。エレアノーラは何となくレグルスに寄り添った。


「そう言えば、ユリエ様……はともかく、ラトカ様とオリヴェル様はどうなさったんですか?」


 遊覧船が岸につき、レグルスに手を引かれて岸に乗り移りながらエレアノーラは言った。エレアノーラに続いて自力で岸に乗り移ったフィアラ大公は笑った。


「オリヴェルのことも知ってるのね。面白みがないでしょ。夫に似ちゃったのね」


 エレアノーラとレグルスは遠回しに『面白みがない』と言われたフィアラ大公の夫を見た。やはり表情筋が動いていなかった。何だろう、この夫婦。すごく面白い。

「ユリエは宮殿で戴冠式の準備中。オリヴェルは屋敷で爵位の引き継ぎ作業中ね。ラトカは……ほら」

「あ、エレアノーラ様」

 白い帽子をかぶったラトカがやってきた。一緒に遊覧船に乗っていなかっただけで、父母と一緒に遊びに来ていたらしい。仲がいいなぁ。


 少しだけ、うらやましい。エレアノーラは両親とこのように出かけた思い出がない。

 楽しげなラトカがエレアノーラの隣を歩くので、自然とレグルスは後ろにさがった。


「悪いわね、うちの娘が」

「いえ。あの子も友達少ないので」


 フィアラ大公とレグルスの会話である。余計なお世話だが、事実である。


 基本的にラトカがしゃべっているだけで、エレアノーラは微笑んで時々口をはさむ程度だ。友達と言うより、妹みたいな感じ。本当の妹もこれくらい微笑ましい性格ならな……。

「そう言えば、どうしてラトカ様は遊覧船に乗らなかったの?」

「あ……私、乗り物酔いがひどくて」

 ラトカが恥ずかしそうに言った。エレアノーラは割と大丈夫な方だが、乗り物酔いを起こす人は多い。エレアノーラの魔法酔いと似たようなものだ。

「なるほど。私も魔法酔いがひどくて」

 エレアノーラは感受性と言うよりは『視える』せいなのだか、似たようなものだろう。すると、ラトカは目をしばたたかせた。

「魔法酔い……最近では珍しいですよね」

「大陸ではそうかも。でも、ログレスではまだ魔法が一般的に普及してるから」

「へえ~」

 ラトカがうなずく。


「私も、お母様も魔術師です」


 大陸では、すでに魔術師……ログレスで言う魔導師は珍しい存在になっている。まだ魔力を持っている人はそれなりにいるようだが、魔術師と言う職業が消滅してきているのだ。魔法の代替品として科学が発展しているのである。

 それでも、稀に魔導師(魔術師)は存在する。この国では女王エリシュカが癒しの力を持つ魔術師として有名なはずだ。

 まあ、全体で考えれば、魔導師の多いログレスは今では希少な国だ。魔法王国と言っても良い。


「もしかして、エレアノーラ様が天体観測をしているのは、魔法が関係あるんですか?」


 おお、鋭い。エレアノーラは「どうしてそう思うの」と尋ねた。ラトカは小首をかしげる。


「エレアノーラ様は、私たちほど天文学に熱中してる感じじゃなかったですし」


 どこかおとなしい印象のラトカだが、やはりレドヴィナ初の女性宰相となったフィアラ大公の娘だ。いい観察眼である。

「それに、魔法と言うのは科学や世界理論に基づいている、とお母様が言っていました」

 ラトカの言葉に、エレアノーラはふっと後ろを振り返る。大人組は三人で何か話している。いや、エルヴィーンは黙っているけど。というか、年齢で分けるなら、エレアノーラも大人組に入ってもよさそうなものだが。

「魔法を使用するには、その仕組みをちゃんと理解しなければならないって」

 その通りである。きっと、感覚的に魔法が使えないので、ログレス以外の国では魔導師(魔術師)が減ってきているのだろうと思う。

「うーん。まあ、私の魔法については国家機密なので」

 とくに移動・転移魔法。しかし、エレアノーラの返答はラトカの問いについて肯定しているのと同じだった。ラトカは「わかりました」と笑った。


「私は何も聞いてません」


 いい子だな、この子。エレアノーラは微笑んでラトカを見下ろした。さすがに両親とも長身なので、ラトカも背が高いが、エレアノーラほどではない。


 やはり自分、無駄に背が高いな、と何となく思った。
















 そんな感じで楽しく街を散策していたのだが、気づけばエレアノーラはどこかの部屋に閉じ込められていた。隣を見れば、手足を縛られたラトカがいた。っていうか、エレアノーラも縛られている。

 これほどはっきりした誘拐ってあるのか、と思った。いや、誘拐されるのは初めてだけど。


 確か、どうせならフィアラ大公邸でお茶でも、という話になり、大公邸に向かっていたはずなのだが……その途中でエレアノーラと、その隣にいたラトカは拉致されたらしい。まあ、この国がレドヴィナであることを考えると、ラトカ狙いの可能性が高い。

