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女王の国【3】










 その夜は舞踏会だった。新女王の戴冠式とあって、様々な国の人間が集まっており、様々な言語が飛び交っている。基本的に言語に苦労したことのないエレアノーラですら知らない言語がいくつかあった。

 エレアノーラはレグルスの側を離れないように気を付ける。これが自国の夜会なら、レグルスとエレアノーラそれぞれであいさつ回りだろうが、今回は他国の夜会だ。めったなことはないと思うが、離れると不安なので二人一緒である。


 今日のエレアノーラのドレスは淡い翡翠色のドレスだ。もしかしたら瞳の色が同じフィアラ大公も同系統色かと思ったが、彼女はワインレッドのドレスを着ていた。それが妙に似合っていて、無表情で突っ立っていると異様な存在感がある。


 いつの間にこんなドレスを用意したのだろうか。と言うか、レグルスの趣味が良すぎてちょっと怖い。適度に開いたデコルテにあまり広がらないスカート部分がエレアノーラの足の長さを強調している。

 視界を補助するネックレスのほかに、瀟洒なデザインのアクセサリーをいくつか身に着け、エレアノーラはレグルスの隣で微笑んでいた。

 レグルスの知り合いの各国の代表に挨拶していると、エリシュカ女王が近づいてきた。彼女の隣には、エレアノーラよりいくらか年下に見える茶髪の少女の姿があった。


「こんばんは、レグルス殿下、エレアノーラさん」


 エリシュカが微笑んで挨拶をした。エレアノーラとレグルスも挨拶を返す。二人の視線は、自然と茶髪の少女の方に向かう。青い瞳をしたきれいな顔立ちの少女だ。美人、ではなくきれい、がしっくりくる。

 少女にしては長身だが、エレアノーラほど背は高くない。何となく、口元に浮かぶ不遜な笑みに見覚えがあった。

「お二人とも、こちら、新しく女王になるフィアラ大公息女ユリエ・ヴァツィーク。十八歳」

 おお。若い女王だ。あとで聞いたところによると、たいていレドヴィナの女王は二十歳前後で即位するらしいけど。

「ユリエ。このお二人はログレス国王の王弟殿下でレグルス様、それと、こちらの女性はそのパートナーでエレアノーラさん」

 これくらいの若い女性なら、普通、レグルスの方に興味を持つ。レグルスはオネエであることをのぞけば魅力的な男性である。猫をかぶっている今は、特にそうだろう。

 しかし、新女王ユリエが興味を持ったのはエレアノーラの方だった。ずいっと身を乗り出し、顔を下から覗き込まれる。


「目の色がお母様と同じだね」


 お母様って、フィアラ大公のことか。何なのだろうか。レドヴィナ人は目の色に細かい気がする。普通気付くか? いや、まあ、エレアノーラも同じ色だな、と思ったけど。

「血縁があるらしいわよ」

「なるほど」

 エリシュカ女王が面白がりながら言った。それで納得するユリエもユリエであるが。レグルスが苦笑いを浮かべる。

「まあ、この子は新女王陛下と血縁があると言うことで連れてきた面もありますから。おめでとうございます、ユリエ様」

「ありがとうございます。レグルス様」

 ユリエが一礼する。そのしぐさは美しいのだが、やはりどこか不遜な感じがする。ある意味すごい。

「それでは、わたくしたちはまだあいさつしなければならない人がいますので。ユリエ、行きましょう」

「はーい。では、レグルス様、エレアノーラさん、失礼いたします」

 二十五年女王を務めたエリシュカと、新人女王ユリエの違いがここだろうか。なんと言うか、性格もあるのだろうがユリエは全体的に軽い。

「なんか、エリシュカ女王と正反対の人ね、ユリエ様」

「エリシュカ様の前の女王は武闘派の女王だったらしいよ」

「……へえ」

 正反対の性格の女王が交互に来るのだろうか。ちなみに、エリシュカ女王の二代前の女王は、ユリエの曾祖母らしい。


 エレアノーラもレグルスと共に挨拶を再開する。さすがに慣れてきたエレアノーラだが、時々ふられる話に相槌を打つだけで、ほぼレグルスの斜め後ろで微笑んでいるだけだ。表情筋が引きつっている気がする。

「そろそろ疲れてきた?」

「顔が疲れてきた」

 素直に答えると、レグルスが苦笑した。

「そうだね。愛想よくするのは疲れるよね」

「きょく……じゃなくてレグルス様はいつも愛想いいでしょ?」

「君と一緒にいると楽しいからね」

 とにこりと笑われる。エレアノーラは沈黙した。こっそりとレグルスの背中をたたく。

「もうっ。そんなこと言われると勘違いしちゃうでしょ」

 レグルスは顔だけはハンサムなのだ。基本的に恋愛に耐性のないエレアノーラがそんなことを言うが、そう言う彼女も面白がっている様子である。レグルスは笑った。


「じゃあ、勘違いついでに一曲踊ってきましょう。前の時は、ダメだったし」


 ログレスのキャメロット宮殿で開かれた夜会のことだろう。一曲踊ろうか、と言っていたのに、エレアノーラが魔法酔いでダウンしてしまったため結局踊れなかった。それを出されれば、彼女が断れるわけがない。

