92話「アナザー・サイド・依姫」
『日記帳』 綿月依姫
閲覧絶対禁止。特にお姉様は禁止。
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○月×日 晴れ
地上の妖怪が月に侵入してきた。兆候は数日前からあったので(偵察用と思しき小妖怪を多数確認)、対処に問題はなし。
約1000に及ぶ数の妖怪が“静かの海”に出現した。調査の結果、空間転移系の能力によって巨大な転移門が作られた形跡があった。
予想を上回る敵の勢力により、任務にあたった防衛隊ウサギたちにも被害が出た。ラビット、ヘアー、バニー各小隊の被害は甚大。しかし、レイセンが生きていたことは本当にうれしい。ただ、ショックを受けて精神的にまいっているようだ。除隊させてほしいと言っている。しばらくは療養休暇を与えるつもり。
敵勢力のほとんどはお姉様が無力化し、残党は私が処理した。ただし、首謀者は取り逃がした。この者が空間転移系の能力持ちだと推測される。残党の一部に尋問したところ、名は八雲紫と判明。事件を起こした目的は、月の都の技術を奪うためとのこと。詳細は調査中。
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敵の一人に、月のウサギがいた。コードの照合はできず、生体番号は未確認(レイセンが何か知っているようだったので、後で話を聞く)。所属も不明。月のウサギとは思えないほどの大きな妖力を持ち、特殊な妖術(身体強化系の術?)を使う。交戦し、負傷してしまった。臓器の8割を損傷(病院ですぐに治せたが、やはり細胞超再生培養液の感触には慣れない)。怠慢である、喝。
このウサギは一兵士であると自称しており、首謀者ではない様子だが、月のウサギという種族上、何らかの形で事件の根幹に関わった人物であるように思う。
ウサギは、お師匠様の名前を知っていた。驚くべきことに、お師匠様への復讐が目的で事件に参加したようであった。輝夜姫の地上追放の刑の折から、すでに数百年が経つ。刑期を終えた輝夜姫の護送の任務を受けて地上へ降りたお師匠様は、依然として消息を絶ったままだ。ウサギは月の都にお師匠様がいるものだと思っていたようである(知らなかったということは、地上で接触したわけではないのか)。
そして、すさまじい穢れをもっていた。まずは拘束して神降ろしの技によりこれを祓う。だが、完全に祓いきる前に逃げられた。上の首謀者と思わしき仲間が能力を使って戦線から離脱させたようだ。その後の残党狩りの際にも同様の現象が何度か起こった。
当初は捕えた後に尋問する予定だったが、逃げられたので断念した。しかし、上に書いたようにお師匠様との関係が気になるが、特に有用な情報をもっているようには見えなかったので、問題はないように思う。そもそも、月のウサギが反逆を起こすことなどシステム上ありえないし、色々と不審な点が多かったので、あのウサギが本当に玉兎だったのかという疑問はある。個人的には興味がないこともないが、私事につき追及は控える。
お師匠様関連の情報であるため、中央へこのウサギに関する事実の報告をするか否かについてお姉様と論議中。地上で行方をくらましたお師匠様と輝夜姫は、地上無許可滞在の逃亡犯として扱われている。月の使者としては捜索任務が与えられているが、私たちの恩師であるお師匠様のことだ。考えあってのことに違いない。この件に関して、私たちは不干渉の立場をとることにした。それを考えると、やはりこの不審なウサギの報告はいらぬ波風を立てる可能性がないとは言い切れないので、黙っておくことになるだろう。仮に報告したとしても処分は月の使者の管轄になるので、いくらでももみ消せる。たかが玉兎一匹のことにここまで考えを巡らせる必要はないと言ってしまえばそれまでだ。
追記。
家庭菜園の桃をお姉様に食べられる。まだ熟してなかったのに#