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女王の国【6】












「おーい、エリー。そろそろ起きてよ」



 エレアノーラは体を揺さぶられて目を覚ました。何度か瞬きし、それから覚醒した。上半身を起こす。

「わっ! 局ちょ」

 大きな手に口を押さえられて、「レグルスだよ」とくぎを刺される。エレアノーラがうなずいたので、手は離された。


「あ、朝っぱらから何してるのよ。と言うか、なんで私の部屋に……よく入れたわね」


 矢継ぎ早に言うと、レグルスはニコリと笑ってベッドに腰掛けた。

「朝って言っても、もう昼に近いよ。なかなか起きてこないから起こしに来たの。それと、この部屋にはこの部屋付きのメイドに頼んだら入れた」

「……」

 ニコニコとレグルスは言っているが、これは本格的に恋人同士に間違われている気がする。まあ、訂正するのも面倒だし、訂正したところでなんと言えばいいのかわからないので、放っておくことにした。

「ええっと。ごめんなさい? 今日って、何か予定あったっけ?」

「別に謝る必要はないけど。それに、予定もないし。だから、王都散策に出かけようかと思って。どう?」

 レグルスがきれいな顔で微笑む。エレアノーラはすぐにうなずいた。

「行く」

「じゃあ決まり。廊下で待ってるから」

「はーい」

 エレアノーラはレグルスが部屋を出たことを確認し、ベッドから出る。隣の部屋に控えていたメイドが支度を手伝ってくれた。王都に行くので、格好は貴族てき的なものではなく、貴族のお忍びに見えるくらいの恰好で。エレアノーラの身のまわりのものの手配は、全てレグルスがしている。彼はどれだけ準備がいいのだろうか。街歩き用と思われるワンピースも用意されていた。と言うか、オネエとはいえ男性の、しかも上司に準備をさせるエレアノーラもエレアノーラである。


 とりあえず準備を終えて、外出用の帽子をかぶる。今日はレグルスの目の色に合わせた淡い紫のワンピースである。髪は緩く束ね、右肩から前にたらしていた。

「ありがとう」

 メイドに礼を言うと、彼女は「いえ」と軽く頬を染めた。

「行ってらっしゃいませ」

「ええ。あ、そうだ。次は勝手にレグルス様を通さないでね」

 そう言うと、メイドは朱色にしていた頬を青くした。

「も、申し訳ありません」

「ああ、責めているわけじゃないから。起きなかった私も悪いし。でも、起こすならあなたが起こしてね」

「は、はい」

 メイドがうなずいたのを見て、エレアノーラは部屋のドアを開けた。レグルスはすぐに発見できたが。


「……何、あれ」


 いや。理解はできる。いわゆる逆ナンというやつだろう。女性から男性に声をかけることだ。エヴァン曰く『黙って立っていればただの色男』であるレグルスだ。女性から声をかけられても不思議ではない。

 ログレス王国ではオネエで知られる王弟殿下だが、ここは他国だ。彼は未婚のログレス王族で、女性からは優良物件に見えるだろう。見目もいいし。

 基本的に愛想の良いレグルスであるが、迷惑そうにしているがわかる。声をかけている茶髪の女性は、どこかの国の王族だろうか。迷惑がられているのにも気づかずあれこれと話しかけている。

 これは、エレアノーラが介入すると面倒なことになるか? そう思ったが、彼女が身を隠す前にレグルスがこちらに気付いた。


「ああ、エリー!」


 いつになく弾んだ声で呼ばれ、エレアノーラはびくっとした。レグルスが笑みを浮かべて近づいてきた。だが、その笑みはどこかひきつって見えた。エレアノーラの顔もさぞひきつっていることだろう。

「今日もきれいだね」

 わざとらしくそう言ってレグルスはエレアノーラの手を取って口づけた。わざとだとわかっているのに、エレアノーラは頬を染めて身じろいだ。その様子がかわいらしく見え、レグルスは今度こそ本当の笑みを浮かべた。

「可愛いなぁ」

 しみじみとした口調で言われ、エレアノーラはレグルスの胸のあたりをたたいた。エレアノーラも街歩きをしやすいワンピースだが、レグルスも街に溶け込めるようなあっさりした格好である。

