合流
一方その頃クビワツキは
「テメェガキィ……もう一度行ってみやがれ!」
「うん?もう一度言ったほうがいいかな?大丈夫?顔真っ赤だよ?気分が悪いなら医者まで送るけどいいのかな?あぁ、そうだったね。もう一度行って欲しいんだったね。それじゃあ言うよ?子供相手に死にそうなほど暴力奮ってそんな自分に酔ってるって気持ち悪くない?」
喧騒の中にいた。
騒ぎは既に大きくなっており、クビワツキと怒り狂った男。それとクビワツキの近くで気絶している男の子を中心に野次馬が集まり壁をなしている。
「ッ!馬鹿にしやがってテメェ、覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
口角から泡を飛ばして男が怒鳴り散らす。
「覚悟?今はそれ必要じゃないよね?」
その言葉が切欠だったのか、ついに男が動き出した。
「黙ってりゃ煽ってきやがって、ぶち殺してやる!『爆炎拳』!」
男が叫ぶと両手が炎に包まれた。
それは轟轟と音を鳴らし、黒煙を吹く。
炎はまるで生きているかのように不規則に動き続け、男の周りを回る。
異能の発現にあたりの野次馬が血相を変えて逃げ出し始めた。
見ている分にはいいショーだが、被害が及ぶとなれば話は別だ。
「こんな喧嘩で異能出すとか更にカッコ悪い……オーディエンスも逃げちゃったし。はぁ……それに黙ってないし支離滅裂だよ。」
そんな男を見てクビワツキは肩をすくめてため息を吐く。
「うるせぇぇぇぇぇンだよォォ!」
男は拳を振り上げクビワツキに殴りかかった。
振り下ろした拳が地面に当たった瞬間爆音が轟き、辺りを炎が舐める。
地面がめくれ上がり朦朦と砂煙が立ち上った。
「はぁ……はぁ……死んだか。馬鹿が。俺を怒らせるからだ。」
舞い上がった土埃が消えるとそこには先ほどよりも纏う炎が小さくなった男が立っているだけで、クビワツキも男の子も見当たらなかった。
「クソ。無駄な時間食った……約束もあるっつーのによぉ……」
「約束?それって街を破壊したことを悔やむよりも大事なことなのかい?ここにだって生活があるんだからもっと周りを考えて動きなよ。」
「ッ!?どこだ!?」
「ここだよ。まったく、男の子も巻き添えにするなんて一層はなんて物騒なところなんだ。神も救いもないね……あ、ここの神様は首領か。救いがないのは間違いないね。首領だし。」
クビワツキが男の子を肩に担いで男の横にある家から出てきた。
どうやら石で作られた家らしく、先ほどの一撃で近くの木製の家はあらかた倒壊してしまったが、そこはヒビが入るだけで済んだようだ。
「……瞬間移動か何かの能力者か?」
「やめてよ能力者なんて。僕はノーマルだよ。ただちょっと身体能力が高い……ね。それに」
「あぁ?」
「異能なんて大層な物持たなくても拳銃さえあれば簡単に人なんて殺せるんだよね。」
そう言うとクビワツキは空いている方の手でトレンチコートの内側にしまっていた銃を取り出す。
「無罪の男の子を殺そうとした罪は僕の裁量で裁かせてもらうよ。」
「へっ、そんな陳家な銃で何ができるんだ?俺たち異能者の強化された体は弾丸なんぞ通さねぇぜ?いいぜ来いよ撃ってみろよ。」
「そう?よけないと痛いよ?」
異能を扱う人間は総じて普通の人間よりも丈夫だ。
100mの高さから落ちても1日で動けるようになる。
弾丸なぞは歯も立たない。
いや、歯も立たないはずだった。
一発の銃声が響く。
「……あ?」
「だから言ったのに。」
男の左足に穴が空き、鮮血が流れ出した。
「グォォオオオォ……なんで……弾なんて効かねぇはずだ……」
あまりの痛みに男は倒れ伏し呻くようにして呟く。
「まぁ、今回は弾がよかったんだけどねぇ。僕だけの力でダメージ与えようと思ったら目玉とか狙うしかないから大変だよ……おっと。君、目醒めた?」
