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社交界【5】

今回はエヴァン視点。














 エヴァン・クライヴは特務局の局長補佐を務める優秀な魔導師だ。ウェストン伯爵家の出身で、彼は次男にあたる。後継ぎではないので好きなことをしようと思い、彼は魔法学術院に入学した。十五歳の時のことだ。

 魔法学術院には、十二歳から十六歳までの少年少女が集まってくる。まあ、入学試験があるので、だいたい十五・六歳くらいのものが多いが、エヴァンが入学したとき、一人だけ十三歳の少女がいた。

 それが、現在特務局の副局長を務めているエレアノーラ・ナイトレイだ。カルヴァート公爵の長女である。


 このころのエレアノーラはまだ背が低く、妖精のようにかわいらしかった。少々人見知りのきらいがあったのか、もじもじとしている様子がかわいらしくて、みんなしてちょっかいをかけたものだ。


 だが、この少女、とんでもない才女であった。


 周囲より二歳は年下であるにも関わらず、エレアノーラは魔法学術院に在籍した三年の間、一度も主席の座を譲ったことがない。それを言うならエヴァンも次席を譲ったことはないが、エレアノーラに勝てたことはなかった。

 年下の少女に負けて悔しいとは思ったが、エレアノーラが控えめだったので、彼女は割と周囲に好かれていたと思う。少なくとも、できる年下の少女を陰湿にいじめる、と言うことはなかったと思う。

 そのやや控えめな性格だったエレアノーラであるが、特務局に入局してから性格が改変された。

 魔法学術院を主席、次席で卒業したエレアノーラとエヴァンはそのまま国家魔導師の資格をもらい、特務局に入局した。この時は、エレアノーラは学術院時代から一緒にいるエヴァンに引っ付いていた。この時、エレアノーラは十六歳。エヴァンは十八歳で、まだエレアノーラは可愛かったなぁ、と思う。


 入局して最初の衝撃はあの局長。中性的な美貌ではあるがハンサムな王弟(当時は第二王子)がオネエ口調で話す様子は、なかなかに衝撃的だった。エレアノーラと共に石化したのを覚えている。

 だが、慣れしまえばなんてことはない。特務局にいるとだんだんと常識が崩壊していくようで、入局したての新人たちがツッコミを入れるのがお決まりなのだそうだ。エヴァンは初めからツッコミをいれまくっていたが、エレアノーラも気づいたら鋭いツッコミをいれまくり、ついにはとび蹴りまでかますようになっていた。


 ……まあ、引っ込み思案よりはいいのかな? とエヴァンは軽く現実逃避していた。特務局に入局してから五年目の春。ログレスでは春と秋の年に二回、官僚の異動があるのだが、春の異動でエレアノーラはずっと空席だった特務局副局長になった。これまでの実績などを見ればエレアノーラが副局長になるのは順当であるが、彼女はエヴァンの方がなればよかったのではないかと思っているようだ。だが、副局長は局長お守りも含んでいる。それはごめんなので、局長を一番うまくコントロールできるエレアノーラが副局長になって正解なのだ。

 それから三か月ちょい。特務局はうまく回っていると思う。エレアノーラは副局長にしてはちょっとフットワークが軽すぎだが、うまく局長を捜査しているし、仕事もしている。だが。



 ……どうしてこうなった。



「もう~。信じられないー。人がいる部屋にどうしてやってくるの、あの子たちはー。常識はずれよね? でも、それを言えない自分が一番情けなくて嫌になるの~!」



 少々舌ったらずな口調で訴えてくるのはエレアノーラだ。酒のグラスを両手で持ち、ぼろぼろと泣きながら訴えている。向かい側に座る局長・レグルスが「よしよし」とその頭を撫でている。完全に子ども扱いだ。

 もう一度言う。どうしてこうなった。エヴァンはグラスを持つ手が震えてた。

「あら、エヴァン。悪寒? 飲みすぎ……なわけないわよね」

「僕はまだ素面だよ……」

「ええ、そうよね。いつでも最後まで平然としているあなただものね」

 レグルスが面白そうに言った。エヴァンは優しげな顔に似合わず酒豪だ。レグルスは完全に下戸で、以前、ワインを一気飲みしてひっくり返ったことがある。

 そして、ぼろぼろ泣いているエレアノーラは、それなりに呑めるのだが、どうしようもない絡み酒なのだ。泣き上戸も入っているかもしれない。とにかく、面倒くさい酔っ払いなのだ。


 しかし、エレアノーラに話を聞くのであれば、彼女を酔わせてしまうのが一番いい、と言うのはエヴァンもレグルスも学習済みだ。だから、レグルスは自分は飲めないのに酒を飲みに行かないか、と誘ったのだ。それに、エヴァンは巻き込まれた。


「よしよし。エリー、妹と何かあったの?」


 エレアノーラは子供っぽくしゃくりあげながら「大事にしていると、取られるのー」と言った。どういうことだろう。大事なものを取り上げられてしまう、と言うことだろうか。

「ぬいぐるみも洋服も気に入ってたのに……」

 そこでエレアノーラはうわぁん! と大泣きし始めた。これで、明日になっても記憶が消えていないからエレアノーラは怒るはずである。当然だ。エヴァンだって怒る。逆切れだけど。

 ぬいぐるみに洋服。どうやら幼いころの話のようだ。大事にしすぎて取り上げられた? いや。先ほど、彼女は「取られた」と言っていた。そして、レグルスがした質問は「妹」に関すること。