 それでも、二人の育ちの良さが出ているのか、やはり貴族のお忍びにしか見えないだろう。


「申し訳ありませんが、セレスティナ様。彼女と先約がありますので、失礼いたします」


 やや強引にレグルスはエレアノーラの背中を押して彼女の前から歩き去った。その際、エレアノーラはきつく睨み付けられた気がした。背筋に悪寒が走った。

「なんかめっちゃ睨まれたよ」

「大丈夫だって。物理的に来られても、呪われても」

「あ、そっか」

 レグルスの言葉に、思わずうなずくエレアノーラ。エレアノーラは身体能力が高いし、魔法にも自信がある。そう思うと、ちょっと安心できた。

「さっきの、えーっと、セレスティナ様? イグレシアの人よね」

「ああ。イグレシアの王女様。ちょっと押しが強かったね」

 レグルスがあっさりと言った。あれを少し、と言えるレグルスはすごい。

「というか、あれはひどいわ。ふるなら一人でやってよ」

 巻き込まないでよ、と言うと、「ごめん」とレグルスは笑った。

「だって、セレスティナ王女よりエリーの方が美人だから、あきらめてくれるかと思って」

「女っていうのはそれくらいであきらめないわよ」

 エレアノーラが美人かはさておき、女と言うのはしつこい。やはり、警戒しておくに越したことはないだろうと思うエレアノーラだ。


 それはともかく。城門を出て街に降りた。もうすぐ戴冠式だからか、王都クラーサは活気があった。基本引きこもり生活であるエレアノーラのテンションが上がる。

「すごいすごい! あ、見世物やってる!」

 大道芸を見に行こうとするエレアノーラに苦笑し、レグルスが彼女の手をつかんだ。

「迷子になるよ」

「いや、そこまで子供じゃないし」

 突然冷静になるエレアノーラ。実際、二人が迷子になる可能性は低い。雰囲気が周囲から浮いているし、雰囲気どころか周囲から少し身長が飛びぬけている。レグルスはもちろん、エレアノーラはこの国でも女性にしては長身の部類に入っていた。

 所々でやっている見世物を見物しつつ、二人は何となく物価調査に入った。


「やっぱり、レドヴィナって鉱物が安いわよね」


 エレアノーラがエメラルドのはまったブローチを見ながら言うと、レグルスに苦笑された。

「鉱物って。せめて宝石とか」

「いっしょじゃん」

「そうだけど」

 レグルスは肩をすくめ、あきらめた様子。

 レドヴィナは北の方が山脈で構成された国だ。冬場は雪で覆われるその山脈では、鉱物が多く取れる。つまり、そこは鉱山なのだ。

 食料自給率もそこそこのこの女王国が独立を保っているのは、この鉱物のおかげと言っても過言ではない。いまだに魔法が発達しているログレスとはちがい、レドヴィナは科学が発展している。

 まあ、予備知識はともかく。きれいな細工の装飾品に感心しているエレアノーラに、レグルスは言った。

「一つ買ってあげようか」

「ええっ?」

 普通に考えてそう言う流れになるのだが、エレアノーラは本気でびっくりした表情になった。レグルスは微笑んだ。


「そうだね。これなんてどう?」


 と指を差したのはペアリングだった。小さなサファイアがはまっているだけの、どちらかと言うと細工がきれいな指輪だった。エレアノーラは半眼になる。

「いや、それはちょっと」

 思わず拒否すると、レグルスは「冗談だよ」と笑った。

「エリーにはこっちかな」

 そう言ってレグルスがエレアノーラの髪に触れた。どうやら髪飾りを合わせているようだ。

「お似合いですよ」

 女性店員がにこにこと話しかけてきた。今までのやり取りを見られていたことに気が付いたエレアノーラは頬を染めてレグルスの後ろに隠れた。かわいらしい反応にレグルスも店員も微笑んだ。

「それじゃあ、これください」

「はい。お買い上げ、ありがとうございます」

 レグルスがあっさりと決め、女性店員が笑顔で会計をする。エレアノーラは口を挟もうと唇を開いたが、そこにレグルスが人差し指を当てた。

「男から贈り物をもらったら、女性は微笑んで『ありがとう』でいいんだよ。そんなに高いものじゃないんだし、いらなかったら売り飛ばせばいいんだから」

 ウィンクまでつけられた。その一連の仕草が色っぽくて、エレアノーラはややぽーっとしながらうなずいた。レグルスが笑う。

「それでいいんだよ。ほら」

 緩く束ねられたエレアノーラの金髪に、銀色の髪飾りがつけられた。安定しないのでヘアピンで固定する。ちらっと見ると、鈴蘭のような花をかたどった髪飾りだった。


「あ、あの」

「うん」

「ありがとう……」

「うん。どういたしまして」


 レグルスがぽんぽん、と帽子の上からエレアノーラの頭をなでた。エレアノーラは何となくほっとして笑った。それから、レグルスの手をつかむ。

「レグルス様。みんなにお土産買いに行こう。お土産」

「そうだね」

 仲良く手をつないで店を出て行く二人に、店員たちが「ありがとうございました」と声をかける。二人の様子はどこからどう見ても恋人同士だった。

 そんなことを思われているとは思いもしないエレアノーラは、レグルスと手をつないだまま王都クラーサを貫くフメラ川のほとりを歩く。いや、わりと最初から手はつないでいたが。

 フメラ川は運河である。貨物船が多く行き来しているが、遊覧船などもある。軽く昼食をとったレグルスとエレアノーラは遊覧船に乗り込んだ。せっかくなので、船から街を見るのもいい。ログレスの王都キャメロットは山岳地帯なので、平地で川が横断する王都は物珍しく映った。


 とりあえず観光。お土産を買うのはそれからだ。そんなことを言っていたら、買うのを忘れるような気もするが、気のせいだろう。


「あら。デート?」


 遊覧船の最後尾から柵に寄りかかってカラフルな街並みを見ていたエレアノーラは、聞き覚えのある声に右隣を見た。

 がっつり見覚えがあった。

「デートなら、遊覧船はいい選択かもね」

 この国の宰相閣下にして新女王の母、フィアラ大公だった。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エレアノーラとレグルスのデート編です。レグルスはもちろん、エレアノーラも口を開かなければただの美人です。

つまり、性格が残念。


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