呻く男に最低限の返答をするとクビワツキは目覚めた少年に意識を向けた。
「あれ?ここは?」
「おはよう。ここはさっき君が彼に殴られて倒れてた場所だよ……まぁ、随分様変わりしちゃったけど……立てる?」
「うん。大丈夫。」
「よし、強い子だ。それじゃあこれあげるからおうちに帰るといいよ。ここは物騒だからね。」
そう言うとクビワツキはポケットから銀貨を三枚取り出すと少年の手に乗せた。
「わぁ!ありがとう兄ちゃん!じゃあね!」
「ふふふ、現金なものだねぇ。まぁ、一層だから仕方ないのかな?君はどう思う?」
「くそ、くそ。なんでだ。火が、火が出ねぇ……」
再び男に目をやると男は倒れたまま何かをしているようだった。
呟きを聞き取った感じでは不発に終わっているようだが。
「こんにちはクビワツキ様。お探ししましたよ。」
呻いている男を見ているとどこからか鋼苑がやってきた。
「やぁ、鋼苑。相変わらず神出鬼没だね。今のは見えなかったよ。」
「お褒めに預かり光栄でございます……彼は?」
「うん?あぁ、彼?彼はちょっと肩が当たっちゃった少年を殺す勢いで蹴ったからちょっと注意したらこんなことになっちゃった」
えらく端折ったものである。
鋼苑は少しの間クビワツキを見、それから男をチラと見ると、
「わかりました。そういうことにしましょう。それであの男をどうするんです?」
「いや、どうもしないよ?僕の裁量では既に釣り合った罰を与えたから。」
「相変わらず私には理解できない基準ですね。家屋をなぎ倒した男に対して足に一発で済ますなど……いくら汚いとはいえここは首領ジャルベリ様が統治されておられる場所です。半端なことをすれば首領が舐められます。貴方の今の飼い主は首領ジャルベリ様なのですからしっかりしてください。」
「うーん……でも僕は警備兵でもないし、満足しちゃったからなぁ。鋼苑が好きにしたらいいよ。」
「では、そうさせていただきます。」
そう言うと鋼苑と男が青い燐光を残し掻き消え、数秒もすると鋼苑だけが元の場所に戻ってきた。
「お待たせしました。」
「全然待ってないから大丈夫だよ。彼はどうしたの?」
「中央管理局に届けてきました。数年の強制労働で済むでしょう。」
「相変わらず公私混同しないね。多少は自分の意志で遊んでみるっていうのもイイと思うよ?君の公私の私の部分を見たことがないよ。」
「私の公とは首領ジャルベリ様に従うことです、私は首領ジャルベリ様の住む世界をより良くすることですよ。ある意味公私混合とかもしれませんね。」
「君の首領主義は相変わらずだねぇ。まぁ、いいや。ところで君はどうしてここにいるんだい?散歩?10層のほうがまだ綺麗だと思うけど。」
「今回は貴方を探しに来ました。首領ジャルベリ様の命により、『異能を掻き消す弾丸』について調査するように言われました。話をクビワツキ様に訊けとも。話していただけますか?」
「うん。いいよ。立ち話もなんだし、どこかで飲みながら話そうよ。首領がいないのは残念だなぁ。奢ってもらえたのに。」
鋼苑はすぐにでも話を聞いて行動を始めたかったが、クビワツキから無理やり話を聞こうとするより素直に従ったほうが早く話してもらえることを経験で知っているので反対はしなかった。話を聞き出そうとして3日間追いかけっこをしたことがある。
「ここが良さそうだね。」
あまり人の入っていないバーを見つけると二人で入る。
ここではあまり見ない身なりの良さが目を引いたのか中にいた数人の男たちがチラリとこちらを見たが、それ以外は特に気になるようなこともなく、クビワツキと鋼苑はカウンター席についた。
「マスター。おすすめひとつ。」
「私もそれで……それじゃあ話していただけますか?」
クビワツキはマスターから出された緑色のカクテルを一口飲むと口を開いた。
