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95話「まぐれ気まぐれ」

 

 あの森は、かなり規模が小さくなっていた。人間に切り拓かれ、田畑が作られている。秋も深く、ちょうど収穫の時期だと思うが、作物の出来はあまり芳しくなかった。

 森の奥、かつての幽香の花畑があった場所へ来た。このあたりはまだ木が残されているが、細く痩せたものばかりだ。幽香はこの森を離れて、別の場所に新たな花畑を作ると言っていた。当然、ここに彼女の姿はない。花畑の面影はどこにもなかった。

 俺が土に埋まっていた辺り、俺の背中の木が生えていた場所に祠が作られていた。石を積み上げただけの粗末な祠だ。何を祀っているのか知らないが、見たところ神霊も宿っていないし、あってもなくてもどうでもいい代物のようである。こういった御魂の入っていない祠は探せば全国各地にそこらじゅうある。こういう神様関係のブツは俺も詳しく知らないことが多いので、何のために設置されているのかわからない。が、少なくともあるだけ無駄だということはわかる。

 結局、足を運んでみたものの、特にこれと言って目を引く物はなかった。はじめから大した期待をしていたわけでもない。しばらくウロウロと周囲を徘徊して、踵を返す。

 

 「……ん」

 

 ふと、違和感を覚えて立ち止まる。不自然な妖力の流れを感じた。探ってみると、木の枝に符がくくりつけられている。よく見れば、あちこちの枝に点々と符がくくられていた。霊力は感じない。妖術符のようだった。

 調べてみたいところだが、あいにくと俺には手がない。口ではずせないものかと枝を咥えてみる。

 すると、枝に俺が触れた瞬間、符はパチパチと燃え上がり、空に向かって小さな閃光が飛んでいったではないか。小さな炎は木の上で花火のようにキラキラ光り、やがて消えうせた。何だったのだろう。

 その直後、こちらに向けて何かが近づいてくる気配を感じた。間もなく、その気配の主が現れる。

 

 「あれ? 確かにここで反応があったと思ったんだけど」

 

 それは妖怪だった。赤いモンペを着た少女の姿をしている。白い髪にリボンをつけていた。

 なるほど、あの符はこの妖怪が仕掛けたものか。おそらく、ここはこいつのナワバリの中なのだろう。あの符はナワバリの存在を示す結界か、警報装置といったところか。何ともわかりにくい方法を使うものだ。

 こういう土地にとり憑いて頑なに所有を主張するあやかしものは、粘着質な性格をした者が多い。話のわからない連中ばかりなので、最初から関わり合いにならない方が得策である。

 俺は『虚眼遁術』を使っているので、妖怪のすぐ近くにいるが気づかれている様子はない。このまま黙って帰るとするか。

 

 「くそ、今日はまだ一匹も妖怪を狩れてない……この辺りの獲物は、ほとんど狩りつくしてしまったな」

 

 なにやら物騒なことを言っている。力のある妖怪が弱い妖怪を食い物にすることはよくあることだ。ただ、同族の肉というのはひどくまずい。人間の肉を一度でも食べたことがある妖怪なら、もう二度と食べたくないというほどひどい味らしい。妖獣系の肉はまあまあの味のものも中にはあるみたいだ。俺は妖怪の肉を食べたことがないので知らないが。逆に人間の肉は病みつきになるほど美味である。特に霊力の高い人間はうまい。

 妖怪が妖怪の肉を食うときというのは、餓死しそうなので生きるためにしかたなく我慢して食べるか、自分より妖力の高い妖怪の肉を食べて力をつけたいときのどちらかである。後者のケースは割とあるのだが、妖力の高い妖怪というのは無論のこと力も強いので、返り討ちにされることが多い。いずれにしても相当なゲテモノ好きか、かなり特殊な環境にでもいない限り、妖怪を常食するような妖怪はほぼいないといって言い。

 そもそも、力ある妖怪を食ったところですぐさまパワーアップ、というわけにはいかない。そんなことをするくらいなら力でねじ伏せて支配し、隷属させた方が遥かに有用で効率的である。だから、力の強い妖怪は配下の妖怪を束ねてヌシとして君臨する。むやみに同族を殺して食うようなことはしない。

 

