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社交界【9】















『ブルース、右手にいる茶色の礼服の金髪の男性。動きが怪しいから職質かけて』

『了解です』

『カレン、そっちの様子は?』

『今のところ、問題ありません』

『エリー、そっちは?』



「私が人酔いでやばい」





 耳に付けたイヤリング型の通信用魔法道具でエヴァンが警備の魔導師たちに指示を出すのを聞いていたエレアノーラは、自分に話をふられたのでそう答えた。エヴァンが軽く笑い声をあげる。

『悪いけど、もう少し我慢して。なんなら座ってなよ』

「そうする」

 エレアノーラは通信機にそう返し、近くにあるベンチに腰かけた。そこから、多くの人でにぎわう庭園を眺めた。人が多いので、人酔いしてしまったのだ。

 今日はついに園遊会である。魔導師も警備として駆り出されており、エレアノーラも警備の一人である。計画を立てたのは彼女だが、指示を出しているのはエヴァンだ。彼の魔法が、指揮官向きなのである。


『エリー、君、美人だから面倒事に巻き込まれないようにね』

「……気を付けるけど」


 エヴァンの忠告に、エレアノーラは憮然とした表情と口調で答える。正直、どう気を付ければいいのかわからないが。


 エレアノーラは今、翡翠色のドレスを着ていた。肌触りのいい絹のドレスで、光の当たり方によっては淡い青にも見える。翡翠色と白で構成された、派手ではないが上品な印象のドレスだ。

 先ほど確認してきたが、王妃は淡い青のドレスをまとっていた。デザインは多少違うが、シルエットはエレアノーラのドレスと似ている。つまり、エレアノーラは警備でありながら、王妃を装ったおとりでもある。そのため、眼鏡を取り上げられている。

 魔導師にはいくつか利点がある。一般人に紛れられるということ。武器を携帯しなくても戦えると言うこと。それに、女性でも男性より強いということ。つまり、ドレスを着ていても戦えるのだ。


 エレアノーラは着ているドレスに触れた。どう見ても高価なドレスだ。こんなドレス、代金が払えない!


 と言ったのだが、レグルスは笑って経費で落ちる、と言ってきた。とんだ無駄遣いである。そのレグルスは、王族としてオネエ口調を隠して園遊会に参戦している。そうしていれば、ただの見目のいい男性である。

 高価なドレスにアクセサリーの数々。主に使われているのは翡翠だ。こちらも、落としてしまったときが怖い。絶対に弁償できない。イヤリングだけは魔法道具であるが、それ以外は借り物の本物だ。

 髪も編み込んで結い上げ、小さな花の飾りと通常の髪飾りをつけていた。どこからどう見ても貴族の令嬢であるが、足元だけはヒールが低めのブーツである。いざと言う時に動きやすいのもあるし、単純にエレアノーラの身長が高いせいでもある。

 膝の上でギュッと手を握る。警備であるのはわかっているが、王妃のおとりであるという事実と、慣れない格好に緊張感を覚えた。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 会場の方をじっと見ていたエレアノーラは、唐突に自分が話しかけられていることに気が付いた。

「えっと、私、ですか?」

 顔を向けて首をかしげると、濃紺の夏用礼服を着た茶髪の青年はうなずいた。

「ええ。具合が悪そうでしたので、お声をかけさせていただきました。大丈夫ですか? 医者の所までお連れいたしましょうか?」

「い、いえ……少し緊張してしまっただけですので、大丈夫です」

 警備のエレアノーラがこの場所を離れるわけにはいかない。そう思って断ると、青年は微笑んで「ならいいのですが」と言った。


「申し遅れました。私はイグレシア王国リオス公爵子息のナシオと申します。どうぞお見知りおきを」


 名乗られて、エレアノーラは戸惑った。彼女は職務中であるが、特務局を名乗っていいものだろうか。迷った末に、答えた。


「……カルヴァート公爵長女エレアノーラと申します。お気遣い下さり、ありがとうございます、ナシオ様」


 エレアノーラはツッコまれてもいたくない身分を持っている。なら、怪しまれる役職名ではなく、貴族の令嬢を名乗るべきだと思った。

「エレアノーラ様ですね。あなたにふさわしい、美しい名前ですね」

「……ありがとう、ございます」

 エレアノーラは困惑しながら礼を言う。気が付いたらナシオはエレアノーラの隣に腰かけており、歓談する体勢だ。まあ、この園遊会はそう言う目的ではあるのだが……。

 ナシオはあれこれと話しかけてくれるが、エレアノーラは「はあ」とか「ええ」とか返事をするだけだ。なんだろう、この状況。


 そんな間にも、耳元の通信機から情報が次々と入ってくる。エレアノーラも見回りに行くべきなのだろうが、ナシオを振り払えない。お手洗いに行くと言えばいいのか? ……ついてきそうだな。

 エヴァンに助けを求めようにも、エレアノーラにはテレパシーがなく、通信機に話しかけるしかない。そんなことをすれば怪しまれる。

 どうしようか、と思っていると、不意に聞きなれた、しかし、やや違和感のある声で名を呼ばれた。


「エレアノーラ」


 パッとそちらを見ると、髪を束ね、黒い礼服を着たレグルスがこちらに歩み寄ってきた。その顔には笑みが浮かべられている。


「きょ……レグルス様」


 局長、といつも通りに呼びそうになり、あわてて呼びなおす。局長、などと言ったらせっかく貴族の名で名乗ったのに、それが水の泡になる。笑みを浮かべたレグルスは、ナシオを見て名乗った。