「うん。それじゃあ話そうかな。僕がそれを見つけたのは16層の闇市でだ。あそこは変なお店が多くてね。バラで弾丸の規格が違う種類のものがバラっと入った物を売ってる奴もいるんだ。福袋みたいな感じだよ。それは面白そうだとひとつ買ってみたら100発入の中に7発だけ僕の持っている銃と規格が合うものがあった。そいつが異能を掻き消す弾丸だったってわけさ。わかった経緯は首領に聞いて欲しいな。いや、いいや。自分で言うよ。そんなこと言ったら君はこう言うんだろ?『首領ジャルベリ様の手を煩わせすに早く話しなさい』ってね」
クビワツキはそんな口上で話し始め事の始まりから今まで分かっていることを鋼苑に伝えた。
「なるほど。とりあえず一言。」
「うん?」
「首領ジャルベリ様と飲みに行くのは結構なのですが、そこでそんな変なことをしないでいただきたい。暴発したらどうするのです?」
「そうだね。ごめんね鋼苑。そこまで考えてなかったよ……あ」
「どうしました?」
「鋼苑さ、さっきの男を運んだ時に弾を摘出した?」
「いえ?なにか問題がありましたか?」
「実はさー、首領には6発あったよって伝えたんだよね。」
「ですが先程は7発と……」
「嘘ついちった☆」
「……理由を伺っても?」
「あの弾使うと簡単に異能者を無力化できるんだよねぇ。必殺技欲しいじゃん?」
「…………」
「は、反省はしてる。」
無言の圧力に負けた。
「………………まぁ、貴方がそういう人だとはわかっていますからいいです。これからは無いようにお願いしますね」
「もちろん!善処するよ。」
あぁ、きっとまたやるんだろうなという諦めにも似た気持ちで鋼苑はその言葉を流す。
クビワツキそのものを止めるより、クビワツキが変なことをする原因を潰したほうが楽なことが度々ある。
「手がかりは結局16層の闇市にあったということだけですか……ちなみに何時頃手に入れたんです?」
「かれこれ一週間前だよ。」
「わかりました。それではこれから私は16層で確認を行いますのでこれで失礼します。」
「うん。わかったよー。あ、あとで首領に遊びにいくヨって伝えておいて。なにか進展があったり助けが
必要だったら言ってね。一層で出来ることは手伝うから。」
「わかりました。では失礼します。」
そう言うと鋼苑はクビワツキの分まで金を置くとその場を後にした。
「16層ですか……私の市民権では上がるのは難しいですね……」
降りるのは簡単だが上がるのはとても難しい。
この塔、バベルになにか革新を起こすようなことを開発したり、どこかの有名な暴力組織を壊滅させる等して、憲章を貰わないと上がらない。それでも上がるのは3層や4層程度だ。
鋼苑の市民権では12層までしか上がることができない。
「ここらのマフィアを潰したところで大した憲章は貰えませんし……」
それに憲章をもらうまで数週間かかることはザラだ。今から動いてもいいが、首領は早期解決を望んでいるだろう。この案はない。
「さて、どうしましょうか……クラッカーに頼んでもいいのですが……それだったらクビワツキ様に……」
「ちょっとお兄さん。そのなりからするにここより上の人間だろう?何しに来てるんだい?」
鋼苑が宛もなく10層まで戻ろうとすると3層でボロを纏った男が話しかけてきた。
「ちょっとした野暮用ですよ。急いでいるのでこれで失礼します。」
「いやいやいや、ちょっと待っておくれよ。さっきから見てたけど別に行く宛があるとかそういうわけじゃァないんだろう?ちょっと話を聞いてくれないかね?」
確かにその通りだった鋼苑その言葉に少し黙ると、ボロを着た男が畳み掛けてくる。
