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社交界【10】

第2章最後です。













 振り返ると、先日夜会で遭遇したウィレミナとその婚約者アランだった。今日も二人は一緒である。仲がいいことはいいことであるが、エレアノーラとしては少々複雑だ。そもそも、ウィレミナが苦手だからだが……。


「今日は王弟殿下は一緒ではないのね。やっぱり、お姉様みたいな暗い女、王弟殿下も嫌よね」


 さらっと姉を貶してくる妹であるが、今はそれどころではない。エレアノーラが暗ければ、レグルスはオネエだし。

「……別に、いつも一緒にいるわけではないわ。それより、何か用?」

 エレアノーラはレグルスの方に視線をちらちら向けながら妹に問う。焦っているので口調がいつもよりきつかったからだろうか。ウィレミナが明らかにむっとした。

「何よ。お姉様のくせに、生意気!」

 ただの癇癪である。アランがウィレミナをなだめ、非難するようにエレアノーラを睨み何か言ってきたが、エレアノーラはそれどころではない。レグルスが怪しい人物の肩をたたき、職質をかけるために会場の脇に連れて行ったのだ。王妃の侍女に化けている同僚のカレンに目くばせし、エレアノーラはレグルスを追う。

「おいっ!」

 アランの非難の声が上がるが、エレアノーラは無視した。どうせ、会話をしようにも成立しないのだから無視しても同じだ。次に会ったときがちょっと怖いけど、職務が優先である。


『エリー! 薔薇園の方に不審者が逃げ込んだ!』


 行きかけたが、エヴァンの通信に方向転換。速足で薔薇園の方に向かった。


 会場から少し離れたところに、薔薇園はある。開花時期が過ぎているのだが、魔法研究所の魔導師たちが少し細工をして薔薇を咲かせている。そのため、薔薇園はとても美しく、薔薇の匂いに満ちていた。

 この薔薇園は迷路になっている。毎年形が変わるので、エレアノーラも正しい道はわからない。分かれ道も多い。なので。


「エヴァン、どっち!?」


 迷路の中に足を踏み入れたエレアノーラは通信機に向かって言った。エヴァンなら、透視魔法で見てくれると思ったのだ。しかし――。

『ごめん! 迷路が細かすぎてよくわからない……あと、別の所にも指示出さなきゃだから、ごめん、頑張って!』

「ちょ、マジかっ」

 エレアノーラはぶつっと切られた通信機に向かって叫ぶ。さすがのエヴァンも、迷路の案内はできなかったようだ。もともと、遠隔透視魔法は集中力がないと続かない魔法ではある。

 とりあえず、エレアノーラは迷路を進んだ。エレアノーラはかなり背が高いのだが、薔薇の壁はエレアノーラの背丈より高い。魔導師が管理に関わっているからこそできる迷路だ。


 道幅は十分。地面も固い。エレアノーラは走った。


 エレアノーラは割と足が速い。鍛えられた結果であるが、本人の素質もあるだろう。しかも、ドレスで走っているのにかなりの速度だ。

 ちらっと、不審者の姿が目に入った。脇道だったので、あわてて引き換えし、その道に入る。一応声をかけて見た。


「そこの人! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


 不審者が振り返る。勝手に男のような気がしていたが、男装した女性だった。そう言えば、体格が細めだ。背丈もエレアノーラより小さいだろう。

 性別が同じで体格が違えば、エレアノーラもあっという間に追いつける。

「っ! この!」

 男装女性が魔法を放った風魔法だ。避け損ねて頬が切れる。そばの生垣が魔法の直撃を受けてばらばらと花を落とした。

「ちょっとごめんなさいね!」

 エレアノーラが手を伸ばし、女性の肩をつかもうとしたその時。

「っ!」

 背後に気配を感じ、振り返った。見ると、斧を持った男がエレアノーラに向かって斧を振り下ろそうとしている。


「防げ!」


 魔法式を構築している時間がなかったので、呪文で代用する。魔法式だと相手に使う魔法がばれない、という利点があるが、やはり速度では呪文の方が上だ。

 魔法障壁に斧が当たる。普通なら砕けるのだが、その斧は魔力をはらんでいるのかびくともしなかった。

 男装の女性がいた方を見ると、すでに女性の姿はない。逃げられた。つまり、この斧の男と男装女性は仲間なのだろう。もしかしたら、レグルスが捕まえていた爆発魔法の男も仲間なのかもしれない。

 エレアノーラは障壁魔法を解き、男から距離をとる。今日も今日とてエレアノーラは手ぶらだ。剣を持ってくればよかった。エレアノーラをまじまじと見つめる斧の男は仮面をしていて、かなり怪しい。男が口を開く。


「あなたに恨みはないが、仕事なので消えてもらうぞ、王妃」

「……」


 まさかの人違い! にしても、本当に王妃と間違われるとは……。もしかして、本物の王妃とエレアノーラの見分けがつかなくて、引き離しておびき出したのだろうか。なら、両方死んでも構わないという危険思考を彼らは持っていることになる。


 だが、間違えているのなら、取るべき行動は一つだ。


 背を向けて、逃げる。


 魔法で反撃してもいいのだが、そうしたら間違いに気付いた彼は本物の王妃の方へ行ってしまうかもしれない。そうならないために、逃げる。そして、彼にエレアノーラを追わせる。


 のだが。



 ちょ、わかってても結構怖い!