「私はレグルス・ランズベリーです。連れがお世話になったようで」

「ログレスの王弟殿下ですか。初めまして。私はイグレシア王国リオス公爵子息ナシオを申します。どうぞお見知りおきを」

「これはご丁寧に」

 立ち上がったナシオとレグルスは握手を交わす。エレアノーラも立ち上がり、心もちレグルスの側による。

「待たせて悪かったね、エレアノーラ。行こうか。ナシオ殿に礼を」

「はい。ナシオ様、ありがとうございました」

 スカートをつまみ、淑女の礼をとると、ナシオは笑って首を左右に振った。

「いえ。王弟殿下のお相手とは知らず、なれなれしくお声をかけてしまって申し訳ありませんでした」

 うん。とても律儀な青年だ。そんなナシオから離れ、エレアノーラはほっと息をつく。


「ありがとうございます。助かりました」


 誰が聴いているかわからないので、エレアノーラは一応敬語で話す。相手は中身残念とはいえ、王弟なのだ。いつもは扱いがぞんざいだけど。

「エヴァンから君が困っているようだから救出してくれと言われてね。困ってた?」

「ちょっとだけ」

 エレアノーラは微笑んで親指と人差し指の間に少し隙間を作って見せた。レグルスも微笑む。

「エヴァンにもお礼を言っておきな」

「うん」

 うなずき、エレアノーラは耳元に手を当て「ありがと」と小さな声でささやいた。通信機の向こうから『どういたしまして』とエヴァンの声が返ってきた。



 それからしばらくエレアノーラは連れまわされた。一人にすると危険だと思われたのだろう。レグルスに連れです、と紹介されまくり、エレアノーラはそろそろ愛想笑いにつかれてきた。最近人見知りだと言う自覚の出てきたエレアノーラであるが、知り合いが一緒なら大丈夫だ。


「あの、すみません」


 背後から声をかけられ、レグルスとエレアノーラは振り返る。話しかけてきたのは男女二人組で、振り返った二人を見てびっくりした表情になった。

 いや、こっちの方がびっくりだよ。

 そう思いながらも、レグルスが「何かご用ですか」と愛想よく尋ねた。

「いえ……後姿が、ログレス国王夫妻によく似ていらっしゃったので」

 と夫人の方が気まり悪げに笑みを浮かべて言った。レグルスは「そうですか」とうなずく。

「私は陛下の弟ですからね。彼女もよく王妃様に似ていると言われますからね」

 レグルスに微笑まれ、エレアノーラは困惑気味にうなずく。それから、夫妻と少し言葉を交わし、二人は腕を組んで歩き出した。


「本当に間違われるんですね」

「まあ、後姿ならね。兄上も似てるって言っていたし」


 レグルスと国王が似ているのは理解できる。しかし、エレアノーラと王妃が似ているのはさほど理解できない。確かに背格好は似ているが、間違えるほどだろうか?


『局長、エリー。陛下と妃殿下に怪しい男が近づいてる。褐色の髪にグレーの礼服の中肉中背の男。何か嫌な感じがする』


 通信機からエヴァンの声が聞こえた。エレアノーラはレグルスを見上げる。二人はエヴァンの指示に従い、国王夫妻がいる方向に向かっていった。ちなみに、エヴァンが待機しているのは園遊会の会場である庭園の一番奥だ。彼にとって、視界の不明瞭さなど関係ない。彼は透視魔法を駆使する魔導師であるからだ。その魔法を使って、エヴァンは二人に指示を出している。

「あの男かな?」

 レグルスが人前であることを忘れていないようで、自然な口調で言った。エレアノーラも、エヴァンが言っていた特徴と同じ特徴を持つ男を発見した。まだわりと年若い。レグルスと同世代に見えた。

「エレアノーラはここで待機。私が行って来よう」

「了解。気を付けて」

「そっちもね」

 お互いに注意しあい、レグルスが対象に近づいて行く。エレアノーラは少し離れてその様子を見守った。

 王妃に届けられた脅迫文。『お前の目の前で赤い花が咲くだろう』。何も言わずとも、エレアノーラもレグルスもエヴァンも、それが誰かが着られるのだろうと解釈した。赤い花が血しぶきだと判断したのだ。


 だが、そう決めつけるのは早かったかもしれない。他にも、赤い花、と称せるものはあるのだから。


 レグルスが魔法陣を展開するが見えた。ちなみに、この魔法陣と言うものは、目で認識できるものとできないものがいる。エレアノーラは『視える』タイプの人間なので、魔法陣も見える。透視魔法はほとんど使えないのだが。これは体質なのである。

 レグルスの得意魔法は火炎魔法だ。その落ち着いた容貌からは想像できないが、彼は火を操るのが得意なのだ。

 と言うことは、爆発物か何かだろか。確かに、爆発も赤い花である。レグルスが展開した魔法陣は、爆発魔法の反対魔法だった。

 エレアノーラも何かあった時のために身構えた、その時。


「あら。お姉様」


 声がかかった。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


連日投稿も明日で最後です。


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