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社交界【7】













 エレアノーラが出勤してきたばかりのエヴァンとレグルスに相談すると、すぐ行って来い、と言うことになった。

「別に取って食われるわけじゃないでしょ。王妃様に気に入られたならよかったじゃん」

「いや、そう言う問題じゃないのよ。ねえ、局長」

「……ええ、大丈夫よ……あなたならできるわ、エリー」

「ちょっと局長。二日酔いだからって考えるの放棄してるでしょう」

 エヴァンはさらりとひどいし、レグルスは完全に頭が回っていない。とりあえず、局長室に放り込んだ。今はソファの上で寝ている。


「王妃様からの呼び出しなんだから、断れないでしょ。行ってきなさい。骨は拾ってあげるよ」

「なんで失敗する前提なのよ」


 エレアノーラは思わず言い返したが、よく考えれば言い争っている場合ではなかった。仕事中なので制服姿でいいだろうが、あまりみっともない姿で行くのはどうかと思うので鏡で簡単に身だしなみをチェックする。


「それじゃ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


 ひらひらとエヴァンが手を振る。局員たちも「がんばってください!」と送り出してくれるが、素直に受け止められないのはエレアノーラがひねくれているからだろうか。

 宮廷を王宮の方向に向かって歩く。王族のプライベートスペースとの境目付近に、王妃の仕事部屋があるのだ。国王の執務室は宮廷の中にあるのだが、王妃の仕事部屋はこの微妙な位置にある。まあ、移動距離が少なくて済むからだと思うが。


「あの、特務局副局長のエレアノーラ・ナイトレイと言うのですが」


 仕事部屋の前にいる衛兵に話しかけると、衛兵は微笑んで「エレアノーラ様ですね」と言った。

「王妃様から聞いております。どうぞ、中へ」

「あ、ありがとうございます」

 衛兵が扉をノックする。すぐに入るように返事があり、エレアノーラは扉を開けてくれた衛兵に礼を言いながら中に入った。


「魔法特殊業務執行局副局長エレアノーラ・ナイトレイ。お召しにより参上いたしました」


 とりあえず、お決まりの口上を述べてみる。特務局の制服はドレスではなく、機能性重視のパンツスタイルなので、淑女の礼は取れない。そのため、騎士がするような胸に手を当てる仕草で代用した。


「まあ、エレアノーラ。いらっしゃい。その姿も素敵ね」


 立ち上がった王妃ミラナがエレアノーラの制服姿を見て手をたたいて喜んだ。エレアノーラはつっかえながら「あ、ありがとうございます」と何とか答える。

「お仕事中に呼び出してしまってごめんなさい。あなたとお話ししたくて。どうぞ座って」

「失礼いたします……」

 エレアノーラは言われたとおり、王妃の向かい側のソファに腰かける。王妃の侍女がエレアノーラの前にも紅茶を出してくれた。エレアノーラはその次女にも軽く頭を下げる。

「エレアノーラはとても礼儀正しい人よね。ご両親が厳しかったの?」

「いえ……祖母が」

「ああ。おばあ様が」

 エレアノーラの祖母が王妃と同じスヴェトラーナ帝国人であると知っているからだろう。王妃は嬉しそうにうなずいた。エレアノーラはティーカップを傾け、紅茶を一口飲む。

「どう?」

「……おいしいです」

「良かった。この国の人は、本当に紅茶が好きよね」

 王妃はにこにことティーカップを傾ける。エレアノーラは居心地悪そうに身じろいだ。その様子を王妃は首を傾げて見つめている。


「……もしかして、エレアノーラって思ったより若いのかしら。二十歳は超えている?」

「ええ……二十一になります」

「ああ。やっぱりそれくらいよね。しっかりしているから大人びて見えるけど、物慣れていない感じが幼くも見えるのよね」

「す、すみません」

「ああ。責めているわけじゃないのよ」


 王妃が微笑んで言った。エレアノーラの外見は年相応だ。見た人はだいたい、二十歳くらいかな、と思うのだ。だが、彼女のふるまいによって多少はイメージ年齢が前後するらしい。

「眼鏡はどうしたの? 夜会の時はかけてなかったわよね? 目が悪いの?」

「あ、いえ。これは、えーっと。簡単に言うと、私は霊がよく見えるので、見えなくするための眼鏡です」

 エレアノーラの答えに、王妃の背後にいる侍女たちがぎょっと身を引いた。ちなみに、彼女たちに並ぶように、昔の侍女と思しき女性がいる。というのは指摘しない方がいいのだろう。