 斧を持った男性に追いかけられると言う経験は、そうそうできるものではない。というか、普通、しない。自分でやっていても、結構怖い。

 そう言えば、怪人に追いかけられると言うホラー小説があったなぁ、と現実逃避気味だ。本格的にどうしようかと背後を振り返る。……やっぱり追ってきている。方針転換して魔法攻撃を仕掛けようか。

 と思ったとき、何かに衝突した。倒れかけたのを支えられたので、人間のようだ。


「エリー?」

「局長!」


 エレアノーラはレグルスを認め、さっと彼の後ろに隠れた。目の前に斧を持った男を見たレグルスは目を見開き、容赦なく魔法で男を弾き飛ばした。

「何やってるのよ、エリー。あなたならあれくらい、簡単に倒せるでしょ」

 薔薇の生垣に突っ込み、傷だらけになっている男を見ながらレグルスが言った。エレアノーラは「そうなんだけど」と顔をしかめる。

「私のことを王妃様と勘違いしたみたくて、引き離したほうがいいかなって」

「……殊勝な心がけだけど、ここ、会場に近いわよ」

「ええっ!?」

 エレアノーラは周囲を見渡す。確かに、迷路の端まで来ていた。どうやら、逃げ回っているうちに元の場所のあたりに戻ってきたらしい。それで、レグルスに衝突したのだ。


 ふと見ると、男が起き上がろうとしていたので、エレアノーラは魔法式を組み立てる。走りながらではできなかったが、立ち止った今は余裕がある。そのまま、男を拘束した。

「そう言えば、男装女子を見なかった? 不審者ってことで、追ってたんだけど、見失っちゃって」

 尋ねると、レグルスは首を左右に振った。

「いえ、見てないわね」

「そう……あ、王妃様たちは?」

「無事よ。爆破実行犯も拘束したわ。陛下と妃殿下は大事をとって護衛をつけて宮殿の中に戻ったけど、園遊会は続いてるわよ」

「ふ~ん……」

 どうやらそちらも丸く収まっているらしい。会場警備はエレアノーラたちの仕事であるが、尋問と原因追及は彼女らの仕事ではないので、騎士団に丸投げしてしまおう。

 男を騎士団に引き渡し、エレアノーラは会場に戻ろうと思ったが、レグルスにツッコミをいれられる。


「その格好で会場には戻れないわねぇ」


 はっとして自分の姿を見ると、薔薇の迷路を走ったため、ドレスの裾が破けている。とげに引っかかったのだろう。エレアノーラは消沈する。

「あーあ。やっちゃった……」

「そのドレス、気に入ってた? ドレスくらいなら私がプレゼントしてあげるわよ」

「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」

 いくら経費で作ったドレスとはいえ、デザインは確かに気に入っていたし、何よりできたばかりの新しいドレスをぼろぼろにしてしまうなど、罪悪感を思える。

 そう訴えると、レグルスはくすくすと笑ってエレアノーラの肩に自分の上着をかけた。


「そう言うところ、可愛いわよね、エリーは」

「そう?」

「ええ。そうよ」


 レグルスはエレアノーラの肩に手を回し、少し押すようにして歩き出した。つられてエレアノーラも歩き出す。

 さすがに会場に戻れなかったので、エレアノーラはレグルスに連れられて城内に入った。そのまま国王と王妃の元に連れて行かれる。


「まあっ。エレアノーラ、大丈夫?」


 王妃が心配そうにエレアノーラに声をかけてくれた。エレアノーラは笑みを浮かべてうなずく。

「はい。怪我はありません」

 そう答えると、王妃はほっとした様子で「良かったわ」と答えた。知り合ってあまり経たない相手を心配してくれるなど、王妃はいい人だな、と思う。

「エリー……エレアノーラによると、一人逃げて行ったようなので周辺を捜索してもらいますね」

 レグルスが国王にそう言っているのが聞こえた。その隣で、王妃がエレアノーラに話しかける。

「何をしたらそうなるの?」

 ぼろぼろのドレスのことだろう。

「薔薇の迷路の中を走りました。せっかく選んでいただいたのに、すみません」

 このドレスは王妃が選んだのだ。今、王妃が着ているドレスとシルエットが似ている。光の当たり具合によっては、色合いも似て見えるだろう。そう言うドレスを選んだ。

「怪我がないのなら、それでいいけど……エレアノーラは、エリーと呼ばれているのね」

 突然変わった話に戸惑いつつ、エレアノーラはうなずいた。


「ええ……親しい人は、そう呼びます」

「なら、わたくしもエリーって呼んでいいかしら? わたくしのこともミラナと呼んでくれていいわ」


 ポン、と両手を合わせて王妃、改めミラナが嬉しそうに言う。呼ばれて困ることもないので、エレアノーラはうなずいた。

「いいの? ありがとう。よろしくね、エリー」

「はい」

 エレアノーラがこくっとうなずいたところで、レグルスから声がかかる。

「エリー、先に戻って今日の始末書、お願いできる?」

「了解。局長も戻ってきてね」

「わかってるわ」

「戻ってこなかったら、実験結果をまとめた資料、取り上げるからね」

「……必ず戻るわ」

 よほど実験結果が大事なのだろう。レグルスはうなずいた。まあ、エレアノーラも実験は好きなので、その結果が奪われるつらさはわかる。だが、そうでもしないとこの男はふらふらと研究室の方に言ってしまう可能性がある。


「それでは、失礼します」


 ぼろぼろになったドレスをつまみ、形だけは淑女の礼をとる。それから、エレアノーラは特務局の事務所に向かった。


















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


斧を持った男に追いかけられるっていうドッキリ、ありませんでしたっけ? 気のせいかもしれない……。


次回から隔日更新に戻します。なので、次の第3章は10月31日に更新します。

第3章では、1年ぶりにあの人たちが出てきます(リアルタイムで1年ぶりです)。


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