女王の国【1】
新章、女王の国です。どっかで聞いたようなサブタイトルです。
「やはり、あの時の実行犯はミラナ様を狙っていたようですね」
「ミラナがスヴェトラーナ人であることが気にくわないのか?」
「そんなようなことを言っていましたけど、単純に自分の力が及ぶ者の中から、王妃を出したいのかも。ほら、私はダメですし」
「そうだな」
「そうはっきり言われるとさすがに傷つきます」
話がそれている。そう思いながら、エレアノーラは出された紅茶に口をつける。うん。おいしい。
しかし、なぜこうなった? 何なんだ、この状況は。お茶菓子のクッキーをつまみながら、エレアノーラは少しこれまでのことを振り返ってみる。エヴァンと共に執務室で仕事を片づけていると、突然呼び出され、ここまで連れてこられたのだ。
完全にお茶会である。エレアノーラを引っ張ってきたレグルスは、「状況報告よ」などと言いつつウィンクまでつけてくれたが、これはどう考えてもお茶会である。
「そう言えば、エリーはわたくしと間違えられたんでしょう? まさか、本当に間違われるとは思わなくて、気合入れて似たような格好にしちゃったんだけど」
王妃が心配そうにエレアノーラに言った。エレアノーラは少し考えてから返事をする。
「大丈夫です。私も、間違われて驚きました」
言うほど似ていないと思うのだ。背格好は確かに似ていると思う。しかし、顔立ちは似ていないし、姉妹と言えば通じるかもしれないが、その程度だ。
だから、間違われて驚いた。
「それ、何だけど。初めからエリーを狙っていた可能性もあるわよねぇ」
オネエ口調でレグルスが言った。ティーカップを持ったまま、エレアノーラはぽかんとする。
「何、それ」
「いや、だから、エリーが狙われたんじゃないかと。ほら、ミラナは命は狙われなかったけど、エリーは殺されそうになったでしょ」
「そうなの!?」
ショックを受けたように王妃が叫んだ。国王がそんな王妃をなだめている。それを横目で見つつ、エレアノーラは首をかしげた。
「いやー。でも、動機がないのでは?」
「恨みって、自分が知らないところで買うのよ」
レグルスに突っ込まれ、エレアノーラは思わず黙り込む。しかし、恨みを買う対象は思い浮かばない。家族とは仲が悪いが、それくらいだ。さすがに命までは狙われないだろう。たぶん。
「とにかく、ミラナを狙った黒幕も、エレアノーラ嬢を狙った相手も見つかってないと言うことだな」
国王の確認に、レグルスは「そうですね」とうなずく。
「ミラナはできるだけ一人にしないようにするとして……エレアノーラ嬢は、お前がついていれば大丈夫か?」
と、疑わしそうに自分の弟を見る国王。レグルスは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。エリーもできるだけ一人にしないようにします」
「いえ、と言うか、帯剣許可をもらえれば」
エレアノーラはここぞとばかりに主張する。珍しいことではあるが、人の手を煩わせるよりは、帯剣許可をもらって自分の身は自分で護った方がいいと思ったのだ。
「剣を使えるのか。さすがはログレス人」
国王が妙なところで感心している。レグルスも変わっているが、国王も変わっているのかもしれない。
基本的に城内で帯剣できるのは騎士と王族だけだ。レグルスは王族なので、常に帯剣している。細身の体でオネエであるにもかかわらず、彼は凄腕の剣士なのだ。偏見だけど。
「まあ、許可はおいおい。そんな君と、我が弟に頼みがある」
「なんでしょうか」
レグルスが尋ねた。エレアノーラも耳を傾ける。国王はにっこり笑ってこんなことを言った。
「君たち二人で、戴冠式に出席しに行かないか?」
…………。
はあ?
意味不明な国王の言葉であったが、詳しく聞いてみると、どうやら他国で戴冠式が行われるらしい。それに、国王夫妻の代わりに出席しないか、と言うことだった。ちなみに、国王としてはこちらの話がメインだったそうだ。って、そんなことはどうでもいい。
「ええっと。局長はともかく、何故私なんですか」
そこが謎だ。せめて、護衛として連れて行くとか、外交官として連れて行くならわかるのだが。レグルスは王弟であるし、そうした公式行事に参加するのはわからなくはない。
「と言うか、私とエリーが外交に出ると、うちの局長と副局長がいなくなることになるんですが」
レグルスがまともなツッコミをする。まあ、もともと局長は半引きこもりで、副局長はまだ就任して半年くらいだから、いてもいなくても一緒なような気はしなくもない。
ただ、うっかり席を外したら仕事がたまるのだ。
「ああ。それは大丈夫だろう。引継ぎしておけ。あと、エレアノーラ嬢はカルヴァート公爵家の令嬢だろう。王弟のパートナーとしては文句なしだ。それに、聞くところによると、君はこの愚帝の扱いを心得ているようだからな」
なんですか、それ。つまり、エレアノーラはレグルスの監視役と言うこと?
