86話「臨界精神」
「なんだ、勝手にぶっ倒れたぞ」
せっかく俺の『虚眼遁術』を見破るレベルの玉兎が現れたので、肩慣らしにボコッていくかと思っていたら、俺の顔を見るなり泡を吹いて気絶した。何がしたいんだ、こいつ。
「な!? お、お前、レイセン隊長に何をした!?」
「ん、今はそれよりも他にやることがあるか」
うめきながらうずくまる妖忌を脇に抱える。この場にいるのは、数人の玉兎と、何やら変な装置らしきものだ。おそらく、あれが精神攻撃電波を生み出しているのだろう。玉兎たちは銃を構えてこちらに発射してきたが、どうやらレーザー攻撃ではない。ただの妖力弾の弾幕である。
「かゆいかゆい。まとめてぶっ飛ばしてやらあ! 殺法『暴れ玄武』!」
俺は一度、甲羅を脱ぎ捨て、そこに絡まる鎖をつかんだ。これは、萃香からもらった鬼の鎖だ。甲羅を装着せずに持ち運ぶときは、これで体に巻きつける。この甲羅に結ばれた鎖を思いっきり振り回すことで、甲羅をハンマーのようにして相手にぶつけるのだ。
「「わああああ!」」
吹き飛ぶ森の木々。超重量の甲羅が薙ぎ払った辺り一帯は、木がへし折られて切り株が残るだけの更地になった。それと一緒にぶっ飛ばされていく玉兎たち。この攻撃は見た目は派手だが避けやすい技なので、『兎跳』でも使われたら簡単にかわされるため、パフォーマンス程度に考えていたのだが、これで玉兎は全滅だ。目当ての機械も破壊し、毒電波はおさまったようである。
「おい、大丈夫か?」
「はあ、はあ、ええ、なんとか」
妖忌は顔を青くしていたが自力で立ち上がる。その耳もとからはらりと灰がこぼれ落ちた。これは事前に配られていた妖術符か。レジスト効果がなかったわけではないが、毒電波に耐えられず、燃え尽きたようである。
「この符がなければ気絶していました。葉裏様はよくあの攻撃の中、平気でいられましたね」
「あんなもんは迎え酒を飲むのと一緒だ」
なんたって俺はこの毒電波のせいで常時二日酔い状態なのだ。これくらいの軽い酔いがあったくらいの方がむしろ燃えるね。とびっきりの悪酒だがな。
「紫もいつまで隠れてるんだ? 出てこいよ」
「うう……頭いたい~」
スキマが開いて紫が落ちてきた。いつものように優雅に降り立つのではなく、文字通りべちゃりと落ちてくる。
「スキマの中まで攻撃が届くなんて聞いてないわ」
「そりゃ災難だったな」
倒れた紫の体を起こす。そういえば、まだ妖忌も辛そうにしている。電波の発生源は破壊したはずだが。
いや、まだ微弱な電波を感じるな。二方向から来ている。この場所からは遠いようなのでそこまで強い影響はないが、紫と妖忌にはそれでもきついみたいだ。
「なるほど、三方向から電波を浴びせることで妖怪たちを一斉に抑え込む作戦というわけね」
「さっさと発生源を壊さないと身動きがとれんぞ」
「それなら任せなさい。当初の作戦通りいくわよ」
もともと想定していた作戦では、派手に暴れまわる本陣の他にいくつかの遊撃隊が編成されていた。まあ、敵陣の情報もないまま遊撃隊などという少人数の兵を投入するなど良い策とは言えないが、そこは妖怪のタフネスでなんとかしろという結論になった。他に作戦を練ろうにも、猪突猛進なうえに頭の悪い妖怪たちが大半を占める我が軍に、複雑な命令を完遂するだけの能力があるとは思えない。自然、理解力のある妖怪は少数に限られるというわけだ。
その遊撃隊の一つに俺と妖忌も入っている。紫は本陣に残って指揮をとることになる。総大将なので当たり前だが。
「私はこれから使えそうな妖怪を叩き起こして、この精神攻撃をやめさせるわ。あなたたちは偵察に行ってきて。何が起こるかわからないから、うかつにスキマを使って調べたくないわ」
紫はスキマの中にまで効果を発揮した電波攻撃にビビっているようだ。その気持ちはわかる。一昔前の自分も、この攻撃に敗れた。自分にとって絶対安全圏だと思っていた甲羅の中にまで侵攻を許してしまったという恐怖は忘れがたい。紫も同じ心境なのだろう。
「この私によくも恥をかかせてくれたわね……どんな仕返ししてやろうかしら、うふふ」
強がりを言えるだけの元気かわあるのなら、大丈夫だろう。それより俺はさっさと月の都とやらに行きたいぜ。
「まあ、ここの連中のことはお前に任せた。俺は先に進むぜ?」
「お供します」
妖忌が刀の血を振り払いながら言う。その表情はいつもと変わらない善人の平凡顔のようだが、その仮面の下に隠された人斬りの本質はどうしても垣間見えてしまう。要は強い敵を求めているということだ。紫は呆れた顔をしていたが、ほどほどにしなさいよと注意するだけで止めることはしなかった。
「おっと、その前にいいことを思いついたぞ」
月人と喧嘩することばかり考えていたから思いつかなかったが、俺の容姿を利用するというのはどうだろう。
俺にはウサ耳がある。月人から見れば玉兎だと思われるだろう。だから、この容姿なら月人に警戒心を抱かせることなく月の都に侵入できるのではないか。
さっき俺の姿を最初に見た敵の玉兎は、俺のことを仲間だと思っているようだった。一応同族である者にも見分けがつかなかったのだから、月人にも通用するかもしれない。どうしてこんな単純な策に気づかなかったんだ。俺ってやっぱり頭が悪い。