うさぎちゃん
ナッツ、生まれて初めて、人さまの腕に包帯巻きました。
額には輝く玉のような汗。
労働って尊い。
達成感でいっぱいです。
ルークも涙目でナッツを見ています。
一生懸命に働くナッツの姿を見て、感動したのでしょう。
分かります。
あれ、そうこうしているうちに、かわいい子猫ちゃんが歩き出しました。
ベコベコの石畳をピョンピョン飛んで、広場を横切って行きます。
「待て待て、子猫ちゃん!」
達成感ついでに、ちょっとハイになった私もついていきます。
可愛い小悪魔とかわいい子猫ちゃんの追いかけっこを演出しようと思いまして、背中の羽は畳んでしまっておきました。一緒にしっぽもしまっとこう。
かろやかなステップで子猫ちゃんを追いかけるナッツ。
こんなキラキラした光景、皆の注目集めちゃうよね。
ちょっとはずかしいかな。てへ。
ちらっと広場を振り向いてみた。
ワカメ。
うにょうにょしてた。
ついでに、まだ、からまっている人、多数。
のこぎりがもちだされて、根元がギコギコやられてる。
誰もこっち見てねーし。
チッと舌打ちしちゃったのは、仕方がないことだと思う。
あれ、子猫ちゃんが、広場に面した1件の家のドアをカリカリ爪で引っかいている。
「その家、怪しい男が、3日前に引っ越してきたばかりなのよ」
いきなり、知らないおばさんが隣の家の窓から登場。
何事?
「いわゆる、村人Aだ。入った町や村では、しっかり話を聞いて、情報収集するのがポイントだ」
ルークがご親切に解説してくれた。
何言ってるか分かんないけど、この家が怪しいってことでいいの?
隣の家のおばさんが、怪しい男が3日前にね、と繰り返している。
「じゃ、行くぞ」
ルークは、怪しい家のドアを、有無を言わさず蹴りつけた。
ガンッ!
ドアが開いた。
ルークは迷わず家に入っていった。
子猫ちゃんは危ないからここで待っててね。
私が別れを惜しんでいると、家の中から、また、ガンッという音がした。
ルーク、またドア壊したな。
ナッツも追いかけましたよ。
家に入ってすぐのとこにあるドアが壊れてて、そこの部屋に入ると黒づくめの男がいた。
なんか、この部屋臭い。
リビングかな。部屋の中央にへたくそな魔法陣が描かれていて、そこに男が立っている。
男、お前、風呂入ってねえだろ。髪がぺったり頭に張り付いているし、歯は黄色いし、小悪魔的にいろいろアウト。
しかも、こいつ、かわいいうさぎちゃんの耳を持って吊り下げ、ナイフを当ててやがる。
かわいいものの敵。
すなわち、ナッツの敵。
何かがピコーンと鳴ったぞ、こんにゃろう。
男はニヤリと笑ってこっちを見た。
「あんなのまだまだ。もっとすごいもの呼んでやる!俺にはできる!世界を破滅させるのだ!」
めっちゃ、楽しげに言ってる。
サーベルタイガー呼んだくらいで、世界破滅って。
あほか。
完全にスイッチが入った。
私の中の魔が動き出す。
普段は黒い瞳が、今は真紅に染まる。
「体を清めもせず、不浄な手で、いたずらに魔の世界に手を出したことを後悔するがよい」
「!その目の色!きさま、魔物か!」
「笑止。魔界は、魔物と悪魔の区別もつかぬ程度の貴様が、触れることが許される世界ではない」
「な、何を」
「制裁を受けるがいい」
私の手のひらの中に、赤い光が集結し始めた。
射る方向は決まっている。
男が震え始めた。
愚か者め。
手遅れだ。
我が怒りをその身に受けよ!
ひょい。
うん?
何だか浮いた。
え、ルークに抱え上げられてる。
え、何これ。
「とおりゃあああ!」
「きゃああああああああ!」
ルークが私を男に向かって放り投げた!
私の頭は、男の頭にゴンっという音を立ててぶつかった。
「いってええええ!」
小悪魔ナッツ、おでこが痛すぎて、星が飛びましたけど!
おう、うさぎちゃんが猛烈な速さでダッシュして逃げていく。
「今だ!ひっとらえろ!」
ルークが号令をかけた。
え。
「御用だ!御用だ!」
狭いドアから警備隊の人たちが、ドドドドッとなだれ込んできた。
「ちょちょちょちょっと!ちょっと!」
奴ら、男だけじゃなく、私にまで縄をかけてきた!
「私、関係ないし!」
ウソつく共犯者みたいなこと言っちゃった!
「違う!バカじゃないの!ちょっと、ルーク!おい、てめえ!」
「あ、ごめんごめん。警備隊の皆さん、そっち、俺の助手だから」
ナッツ、無事解放されました。
ぜいぜい。
息が切れてます。
警備隊がお縄にした男を連れて、ぞろぞろ出て行った。
ナッツ、怒りでどうにかなりそう。
ルークの胸倉つかんで、怒鳴ったわよ!
「よくも投げつけてくれたわね!痛いし、臭いし、脂っぽいし、最悪なんですけど!」
「あははは!ごめん、ついうっかり」
うっかりじゃねえよ。
でも、困ったな。
ルークの笑顔はかわいいから、しょうがないか、と思っちゃうよ。