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83話「低温燃焼」

 

 時は刻々と過ぎていく。決戦の日まで、あと一週間を切った。

 俺は白玉楼で特訓を重ねた。『三技一体・二重分身』の練習である。毎日、火傷で肌がボロボロに焦げつきるまで鍛錬を続けた。痛みは狂気で、かき消せる。俺の身の内を蝕む悪夢に比べれば、この程度は怪我の内にも入らない。妖力に物を言わせた回復力で、限界まで体をいじめ抜いた。

 

 「はあ……心配だ」

 

 だが、俺も四六時中特訓三昧に明け暮れるわけではない。今いる場所は、貸し与えられた自室である。俺は紫から聞かされたある懸念事項について、頭を悩ませていた。

 

 「ちょっと、葉裏! あなた、私のオヤツ食べたでしょ!」

 

 「食ってねえよ!」

 

 そこにスパーンと勢いよく障子を開けて現れたのは、白玉楼の主人、西行寺幽々子だ。

 

 「言ってみただけよ」

 

 「脈絡もなく言いがかりをつけるな」

 

 「ところで、それは何をしているの?」

 

 幽々子が俺のやっている作業を見て、疑問を述べる。俺は白い布に幽霊を包み込み、巾着搾りにして閉じ込めていた。

 

 「これ? 見てわかる通り、てるてる坊主を作ってるんだよ」

 

 白玉楼の外には雨が降っている。ここは冥界であり、地上の天気とシームレスにつながっているわけではないのだが、それでも心配だ。

 月を水鏡に映し出さないことには、紫の計画を遂行することはできない。そのために、結構当日となる満月の夜に天気が晴れてもらわなくては困るのだ。

 しかし、聞けば中秋の名月は季節の変わり目、天候が変化しやすい時期にあるらしい。中秋無月という言葉があるほどに、この時期のきれいな満月とは見難きものなのである。すでに水鏡を作るポイントとなる池の場所が決定しているので、月が見える位置までこちらが移動するという手段もとれない。

 

 「だからこうやって、いくつもてるてる坊主を作っているのだ!」

 

 「幽霊を中に押し込める必要はないでしょう……」

 

 カメの雨乞いならぬ、カメの晴乞いである。幽霊はその犠牲になったのだ。

 俺特性の幽霊てるてる坊主は、頭となる部分に幽霊を詰め込んで布で巻きつけた構造になっている。幽霊は白玉楼の中に浮遊している暇そうな奴らを捕まえてきた。もともと見た目がわらびもちなので、簡単に作ることができる。なんかこの方が普通に作るより、御利益ありそうな気がした。そのせいで、俺の部屋の中には大きな幽霊てるてる坊主たちがうじゃうじゃ徘徊している。

 

 「葉裏は心配性ね。ここまでせかせかした妖怪は初めて見るわ。そんなに焦らなくてもいいじゃない?」

 

 「焦る? いや、俺は焦ってなんかいないぜ」

 

 むしろ、俺はこれほどまでに落ちついた状態で過ごせていることに、俺自身驚いているのだ。かつての俺ならば、居ても経ってもいられず、白玉楼の中に閉じこもっていることなんかできなくなっているはずだ。少なくとも、こうして自分の精神状態を客観視できる程度には冷静である。これも修行の成果だろう。

 だが、それは俺の憎悪が静まっているということとは違う。俺の心は例えるなら大鍋だ。ぶくぶくと沸騰し、泡を噴き出してこぼれ出しそうになる狂気。それを煮やすのは憎悪という炎だ。その火加減を調節しているのが、俺の正気である。今はまだ手綱が取れているが、これからどうなるかはわからなかった。この炎に、新たな燃料が投下されれば、火加減を抑えることは難しいかもしれない。

 燃料とは、永琳のことだ。それ以外にない。永琳を目の前にすれば、俺のタガははずれるだろう。そして、俺はこの大鍋で丹精込めて作り上げた料理を盛大に振る舞うことになる。

 

 「……」

 

 はたして、俺は永琳に何を求めているのだろうか。もはや、この感情を言葉で説明できそうにない。もしかしたら、永琳は俺を助けてくれるかもしれないという淡い期待はまだ残っていた。なんと女々しく愚かしい希望だろうか。

 しかし、あのとき。永琳が月から輝夜を迎えに来たあの夜。俺は忘れない。救いを求めて伸ばした俺の手を、永琳は拒絶した。それどころか、俺を殺そうとした。地面に這いつくばり、涙を流してすがった俺を見捨てた。ひどい。あの女。俺がどんな思いで、どんな思いで、どんな思いで、どんな思いで、どんな

 

 「やめなさい」

 

 幽々子の声で、はっと我に返った。俺は手に持っていた幽霊を無意識に握りつぶそうとしていたようだ。ふよふよと弱弱しく飛び立った幽霊は、壁にぶつかって床に落ちる。布でくるまれているので、前が見えないのだ。他のてるてる坊主たちも間抜けに壁にぶつかりながら飛んでいる。

 

 「あんまりこの子たちをいじめないでもらえるかしら。ただでさえ、あなたの存在はこの子たちにとって毒気が強いのだから」

 

 「なんのことだ?」

 

 「冥界は浄土と呼ばれるほど穢れが少ない土地なの。生前の煩悩の縛りから開放された霊たちは、この地に穢れを持ちこまない。だから、穢れに敏感なのよ。あなたは異常なくらい穢れているから余計に、ね」

 

 「ひとを汚物扱いしやがって」

 

 幽々子がここで言っている“穢れ”とは、有機物的な汚れのことではない。精神的な不浄のことだ。月人が忌み嫌い、捨てることを目指した概念だ。つまり、心のゴミクズ。だから、月人の世界はどこまでもクリーンである。何一つ汚れのない世界、汚れの生まれない世界。すべての存在が真善美を体現し、完全な状態に保たれたまま変化することがない。それが、“永遠”だ。月人が生み出した永遠の魔法のトリックである。

 だとすれば、俺は月人にとってゴミクズの集まりということになる。奴らからしてみれば、地上に住む存在なんて等しくゴミに見えるのだろうが、俺はその中でも特別不浄というわけだ。やったぜ一等賞。でも、これはお前らが捨てたゴミなんだぜ。お前らのせいで俺に押しつけられたゴミだ。この特大の産業廃棄物投棄の落とし前、きっちりつけさせてもらおうか。

 


もうそろそろ毎日更新の限界が……(汗



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