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女王の国【5】













「何年も前の光が今に届くなんて、ロマンですよね。星の動きから大体の時刻も予想できるし、すごいですよね」

「……そうですね」


 何故かラトカの隣に腰かけて、エレアノーラは彼女の話に相槌を打っていた。ちらっとエルヴィーンを見るが、彼は彼で望遠鏡で星を観測していた。

「あの、すみません。周りに、天文学を理解してくれる人が、父しかいなくて……天文学がわかる年の近い女の人に会うのは初めてで、興奮してしまって」

 ラトカは興奮しすぎたと反省しているようだ。確かにちょっと勢いに呑まれていたが、別に嫌がるほどではない。


「いえ。気にしないでください。確かに、女性で研究のようなことをしている人は少ないですよね」


 ログレスの魔法研究所もそうだ。いるのは主に男性研究員で、女性は数少ない。いないわけではないが、同じ研究をしている女性研修員を探そうと思えば、難しいだろう。だから、ラトカの言いたいことがわからないわけではない。

「エレアノーラ様はどうして天文学を? 私は、父の影響なんですけど……」

 ラトカがちらっとエルヴィーンを見た。やはり、星図に何か書き込んでいる。しかし、こちらの様子はうかがっているようで、隙が見えなかった。

 これは座標把握が出来なさそうだ、と思いながら、エレアノーラは答えた。

「私は、自分が使う魔法に天文学が必要だったので」

「そうなんですか? どんな魔法?」

「特殊なので、お教えできません」

 かわいそうかな、と思ったが、移動魔法のことは最重要機密に相当する。ほとんどエレアノーラの能力に依存しているから、再現はできないはずだが、そうなるとエレアノーラ自身が危険にさらされる可能性がある。移動・転移魔法とはそれだけの価値があるのだ。


「魔術師の方って、あまり自分の魔法を教えたがらないですよね。お兄様も、お母様もそうです」


 ラトカがこてん、と首を傾けた。そう言った何気ないしぐさがかわいらしい。

「あ、ちなみに、私は天体力学を中心に研究しているんですけど、エレアノーラ様は?」

「……何を、と言われても困るのですが、基本的には暦法でしょうか」

 暦法。つまり、天体位置学のことだ。時間や場所に関する天文学をそう呼ぶことがあるのだ。

「へ~。不思議ですよね。天文学はもっとも古い自然科学系の学問だともいわれるのに、今でも研究され尽くすことはないんですもの」

「そうですね。古くから、天体は神秘的なものだと捕らえられていたのでしょうね。我が国にも、天体移動を元に作られた遺跡群が存在します」

「ログレスのガーランド石群せきぐんですね! 一度行ってみたいんです!」

 ラトカが興奮気味に言った。ちなみに、エレアノーラは行ったことがあるが、さほど面白いものではない。エレアノーラは天文学に取りつかれていると言うより、必要に迫られて研究しているので、ラトカほどの情熱はないのだ。


 魔導師、レドヴィナでは魔術師、と発音されるらしいが、とにかく魔法を使う人間は研究が好きであるものが多い。もちろん例外もいるが、半数以上は何かしらの研究をしている。レグルスがいい例であるし、エレアノーラ自身も魔法数学の研究者であった。

 興奮した様子でしゃべり続けていたラトカは、ふっと糸が切れたように眠ってしまった。父親の膝に頭を乗せ、すやすや眠っている。仲の良い親子だ。エレアノーラは、このように父親に甘えた記憶はない。

 まだ小さいころ、祖父に遊んでもらった記憶はある。エレアノーラは両親よりも祖父母に育てられたという認識が強かった。

「申し訳ありません、エレアノーラ様。この子、あまり趣味の合う歳の近い友人がいなくて」

「ええ……まあ、そうでしょうね……」

 ラトカの頭をなでながらそう言ったエルヴィーンに、エレアノーラは正直にそう言った。確かに、天文学が趣味、などと言うご令嬢はそうそういないだろう。にしても、彼はエレアノーラをいくつだと思っているのだろうか。


「エレアノーラ様も星の観測をしているのでしたら、どうぞ。この望遠鏡を使ってください」


 エルヴィーンに勧められた望遠鏡を見て、エレアノーラは少し考えた。確かに、ありがたい申し出であるが、エレアノーラにとって星の観測は位置を割り出すことにつながる。何の説明もないまま、利用するようにするのは嫌だった。国家の位置情報は重要機密の一つである。

「国家機密を漏洩させるわけにはいかないから、それはダメよ」

 背後から女性の声が聞こえ、エレアノーラはびくっとした。エルヴィーンは慣れているのか、突然現れた女性に言う。

「突然現れるな。驚くだろう」

「私はあなたの驚く顔を見たことがないけどね」

 フィアラ大公はそう言うと、何故かエレアノーラの隣に座る。エレアノーラ越しにラトカの髪をなでると、エレアノーラに向き直った。

「ラトカの話し相手になってくれたのね。ありがとう」

「い、いえ……」


 なんだろうかこの状況。フィアラ大公家に囲まれてしまった!