「それに、お前たち二人だと、護衛が少なくて済む」
「……」
あけすけな言葉に、エレアノーラはレグルスと目を見合わせた。
確かに、魔導師は存在だけで戦闘力ともいえる。レグルスはもちろん、エレアノーラの戦闘力もかなりのものであるし、何より、彼女は特殊な魔法が使える。
転移魔法。
これはかなり特殊な魔法になる。古よりもだいぶ魔素が希薄になってきている現在、この魔法が使えるものは少ない。エレアノーラは、その数少ない一人なのだ。多くの制約はあるが、通常の方法より早く戻ってくることもできるし、魔法が使える限り危険な場所からも一瞬で逃げ出せる。
「それと、エレアノーラ嬢は祖母がスヴェトラーナ人なんだろう?」
「……ええ、まあ……」
エレアノーラはうなずいたが、表情はこわばっている。国王はそんな彼女を安心させるように、レグルスと似たような、しかし、彼よりは鋭い印象を与える顔に優しげな笑みを浮かべる。
「今回戴冠する、レドヴィナの新女王も祖母にスヴェトラーナ人を持つらしい」
「……それなら、王妃様が行った方がいいのでは?」
エレアノーラが王妃の方に顔を向けると、彼女は微笑んで「ミラナよ」と言った。要するに、名で呼べと言うことなのだろう。
「まあ、国王と王妃が簡単に国を開けたりできませんからね。私は国王名代として行ってきますよ。エリーは? 行く?」
「……でも、特務局は?」
エレアノーラは矢や上目づかいにレグルスをうかがった。初めての外国に興味はあるが、行くのは怖い気もする。特務局はエレアノーラとレグルスがいなくてもエヴァンがうまくやるだろうし、王妃……ミラナのことも気になるが、彼女の護衛はいくらでもいる。
「あなたが嫌でないなら、一緒に行きましょうか。特務局の方は大丈夫でしょう。エヴァンが何とかしてくれるわ。引継ぎ資料は作っておいてね」
「……了解です」
これ、引継ぎ作業にレグルスは関わるつもりがないな。なら、外交に行く準備を彼にはしてもらおうと思った。幸い、言語には不自由しないので通訳は用意しなくてもいい。
「ああ。よかった。引き受けてくれるか。頼むな」
「二人とも。気を付けてね」
国王とミラナが、微笑んでそう言った。
△
「ちょ、この時期に二人して外交とか! 鬼畜か、あんたら!」
予想通りであるが、レグルスとエレアノーラが「ちょっとレドヴィナの戴冠式に参列してくる」と報告すると、エヴァンが容赦なくツッコミを入れてくれた。
「もうすぐ異動の時期だっつーの! さらに、新人が入る予定! なんで局長も副局長もいないんだ!」
「ご、ごめんなさい」
優しげなエヴァンのいつにない剣幕に押され、エレアノーラは思わず謝罪を口にする。その様子があまりにも哀れだったのだろうか。エヴァンの口調が少し和らぐ。
「まあ、局長は王弟だし、エリーは押しに弱いから仕方ないけどさ」
「悪かったわね……」
実際、国王や王妃が外交に行く、と言うことは少ないのだ。というか、普通、国家の君主が国から出ると言うことはほとんどない。よほどの有事だけだ。
ジェイラス国王の戴冠式に参列した他国の使者たちも、王族ではあるが君主ではないものばかりだった。今回もそれにあたる。レグルスは王族だが、君主ではない。エレアノーラはそのお供。
「まあ、エリーを連れて行く気持ちはわかるんだよね。自分で自分の身は守れるし、美人だから華があるし、転移魔法が使えるし」
「あ、やっぱりそれだと思う?」
転移魔法が、エレアノーラ同行の最大の理由である気がする。ログレスとレドヴィナはかなり遠いが、最大出力なら三度か四度の転移で帰ってこられるだろうし。
「まあ、理由の一つではあるだろうね……で、さっさと引継ぎ書類作る! 五日後には出発なんでしょ」
「わかってるわよ……」
レドヴィナ王国は遠いので、五日後には出発だ。エレアノーラが引継ぎをしている間に、レグルスは旅に必要なもろもろを用意してくれているはず。役割分担としては完璧である。
「国の外に出るのは初めてだわ。楽しみ」
席に着きながらそう言うと、エヴァンが苦笑を浮かべた。
「何だろう。今、すごく不安を感じたんだけど」
エヴァンは書類に目を落としながら言った。
「いや、僕もこの国は出たことがないけど、何だろう。君と局長だと、事件に巻き込まれるような気が」
「何よそれ」
急いで引継ぎ書類を作りながら、エレアノーラは顔をしかめた。エヴァンも彼女も、お互いに顔を上げずに手を動かす。
「ねえ。引継ぎ書類ってどこまで作っておけばいいと思う?」
「余裕持って作っておいてよ。二ヶ月分くらい」
「さすがにそんなに外出しないわよ」
「でも、作っておけば帰ってきた後も楽だよ」
「確かに」
エヴァンの意見に同意し、とりあえず二か月先までの予定を組む。想定外の緊急事態は、悪いが彼らに対応してもらわなければならない。
「副局長! お土産お願いしまーす」
唐突にとんだ声に、エレアノーラは叫んだ。
「買ってくるから、早く企画書を提出しなさい!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そんなわけで、いざ行かん、女王の国レドヴィナへ!