 妹に、取られたのか。


 エレアノーラの意味不明な言語からここまで推測できるエヴァンは大したものである。

 いつの間にか静かになっていると思ったら、エレアノーラはテーブルに突っ伏して寝ていた。男二人(一方はオネエであるが)の前で眠りこけるなど、危機感がなさすぎである。何もしないけど。

「んで? なんで局長はいきなり『飲みに行こう』とか言いだしたのかと思ったら、このせい?」

「ええ。そう」

 レグルスがエレアノーラの頭を撫でながらうなずく。エヴァンは突っ伏しているエレアノーラに自分の上着をかけてやる。

「場所、移さない? エリーをこのまま寝かしとくのもアレだし」

「ん。それもそうね。宮殿に行く?」

「なんでそうなるの。ここからなら、うちが近いし」

「ウェストン伯爵家? お邪魔して大丈夫?」

「先に一報入れておけば大丈夫」

 言うが早いか、エヴァンは自分のテレパシーで実家に今から客を連れて帰ることを伝えた。エヴァンがエレアノーラを抱き上げ、レグルスが支払いを済ませる。こういう庶民的なこともできる素晴らしい王弟殿下である。


 辻馬車を拾ってさほどかからずにウェストン伯爵邸についた。男二人なら歩いて行く距離だが、寝ているエレアノーラがいるので馬車を拾ったのである。

 伯爵邸は、当たり前だが宮殿より狭い。だが、その煉瓦重ねのカントリー風の屋敷を見て「素敵なお屋敷ね」とレグルスは微笑んだ。だから、みんな彼を好くのだ。

 突然王弟が尋ねてきて、エヴァンの両親はあわあわしている。オネエ口調ではないレグルスが簡単にあいさつをして場所を貸してくれることに礼を言うと、二人とも感動で泣きそうだった。……まあ、実体を知らなければ素敵な王子様だしね。

 まあそれはともかく。エレアノーラは空いている客室に放り込み、メイドたちに任せてきた。エヴァンとレグルスは別の部屋で先ほどの続きである。


「それで、昨日の夜会で何かあったと?」

「ええ。エリーの妹とその婚約者に会ったのよ」


 レグルスの言葉に、エヴァンは「あー」と声を出した。思い出したことがあるのだ。

「そう言えば、僕とエリーが入局するころ、彼女が婚約解消したって聞いたな。それで、妹が婚約したと」

「……もしかして、婚約者がエリーから妹に乗り換えた?」

「……いや、でも、そうと決まったわけではないし」

 うーん、と二人してうなる。レグルスはもちろん、エヴァンもこう言ったことには少々疎い。気にしないから、情報が入ってこないのである。

 だから、エレアノーラの元婚約者と、彼女の妹の婚約者が同一人物化はわからない。

「どちらにしろ、エリーは妹のことが苦手みたいね。まあ、妹の方も性格がよくないみたいだけど」

「エリー、もともとちょっと気が弱いしね」

 エヴァンはそう言って苦笑した。そう。今からは想像できないが、エレアノーラは少し気が弱いのだ。

「エリーはずっと官舎に住んでいるわよね。私が覚えている限り、実家に帰ったことないんじゃないかしら」

「学術院にいたころからだよ。両親が学術院に行くことに反対していて、祖父母に費用を出してもらっている、という話を聞いた気が」

「祖父母……と言うと、先のカルヴァート公爵と公爵夫人かしら。例のスヴェトラーナ帝国から嫁いできたオリガ様ね」

「『例の?』」

 エヴァンが首をかしげると、レグルスは「夜会でそう言う話をしたの」と答えた。


「エリーはおばあ様に似ているらしいわ」

「ああ……」


 レグルスも同じだろうが、その話を聞いてエヴァンは何となく納得した。確かに、言われてみればエレアノーラの特徴はこの国ものよりもスヴェトラーナ帝国のものに当てはまるかもしれない。

 淡い金髪に色彩の薄い瞳、高い背丈。たったこれだけだが、エレアノーラの特徴はスヴェトラーナ帝国のものによく似ているのだ。

 ログレスはやや保守的な国だ。そのために外国人を嫌う国民主義的な考え方を持つ者がいる。現在のカルヴァート公爵は、表立ってはいないものの、外国の血がこの国の王族や貴族に混ざるのを良しとしない考えの持ち主だった。


 そのため、ただ、外見が似ていると言うだけでエレアノーラの扱いがよくなかったのかもしれない。自分も、スヴェトラーナ帝国人の血を引くのに。

 まあ、親と育てたものが違う、と言うのは貴族によくあることだ。だから、カルヴァート公爵を一概に責めることはできないのだが……。

「何よそれ。自分の娘でしょ、って感じよね」

「そうだね……って、ああっ!」

 エヴァンは悲鳴をあげた。レグルスがグラスに入ったワインを一気飲みしたからだ。ウェストン伯爵邸の者はレグルスが下戸であるとは知らない。だから、張り切って一番良いワインを出したのだが……。


 その強いアルコールに当てられ、レグルスがそのまま気絶した。エヴァンはため息をついた。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


レグルス→下戸

エレアノーラ→絡み酒

エヴァン→ザル


エヴァンは飲み会とかで最後までしゃきっとしている人ですね。お会計とかを担当してくれる人。レグルスは飲めないし、エレアノーラは迷惑な酔っ払いです。


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