「でも、それとこれとは別。国家機密の漏洩は、エルヴィーン、あなたでも重罪でさばきますからね」

「お前がそう言うのなら、泣きながらでもするんだろうな。と言うか、何故情報漏洩」

「天体の位置から現在地を割り出せると言ったのはあんたでしょうが」

「そう言えばそうか」


 ……エレアノーラ越しにのろけないでほしい。特にエルヴィーン。表情に変化がないため、天然なのか確信犯なのか判断に困るところだ。

「と言うわけで、申し訳ない」

「いえ……」

 むしろほっとした。あとで、エレアノーラが部屋から勝手に観測を行えばいいのだ。情報漏洩する気はないので安心してほしい。

「ねえ。エレアノーラさん」

「あ、はい」

 何となく立ち去りづらくてそのまま座っていたエレアノーラは、フィアラ大公の呼びかけに反射的に返事をした。

「ちょっと聞きたかったんだけど、あなたのおばあ様って、オリガっていう名前じゃなかった?」

 エレアノーラはびっくりした。

「そうですけど……なんでわかるんですか」

「あー、やっぱりねぇ。お母様がねぇ。従姉が駆け落ちする手伝いをしたことがあるって言ってたのよ。どこの国に行ったのか、教えてくれなかったけど、あなたの名前、エレアノーラでしょ。私のお母様と同じ名前だわ。それに、私のフルネームはウルシュラ・オリガ・ヴァツィークでね」

「……なるほど」

 ここまで名前がかぶっているのに、全く関係ないと考える方がおかしい。特に、エレアノーラ、もしくはエレオノーラはよくある名前であるが、オリガ、と言うのは珍しい。そもそも、発音がスヴェトラーナ帝国風であるのが気になった。


「まさか、お母様が駆け落ちを手伝った人のお孫さんに会えるとはねぇ」


 何故か、フィアラ大公がエレアノーラの頭を撫でてくる。そのまま「世間って狭いわね」としみじみつぶやいている。

「公爵令嬢って言っていたわよね。三年前の、ログレス王の戴冠式には参列していた?」

 尋ねられ、エレアノーラは一応うなずく。

「ええ、まあ……でも、ほとんどいるだけだったので……」

 当時まだ特務局の平局員だったエレアノーラは、カルヴァート公爵令嬢として戴冠式に参列していた。最初から最後まで誰ともしゃべらず、始まる直前に入り、終わるとすぐに退出したのだ。エレアノーラは、レドヴィナに来て初めてフィアラ大公がログレス王のジェイラスの戴冠式に参列していたと知ったくらいなのだ。

「まあ、あんなもの楽しくないしね」

「一度は女王になるとすら言われていた女が、何言ってるんだ」

「結局、ならなかったでしょ」

「そもそも、女王と言うガラじゃないしな」

 フィアラ大公はあっけらかんとしているが、エルヴィーンも言っていることは結構ひどい。と言うか、フィアラ大公は三日後に迫っている自分の娘の戴冠式を「楽しくない」と言ったも同然である。

 まさか「そうですね」ともいえず、エレアノーラは黙ったままあいまいに微笑んでいた。だが、続いたフィアラ大公の発言に激しく動揺する。


「それで。レグルス殿下はあなたを『今回のパートナー』と言っていたけど、実は恋人だったりしないの?」

「!」


 エレアノーラは勢いよく首を左右に振った。フィアラ大公は「否定されると逆に怪しいわよね」などと言っている。

「なるほど。あなたが怪しまれるのは、否定すると逆に怪しいからか」

「そこ、ちょっとうるさいわよ」

 先ほどからフィアラ大公にツッコミを入れているエルヴィーンであるが、妻に対する言葉とは思えない言葉である。だが、フィアラ大公の様子を見る限り、これが日常なのだろう……と現実逃避している。

「まあ、結婚式には呼んでよ。ラトカを連れて行くから」

 フィアラ大公がさらりと言った。まあ、確かに友人の結婚式に出席するの、とか言えば、ラトカは簡単にログレスに入国できるだろう。そして、彼女が憧れているガーランド石群を見に行ける。ログレスはやや排他的な国ではあるが、わざわざ友人の結婚祝いに来た少女を追い返すほどではない。むしろ、会ったばかりのエレアノーラとラトカが友人同士だと言う方が無理があるかもしれない。


 まあそれはともかく。


「フィアラ大公は怪しまれているのですか?」

 ここが気になったエレアノーラだった。フィアラ大公は苦笑し、「まあね」と言った。

「これでも昔よりはマシなんだけど。私の父は、先代の女王……つまり、エリシュカの前の女王に対して反乱を起こしたのよ」

「……」

「だから、古参の官僚や議員には信用がないの。まあ、それでも宰相になれるくらいにまでは回復してるけど、まだ突っかかってくる人が多いのよね」

 これ以上は秘密、とフィアラ大公は微笑む。どちらにしろ、彼女は三日後には宰相位を返上するらしいので、話してもいいような気がするが、フィアラ大公の言うところの『国家機密』に相当するのかもしれないと思い、黙っておいた。

 エルヴィーンの膝の上で、ラトカが身じろいだ。起きた様子はないが、外は、寝るには少々肌寒いかもしれない。

「あら、まあ。そろそろ中に入りましょうか」

 フィアラ大公がラトカをなでる代わりのようにエレアノーラをなでて言った。

「そう、ですね」

 エレアノーラはうずき、立ち上がった。エルヴィーンも娘を抱きかかえて立ち上がる。

「それじゃあ、エレアノーラさん。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい、フィアラ大公、エルヴィーン様」

 エレアノーラは軽く礼をして、逃げるようにフィアラ大公一家の側から離れた。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、ラトカは16歳。なので、エレアノーラとは5歳差になります。ぎりぎり同世代……かな。

この2人、遠いですが親戚になります。


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