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96話「同族嫌悪」

 

 「おい」

 

 妖怪は驚いた様子でこちらに振り向いた。すぐさま距離をとり、むき出しの敵意を向けてくる。向こうにしてみれば、俺はいきなり姿を現したように見えたはずだ。それは警戒もするか。

 

 「腕がない……それに変な格好だから妖怪だな。退治してやる!」

 

 「おいおい」

 

 そんなアバウトな判断方法で大丈夫か。こちらが何か言い返す暇もなく、妖怪は突進してくる。そのあまりに無防備な攻撃に呆れてしまった。手には妖術符を何枚か握りしめている。そんなものでどうにかできると思っているのだろうか。

 妖怪の腕が突き出される。その手の符が燃え上がり、火の玉が俺に向かって飛んできた。

 

 「殺法『隠れ玄武』」

 

 俺は甲羅の中に引き籠る。ぶっちゃけ、生身で受けてもちょっと火傷するくらいの威力しかないように見えた。圧倒的過剰防衛である。

 

 「な、なんだ!? お前は亀か! このっ! このっ! 出てこい!」

 

 こつんこつんと甲羅を叩く音がする。たぶん、本気で殴るなり蹴るなりしているのだろうが、言うまでもなく無意味である。ある意味、ほほえましい。

 

 「お前、この辺りの妖怪に何かしているのか?」

 

 「黙れ! 妖怪は退治する! 私が全部、退治してやる!」

 

 紛れもない同族狩りである。というか、よくこれまで生き残ってこれたな。こんな町の近くなら力の強い妖怪はいないだろうが、その代わりに陰陽師まがいとか坊主とかにすぐ見つかるだろう。運が良いで済まされる話ではない。

 

 「お前は神にでもなりたいのか? やめとけ。同族狩りなんて博打で身を滅ぼすことはない。もっと気楽に生きろよ」

 

 「神? 同族狩り? 何のことだ!」

 

 「だから、同族狩りだよ。妖怪が妖怪を殺してるんだから、それ以外の何だっていうんだ」

 

 「妖怪だと!? 違う! 私は妖怪じゃない、人間だ! だから妖怪を殺す! 妖怪は人間の敵だから退治する!」

 

 ああ、あれか。アッパラパータイプだったのか。なるほど、理解した。

 

 「現実を見つめろー。お前は妖怪だよ。妖怪の俺が言うんだ。間違いない」

 

 「うるさい! 私は人間だ!」

 

 こいつは元は人間だったクチだな。妖怪化したが、その現実が認められなくて自棄になっているのか。怨霊の類かもしれないな。霊体化したばかりだと混乱して暴れまわる奴がいるという話を聞いたことがある。それにしては随分、はっきりとした受肉だな。生まれたばかりの亡霊は不定形で、まともな形をとることも難しいというのに。完全な人型で、妖力で肉体まで構成できるとなるとまずまずの実力者だ。

 おそらくこいつは、自分のことをまだ人間だと思っており、それを正当化するために妖怪を殺しているのか。人間として周囲に認めてもらいたいのだろう。神に見つかれば即座にプチッとやられること請け合いだ。

 やはり、首を突っ込むべきではなかったな。だが、俺はこの妖怪に自分と似た部分があるような気がしていた。それがなぜか心に引っかかる。

 

 「しかたがない、ここは先輩妖怪として後輩に道を示してやろうじゃないか。まずは落ちつけ」

 

 「黙れ! 消えろ!」

 

 会話すらまともに成立しない。屁とも思わないような攻撃をまだ続けている。これではただの八つ当たりだ。妖怪は感情が高ぶっているのか、次第に支離滅裂なことを言いだす。

 

 「私は人間、なのにこんな体にされたっ! 許さない……! あいつさえいなければ、かぐや姫さえいなければ、私はこんな目に遭わなかったのに! あいつのせいで父様もおかしくなった!」

 

 ……ここでその名を聞くことになるとは、因果なものだ。こいつは輝夜に因縁があるようである。あいつが人の恨みを買うようなことをするだろうか。のべつまくなしに男を虜にする美貌というのは傍迷惑な話であるが、誰も相手にしなかったようなので、実害はなかった気がする。それに父親がおかしくなったとはどういうことか。

 いや、待て。少し覚えがある。いつだったか、都が平安京に移される前だと思うが、輝夜がここから姿を消してそう長いこと経たぬうちに、俺はこの町へ来ている。あのころは『虚眼遁術』は使えず、お粗末極まりない『目そらしの術』で身を隠しながら何とか結界内に侵入していた。

 

 「そうだ、思い出したぞ。俺はお前を見たことがある」

 

 町の中での出来事だったので、よく覚えている。白髪の少女が人々に石を投げられ追われていた。乞食にしては育ちの良さそうな振る舞いと、薄汚れていたが上等の着物を着ていて不思議に思ったものだ。

 こっそり立ち聞きした噂によると、かぐや姫に求婚を断られた藤原のなんとかっていう貴族がいて、失恋の末に心を病んだ。その貴族には美しい娘がいたが父親の狂態を嘆き、幼い身ながらすべての髪の色が抜け、白髪になってしまったという。さらにはその身に鬼がとり憑き、妖怪となった。本当か嘘か知らないが、そう聞いた。

 人間の都市という場所は負の感情が集まりやすい。日々、人間の生活は妖怪の脅威と隣合わせだった。だからこそ、陰陽師たちがわんさかいて仕事にも困らない。そんな中で人間が妖怪と化すことなど日常茶飯事、掃いて捨てるほどある話だ。当時の俺はそんな噂を聞いても特に気にすることはなかった。

 俺は甲羅から頭を出して、改めて妖怪の顔を見る。

 

 「藤原不比等の娘だな。昔と雰囲気が違うが、確かにあのとき見た顔と同じだ」

 

 妖怪は何も言わずに、こちらを睨みつけていた。

 


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