「なぁに。直ぐに終わるんで、聞いてくだせぇよ。あっしの知り合いにはここより上の層で働いてる奴もいましてね。えぇ、嘘じゃないんですよ。そいつが最近闇市で商売を始めたってんで、応援してたんですがそれがさっぱり売れねぇと愚痴られてしまいまして。えぇ、本当に馬鹿なやつです。銃弾をランダムで入れた袋を売るっていう福袋か何かってんだっていうもんを売ってですね。二袋しか売れずに困ってると。それであっしに流してきてそこでも売ってくれときたんですよ。えぇ、私はそんなことしませんよ。物を受け取ってそれをバラして別々に売ってあります。どうですか旦那。持ってる銃と規格があるものがあれば買ってくれませんかね?暴発なんてしませんよ!そんなことが起こればあっしが殺されてしまいますからね。どうです?旦那?見るだけでいいんですよ。」
「…………その上の層というのは16層ですか?」
「えぇ、旦那。よくお分かりになられましたね。」
「それでは見せてもらえますか?」
そう言うと男は目を輝かせて
「ありがとうございます旦那!ささ、こちらにありますので」
男が招きに応じ、細い路地に面した扉を開けると、少しばかりの空間と、奥にカウンターが有るばかりの狭い部屋に出た。
男は鋼苑を部屋に招き入れると、ちょっと待ってくださいねと言いカウンターの向こうへと走っていった。
「お待たせしました旦那。選り取りみどりですぜ」
「自動拳銃の銃弾を全てください。」
即答だった。
「へ?」
鋼苑はクビワツキがどの経口の拳銃を持っているのか知らない。
だから全ての拳銃の弾を買い、あとで聞こうと考えたのだ。
幸い金に不自由はしていない。
「旦那。全てって言うと結構な数になりますぜ?いいんですかい?」
「はい。あとで選別しますので全てください。」
「へ、へい。自動拳銃の弾丸なら10種類で各12発。値段は銀貨一枚でいいですよ。」
銀貨一枚というのは3層なら一ヶ月は生きていける。
それを考えるとクビワツキが少年に渡した金額の大きさが分かるだろう。
「……多少割高ですが、いいでしょう。」
いつもなら多少値引きさせるが、今回は急ぎだ。
そのままの金額で買う。
男も予想していなかったのか目を丸くすると直ぐに輝かせた。
「いや!旦那。太っ腹ですね!これでアイツも喜ぶってもんですよ!」
男は銃弾を小袋に入れながら鋼苑を持て囃す。
「えぇ、そうだといいですね。いい買い物だったと伝えておいてください。」
「へい!必ず!」
「あ、その人の名前を教えてもらってもいいですか?」
「構いませんよ!フードって名前です!」
「ありがとうございました。ではまた機会があれば会いましょう。」
頭を下げて見送る男を背に鋼苑は10層の自分の家に戻った。
「さて……『蒼炎』」
鋼苑はリビングのテーブルに弾丸が入った袋を全て乗せると自分の能力で燃やした。
鋼苑の異能『蒼炎』によって発生する炎はあらゆるものに干渉し、燃やすことによって発生する事象を全て掻き消し燃やして灰にするという事象に書き換える。
つまり、氷は解けずに燃え、ガスがある場所で出しても爆発せず、弾丸を燃やしてもそれが発射されることはなく全てが灰になるのだ。
「私の異能で消えなかったのはこれですか。」
机の上には灰の山が9つ出来、残りの一つも袋は全て燃え尽きたが弾丸は無傷で机の上に転がっている。
「あの男の話が本当ならやはり16層になにかあるんでしょうね。たしかフード、でしたか。聞いてみる必要がありそうですね……一度首領ジャルベリ様に報告しますか……誰です!?」
それは鋼苑がテーブルの上の弾丸をしまった瞬間に現れた。
「ククク、バレたか。なかなかに感はいいようだな。」
窓の方を見ると黒いフード付きコートを来た男が立っている。
深くかぶっていて顔は確認できない。
「窓から来るなんて礼儀がなっていませんね。」
「下層の礼儀なんぞ合ってないようなもんだ。むしろこれが下層流の挨拶だよッ!『弾ける影』!」
「ッ!?」
次の瞬間鋼苑の家が跡形もなく消し飛んだ。
その後野次馬や管理局の者があたりを調べたが倒壊した家の中には人はひとりもいなかった。