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80話「月へ続く道」

 

 かつて、太古の地球に存在した人類は、現在の文明を遥かに超える高い技術力を持っていた。そしてついに、人は天をも支配する力を得た。地上を離れ、宇宙に進出することさえ可能だった。

 

 「しかし、彼らが本当に夢見たのは、自分たちを脅かす存在をすべて排他した世界だった。特に彼らが忌み嫌ったものは、生物としての存在の限界。生物であるがゆえに発生する不条理と不浄性。それを“穢れ”と呼んだ」

 

 しかし、そんな都合のよい理想郷など、どこにも存在しない。

 そこに新たな説を唱える人間が現れた。月夜見と呼ばれるその人物は穢れという概念を考え直す。それは、生への執着だ。万物は存在を存在たらしめる要因によって存在の限界を迎える。その要因、すなわち“穢れ”を取り除くことで永久不変の存在となる。それは死を望むことではない。“生”と“死”から脱却。永遠の崩されざる均衡と安定。

 

 「はっきり言って、月人の理論は私たちには理解しがたい。胡乱な新興宗教のようにさえ感じるわ。でも、それを現実に成し遂げた。旧人類は“リョウシロンテキカクリツ”で存在する理想郷を月の裏側に創り上げた。このあたりのことは、ハクタクにすら解読不能だったわ。さすがに地球外の宇宙の歴史は、ハクタクにも専門外ということね」

 

 「えー、うーん、あ、そう」

 

 紫の話を聞き終えた俺は、なんか釈然としない気持ちになる。そんな複雑な経緯があったのか。もっと、単純なSFっぽい話だと思ってたんだが。

 

 「まあいいや。俺は月に行ければそれでいい。どうやって月に行くつもりなんだ?」

 

 「次の満月の夜、紫様が能力を使って“虚と実の境界”を操作します。それによって、水に映し出された月と現実の月を一時的につなげ、行き来できるようにするのです」

 

 「さすがに私の能力でも一気に月まで飛ぶことはできないのよね」

 

 時期は中秋の名月。空に浮かぶ本物の月と、水鏡に映し出された偽の月との間の境界、すなわち虚構と現実の境界をいじることで二つの月を結ぶという。スケールがでかすぎてどういうことなのか想像もつかない。

 

 「すでに月に偵察用の式を送っています。それにより判明した情報によると、月には“表側”と“裏側”があるようです」

 

 「何を言っているんだ? 月は丸いんだから表も裏もないだろう」

 

 「月は水も空気もなく、荒涼とした大地しかありません。しかし、そこに月人は住んでいないのです。それは“表の月”の姿であり、月人の都市は“裏の月”にあるのです」

 

 要するに、月人の居住区は結界で閉ざされた空間にあるということらしい。「天体としての月」と「月人が住む月」は違うという。前者が“表の月”、後者が“裏の月”ということになる。二つの月は重なり合っているが、“裏の月”は結界によって隠されており、表側から干渉することができない。月の裏には、地上と同じく水や空気があり、植物も生えているそうだ。

 紫は、この月の表裏を隔てる結界の解除にも成功している。月の裏側へ侵攻するための直通路の準備は整っているということだ。

 

 「そいつはすごい、今からでも乗り込めるんじゃないか?」

 

 「満月にならないと妖怪一人が通れるほどの道は作れない。今は、ぎりぎり小鳥程度の大きさの偵察妖怪を送るくらいのことしかできないわ」

 

 まあ、ここまで来たんだ。おとなしく待とう。月人に喧嘩を売るのである。俺がいくら強くなったからといって不安は残る。俺だけで月の都市に乗り込んで陥落できると思うほど楽観はしていない。この月面戦争は最高のチャンスなのだ。この戦いの混乱に乗じて都市に乗り込むことが最も効率的である。俺の目的はただ一つ。月人なんてどうでもいい。あいつにさえ会えれば、俺はそれで構わない。

 真正面から月人にぶつかる必要はないのだ。無論、簡単に事が運ぶほど甘くはあるまい。この機会を最大限に生かすためにも、作戦を練り込んでおかないと。

 

 「どうやら、本当に月に行けるみたいで何よりだ。それで、こちらの戦力はどうなっているんだ?」

 

 「はい、今のところ約1000名の妖怪を兵として集めています」

 

 「なるほど、1000……ん?」

 

 少なくないか? 月人の本拠地に乗り込むというのに、たったの千匹?

 

 「すごいでしょう? 各地を回って中級以上の妖怪を集めてきたのよ。天狗に河童に鬼に妖獣、これだけ集めるのに大分苦労したわ」

 

 「それって、個人の強さはどのくらいあるんだ? お前たちと同程度くらいか?」

 

 「……そんな大妖怪が千もいたら、この世は人外魔境になっているわよ。確かに大妖怪は結構いるけど、私たちほどの実力を持つ者はいないわ。だから、私たちが本隊の最高戦力になるわね」

 

 ちょっと待て。ということは、俺、紫、藍、幽々子、妖忌の五人しか、このレベルの妖怪はいないのか。それは心もとない。

 

 「せめて一万くらい用意できない?」

 

 「不可能です」

 

 藍が断言する。寝不足で血走った目で、こちらを睨みつけてきた。視線が、そんなことを言うならお前が行って集めてこいと訴えている。おそらく、この数を集めるだけでも相当な労力だったに違いない。妖怪というものは自由気ままだ。それを一つにまとめ上げ、集団行動をとらせることは困難を極めるだろう。むしろ、よく千匹も集まったものだと言える。それも力ある者たちを、という制限がつけば、なおさら難しい。あげく、月に攻め込むという荒唐無稽な目的のためにそれを行ったのだ。

 

 「なにか、不満があるようね」

 

 紫は、おもしろくなさそうな顔をしている。考えてみれば、中から上の実力を持つ妖怪が千匹も集まったとなれば、とんでもない非常事態だ。人間の国一つなど容易に潰せる。自慢したくなるのもわかるというものだ。

 藍もうんうんとしきりにうなずいていた。紫の性格からして、多分彼女が一番苦労したのではないだろうか。

 

 「しかし、千……それに、トップとなる戦力が俺たち五人となると、うーん……」

 

 「あら、私は月には行かないわよ」

 

 「へ?」

 

 突然、口を挟んできたのは幽々子だ。月に行かないとはどういうことだ。

 

 「幽々子様は、この戦争には参加なさいません。ちなみに、私も術式の維持のために地上に残らなくてはならないので、今白玉楼に集まっているみなさんで戦いに参加するのは、紫様、葉裏様、妖忌様の三人になります」

 

 なんだと?

 


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