「……わかった」

「それでは、一曲お付き合いいただけますか、お姫様」

 気障ったらしくレグルスが手を差し出し、エレアノーラはその手を見つめた。しかし、それも一瞬で、エレアノーラはその手に自分の手を乗せた。

「ええ。よろしくてよ」

 貴族のお嬢様らしく言ってみたが、何となく背中がむず痒い。レグルスはエレアノーラの手を引いてダンスフロアに向かった。向かい合って、ゆっくりとステップを踏み始める。

「私、あまりうまくないわ……って、言ったっけ?」

「前に聞いたよ。大丈夫。基礎を知ってれば踊らせられるから」

「むう」

 この辺り、レグルスは王子様だったのだな、と思う。リードはうまいし、エレアノーラが間違えかけるとさりげなく正してくれる。


「すごい。踊りやすい」


 ダンスの先生もかくやと言ううまさだった。素直に称賛すると、レグルスは嬉しそうに「ありがとう」と言った。

「本当に王子様なのねぇ。ダンスの先生よりうまいかもしれない」

「さすがにそれはないでしょ。エリーもさすがに運動神経がいいわね」

「なんか微妙なところをほめられたっ」

 それでもほめてくれると悪い気はしない。基本的にあまりダンスが得意ではないエレアノーラがこうしてしゃべりながら踊れているのは、レグルスのリードがうまいからだ。


 結局二曲続けて踊った二人だが、エレアノーラもレグルスも体力が有り余っているのかまだ元気だった。エレアノーラとしても、変に気を使うあいさつ回りよりも踊っている方がいいと思った。

「うんうん。元気で何より」

 たぶん、いつもだったら頭をなでられていたと思うが、今日は髪をきれいに結っているので、たらしている金髪を指先で梳かれた。エレアノーラは動揺して足を後ろに引く。

「な、なんか今日の局長、おかしいよ」

「そんなことないって。それと、レグルスね」

 指摘されてウィンクされる。うん。やっぱりおかしいって!

「主要な相手にはもうあいさつしたから、単純に楽しんで行こう。はめは外しすぎないように。お酒は飲んじゃだめだから」

「飲まないわよ。私だって、自分が絡み酒の自覚はあるもん」

 自覚はあるが、エレアノーラはそれなりにお酒が好きだ。時々飲みたくなる。そういう時は被害者を出さないように一人で飲むのだが、それでも一人で愚痴っているから、自分の酒癖の悪さは相当である。それでもやめないけど。


「エレアノーラ様」


 ふと、名を呼ばれた気がした。しかし、『エレアノーラ(Eleanora)』と同系統の名前は結構多い。フィアラ大公の母親のエレオノーラや、アリエノール、エリノアなども対応する。一番メジャーなのはエレオノーレだ。

 って、それはどうでもいいか。何度か呼ばれたので、やはり自分が呼ばれているのだろうと思い声のする方を見た。

「良かった。人違いかと思ってしまいました」

 そこで微笑んでいたのは見たことがある顔。茶髪の爽やかな印象の青年だ。名前は確か。


「ナシオ様」


 ログレスの園遊会でエレアノーラに声をかけてきたイグレシア王国のリオス公爵の子息だ。外交官らしいからある意味当たり前であるが、レドヴィナ女王の戴冠式に出席しに来たようだ。

 エレアノーラが名を呼ぶと、ナシオは嬉しそうに微笑んだ。

「覚えていてくださったのですね。光栄です」

 基本的にエレアノーラの交友関係はせまいので、仕事関係以外で交流を持った相手は久しぶりだったので覚えていたのだ。ちなみに、エレアノーラは記憶力もそこそこいい。エヴァンには劣るけど。

「レグルス殿下もいらっしゃっていたのですね」

「私も一応、王族なのでね。陛下の代わりですよ、ナシオ殿」

 そう言いながらレグルスはエレアノーラの腰を抱き寄せた。エレアノーラは密着したレグルスの顔を見上げる。五フィート七インチの長身であるエレアノーラが見上げなければならないほど、レグルスは背が高い。たぶん、ナシオよりも長身だ。見上げているので、正確なところはわからないけど。


「エレアノーラ様はレグルス殿下の恋人でしたか」


 この様子を見て、ナシオがそう誤解するのも無理はない話だろう。エレアノーラがナシオだったとしてもそう思うだろうし。実際には上司と部下だけど。

「まあ、そんなようなところかな。今回は私の外交に付き合わせてしまって申し訳ないけど」

 とレグルスはエレアノーラに向かって甘く微笑む。本当に何なのだろう。調子が狂う。エレアノーラは自分の頬が熱くなるのを感じた。本人たちの思いはどうあれ、そんな様子を見せつけられたら、二人が恋人同士だと勘違いするのは無理からぬ話だ。

 ナシオは苦笑した。


「告白する前に振られてしまいましたが、思い出に、どうか一曲お付き合い願えませんか、エレアノーラ様」


 と手を差し出される。あ、デジャヴ。さっきはレグルスで、今度はナシオだけど。気心が知れているレグルスならともかく、二回目の対面であるナシオと踊るのには勇気がいる。

「私、あまりダンスがうまくないのですが……」

「大丈夫です。私がリードしますから」

「……」

 笑顔で言われた。これもデジャヴ。何だろうか。ダンスがうまいのはいい男の条件なのか? ……きっとそうなのだろう。

 エレアノーラはレグルスを見上げた。彼もエレアノーラを見下ろす。


「行ってらっしゃい」


 のちにエレアノーラは言った。この時、彼女は裏切られたと思ったそうだ。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユリエ新女王は『背中合わせの女王』のウルシュラの娘です。(ネタバレしてる)見た目は父親、中身は母親ってところでしょうか。でも、どちらかと言うとハンサム系美人を想定しています。


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