 (ということは、同族狩りか)

 

 同族狩り。妖怪を殺して回る妖怪である。いわゆるはみ出し者だ。人間社会でいう殺人鬼である。

 妖怪の世界は暴力が何よりも物を言う。強ければ何をしてもいい。だから、妖怪たちは事あるごとに自分の力を顕示したがる。暇さえあれば、誰かに喧嘩を売る者が多い。だが、そこに仁義がまったくないわけではないのだ。相手を殺すことは禁じられていないが、度が過ぎれば反感を買う。何事にも節度というものがある。

 その反感すら跳ね返すほどの強者ならば問題ない。例えば鬼がそうだ。あいつらは誰かれ構わず気まぐれに勝負を挑んで滅茶苦茶をやらかす。まあ、鬼の場合はただの勝負バカなので、悪気はないことが多いのだが。他にもナワバリ争いや、正当な理由ある決闘など、殺しが容認される場面はある。

 ただ、そういう理由もなく陰湿に底辺妖怪ばかりを殺しまくる奴らもいる。それらは同族狩りと呼ばれて忌み嫌われている。その上、人間に友好的な妖怪ならさらに危険だ。なぜなら、人間から神として祀り上げられる可能性が出てくるからである。ここら辺の知識は命蓮寺で聞いたことの受け売りだが、まず、既存の神が新規参入を黙って見過ごすはずがないし、妖怪側も新たな神の出現を全力で阻止しようとする。妖怪が神格化するというのは甘い蜜のような話に聞こえるが、並大抵の苦労で成し遂げられることではないのだ。実際、ちょっとした集落の守り神になった程度の妖怪では、よほどの地力がない限り、有名どころの神に潰されて合祀された末に消滅するか、反感を買った妖怪たちに攻め落とされるかという末路しかない。たとえ人間に非友好的な妖怪であったとしても、同族狩りであるという時点で神格化を疑われ、妖怪からも神からも目をつけられてしまう。

 実のところ、同族狩りというのは二つのケースに分けられるのだ。一つは、神格化を目指す者。もう一つはただのアッパラパーである。後者の場合は、俺が錯乱して萃香の配下の鬼を皆殺しにしたときのことを思い出してほしい。アレだ。ああ、自分で言っておいて悲しくなってきた。そういうのは感情的で突発的犯行だし、周囲もそれを理解して可及的速やかにこちらをブチ殺しにきてくれるので、何も問題はないのだ。誰にも気づかれないようにこっそりと隠れながら理性的に同族殺しを楽しむような妖怪がいるとは思えないし、仮にいたとしてもそれは個人の趣味なので、どうぞご勝手にといったところか。

 今や一匹で世界の理を覆すような伝説級の妖怪というのは、遥か昔の神話の時代にすべて討伐されてしまった。現代の力ある妖怪と言ってもたかが知れている。少しでも目立った行動をしようものなら神や仏から総攻撃を食らう時代だ。ナワバリ争いですら神様の顔色をうかがって慎重にやらなければならない。妖怪最強の種族と言われる鬼でさえもそのほとんどが人間に殺されて住処を追われてしまった。本当に強い妖怪というのは、極力目立たないように隠遁しているものだ。何が言いたいかといえば、神や仏が睨みをきかせているさなか、おまけに妖怪からも後ろ指をさされるような同族狩りがこの世の中に生き残る余地などないということである。

 

 (まあ、この妖怪が同族狩りだと決まったわけではないが)

 

 もしそうなのだとしたら、救いようのない馬鹿だ。見たところ、妖力は小妖怪に毛が生えた程度。妖術符を使えるところは評価していいとしても、だからどうしたと鼻で笑うレベルだ。能力持ちかもしれないが、それは見ただけでは判断できないところである。さらに、こんなに町に近く、人目につきやすい場所に拠点を構えている。どうぞ見つけて殺してくださいと言っているようなものだ。放っておいても長くはないだろう。

 ただ、一つだけ気になるところがあった。目だ。その奥にある、色。それは憎しみだった。

 どう考えても面倒くさい相手だ。このまま何も話しかけずに立ち去って、さっさと忘れてしまうに限る。だが、気まぐれとは厄介なもので、俺は面白半分に声をかけていた。

 


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