 エレアノーラとラトカは同じベッドの上にいた。見渡すと、窓から夕陽が差し込んでいた。眼を細めて無理やり身を起こす。その振動で、ラトカも目を覚ました。


「あ……エレアノーラ様?」


 ラトカが目の前のエレアノーラに気付いて問いを発した。エレアノーラはとりあえず口を開き、言った。

「おはよう」

「……おはようございます。って、縛られてる?」

 ラトカが身じろいで手を縛っているロープを外そうとした。

「あ、ちょっと待って」

 エレアノーラは魔法でロープを一気に劣化させ、切ろうとした。しかし、何故か魔法が発動しない。ラトカが寝転んだまま「あっ」と声を上げる。


「たぶん、消魔石しょうませきです。この部屋、消魔石で囲われてるんだと思います」

「消魔石って……さすがはレドヴィナ」


 消魔石は、文字通り魔法をむこうにする石のことだ。あまり採掘されないのでとても貴重であり、魔法が薄くなったこの時代ではあまり役に立たない効力の石であり、だいぶ価値が下がってきていると聞く。

 だが、未だに魔法に対しては有効なものである。魔導師(魔術師)を無効化するには、この石を使うのが一番有効で、楽だ。


 魔法が使えないとなると、自力でロープを着るしかない。しかし、エレアノーラが身に着けていた装飾品をはじめとする貴金属はすべて奪われていた。と言うか、魔導師免許とそれに付属するブレスレッドも奪われていた。なくすと始末書ものだ。見つかるといいのだが。

 顔を俯けると、ウェーブがかった金髪が垂れてきた。どうやら髪留めも奪われたらしい。徹底しているな。つまり、レグルスに買ってもらった髪飾りも取られたということだ。こちらの方がショックだった。

 エレアノーラはブーツのかかとの部分に触れ、そこから刃を取り出した。せっかく貴金属をすべて取り上げたのに、靴を脱がせないとは間抜けである。


「な、なんでそんなところからそんなものが!?」


 ラトカが驚いたように声をあげた。エレアノーラは手首のロープを切る。

「ログレスでは騎士は全身武装が基本だから。服の中にも仕込んであるし。捕らえるなら全身着替えさせないと」

 エレアノーラは騎士ではないが、魔導師は騎士に準じる戦闘力を持つのだ。自分のロープを切った彼女は、ラトカを解放しにかかる。

「……ログレスと言う国に偏見を持ちそう……」

 ラトカが解放された手首をさすりながら言った。エレアノーラは「まあ、ちょっと変わった国ではあると思う」と答えた。

「はい、切れた」

 足のロープも切り、エレアノーラは言った。刃をブーツに戻す。強張った体を伸ばしていると、ラトカが言った。

「エレアノーラ様、ちょっとお母様と似てる」

「フィアラ大公に?」

 外見はまったく似ていないと思うのだが。いや、瞳の色は同じか。


「そう。思い切りが良くて、いつも冷静で、相手の三歩先を読んでる感じ」

「……」


 準備が良い、と言うことだろうか。エレアノーラが落ち着いて見えるのなら、この誘拐をさほど重要に考えていないからだ。脱出しようと思えばできるだろうし。

「まあ、私、血縁があるみたいだし」

「え、誰と?」

「フィアラ大公と。……つまり、ラトカ様とも血縁になるのね。えーっと、みいとこ?」

「みいとこって、遠いね」

「そうだね」

 二人そろって苦笑した。ラトカも落ち着いていて、大丈夫そうだ。

 彼女は魔術師なのだと言う。先ほども言ったように、ここはレドヴィナなので、魔術師であるラトカを警戒して消魔石の部屋に淹れられた可能性が高い。なら、エレアノーラのことはあまり警戒していないはず……と思ったが、思い出した。魔導師免許が奪われている。あれを見れば、エレアノーラの身元など一発でばれる。


 まさか他国まで来て誘拐されるとは思わなかった。いくら淡い金髪と長身がスヴェトラーナ帝国人の特徴とはいえ、レドヴィナはスヴェトラーナの隣国であるし、外見的特徴としては両国の人間は似ている。だから、スヴェトラーナ人的特徴を持つエレアノーラが外国人であると誘拐犯は気づかなかったのだろうか。

 というか、勝手に誘拐にしているが、本当に誘拐なのだろうか?

「ラトカ様。かどわかされる心当たりは?」

「ない……わけではないですけど。お母様とか、お姉様とか。いろんなところで恨み買ってそう」

「……」

 ラトカのあっさりした言葉。付き合いの短いエレアノーラも否定できないほど、彼女ら二人は人の反感を買うタイプだと思った。


「でも、待ってればお母様が助けに来てくれると思う」


 そこで『お父様』じゃないのはフィアラ大公家だからだろうか。ラトカが膝を抱えて顎を乗せた時、いきなり部屋のドアが開いた。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


誘拐されるの巻。なんだかんだでラトカさんもウルシュラの娘。たとえ魔法が使えなくても、この2人ならケロッとして脱出してきそうです。


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