 侍女たちとは対照的に、王妃は興味深そうだ。


「へえ。大陸の方では、魔法は失われつつあるのよ。この国では魔法がまだたくさんあるわよね」

「そうですね……島国なので、あまり外からの刺激が無く、魔法が残っているのかもしれません」

「なるほど。道理ね」


 王妃が鹿爪らしくうなずいた。エレアノーラは思わず微笑む。

「ああ。やっと笑ってくれたわね、よかった」

 笑ったエレアノーラを見て、王妃がそう言った。エレアノーラは照れ隠しのようにティーカップに口をつける。

「それで……一つ、お願いがあるの」

「なんでしょうか」

 和んだところで本題を持ち込んでくるなど、この王妃、外交の適性があるかもしれない。そう思いながら、エレアノーラは首をかしげて尋ねた。

 王妃は侍女に命じて、何やら手紙のようなものを持ってこさせた。封筒には入っているが、すでにあけられている。


「エレアノーラ。今度、王宮で園遊会が開かれるのは知っているかしら」

「ええ。もちろんです」


 現在、その警備の手配でエヴァンが荒れていることだろう。今、レグルスが役に立たないから……って、わりといつものことか、それは。

「これを」

 王妃がエレアノーラに封の空けられた手紙を差し出す。エレアノーラは受け取ったが、戸惑った。

「……拝見しても?」

「ええ。いいわよ」

 王妃の了承を得て、エレアノーラは封筒から手紙をだし、二つ折りにされたそれを開いた。



『異国の王妃よ。ここは、お前がいていい場所ではない。王妃から退け。

 早急に退冠の宣言をせよ。さもなくば、十日後の園遊会で、お前の目の前で赤い花が咲くだろう』



「……」


 読み終えたエレアノーラは、黙って手紙を閉じた。まさかの犯行声明文だった。彼女の表情が険しくなる。

「この手紙は、いつ?」

「朝、わたくしが起きた時にラリサが持ってきてくれたのよ」

 ラリサと言う侍女が頭を下げた。見た目的にも名前的にも、スヴェトラーナ帝国人なのだろう。つまり、王妃が嫁いできたときについてきた侍女だ。

「私が手紙に気付いたのは王妃様を起こしに来たときです。王妃の間の扉の下に落ちていて……」

 ラリサが簡単に状況を説明してくれる。下に落ちていた、と言うことは、扉の隙間から差し入れたか、扉の下の隙間からねじ込んだのだろう。まあ、これもミスリードの可能性はあるが。

「あたりに、不審な人物は?」

「いえ……とくには」

 ラリサが首を左右に振る。エレアノーラもそんなに期待していなかったので、そうですか、とうなずくだけだ。

「このこと、陛下はご存じなのですか?」

 すると、王妃は首を左右に振った。

「申し上げていないのですか?」

「今、忙しい時期だから……それに、本当に犯行が起きるとも限りません」

 強い視線をエレアノーラに向け、王妃は言った。


「わたくしには、陛下に申し上げるべきか判断がつかなかった。ただ、陛下に申し上げれば確実に大事になるわ。だから、陛下に気付かれないように魔導師の誰かに会いたかったの」


 王妃はニコリと笑う。彼女の近くの魔導師と言えばレグルスであるが、彼はオネエであっても、一応性別は男で、しかも王弟だ。その行動は国王に筒抜けになる可能性が高い。

 対してエレアノーラなら、故郷の血を引く彼女と話をしたい、とでも言えば疑われずにつれてこれる。女性だし、しかも、そこそこ高い地位にいる。呼びつけるにはうってつけである。

「……私にも、判断は少し難しいようです。この案件、局長にお伝えしても?」

「ええ。お願いします」

「ありがとうございます」

 エレアノーラは頭を下げ、手紙を返そうとするが、王妃は首を左右に振る。

「重要な証拠品でしょ。それに、不気味だから近くに置いておきたくはないの」

「わかりました。こちらで保管いたします。紅茶を御馳走様でした」

「ええ。またいつでもいらしてね」

 ひらひらと手を振り、王妃が見送ってくれる。エレアノーラは手紙を胸ポケットに押し込み、王妃の仕事部屋を出ると、速足に特務局の執務室に戻った。


「ただいま」


 遠慮なく両開きの扉を開けて中に入る。エレアノーラに気付くと、局員たちが口々に「お帰りー」とあいさつしてくれる。

「エヴァン、局長生きてる?」

「あ、エリー。お帰り。粗相はしなかった?」

「それは大丈夫よ。何かややこしいもの預かってきちゃったけど。で、局長は?」

「局長室で寝てると思うよ」

 エヴァンに「ありがと」と礼を言い、エレアノーラは局長室に無断で入った。


「局長。生きてる?」


 ソファを覗き込むと、レグルスが弱弱しく手をあげた。エレアノーラはとりあえず、彼の額に手を当てる。魔法陣が出現し、体調回復を少し助けてやる。

「はい、起きて。濃いコーヒーを淹れてあげるから。話があるの」

「うう……っ。エリー、容赦ないね……昨日はあんなに酔っぱらってたのに」

 局長室にある小さなキッチンでコーヒー豆を挽いていたエレアノーラは「ご迷惑をおかけしましたねぇ」と嫌味っぽく言う。


「これでも私、次の日に引きずったことないのよ」


 そう。エレアノーラは自覚症状があるほどの絡み酒であるが、翌日にはからっと元気である。二日酔いもないし、記憶が飛ぶこともない。ある意味すごい女である。

 ごりごりと豆を挽き、コーヒーを淹れる。レグルスが二日酔いにうなっているので、かなり濃いめに淹れた。お湯は魔法で用意すれば、火で沸かすよりかなり早くできる。

「はい、局長」

「ありがとう……」

 レグルスはソファに身をおこし、長い黒髪を後ろに払った。邪魔なのだろう。

「髪、結んであげよっか」

「あら、いいの?」

「いいわよ、任せなさい! 私の不器用さをなめるんじゃないわよ」

「何言ってるの。あなた、器用でしょ」

 軽い口調で言いあいながら、コーヒーをすするレグルスの髪をとかす。櫛は自分のを使った。一応、持ち歩いているのだ。これでも。


 ちょうど髪を束ねてひもで縛っているとき、ノックがあった。少し復活したレグルスが「どうぞー」と声をかけると、すぐに扉が開いた。入ってきたエヴァンは、部屋の中の様子を見て言った。


「……何やってんの?」


 髪ひもを結び終えたエレアノーラは我が身を振り返り、確かに、よくわからない状況だったかもしれない、と思った。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何でもないようにいちゃつくエレアノーラとレグルスを書くのが楽しい。エレアノーラはともかく、レグルスは半分確信犯のような気もする。


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