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72話「風見鶏は北を向く」

 

 「あ゛ー、きもちわるい……」

 

 「いやほんと、飲み会の翌朝はきついっすわ」

 

 昨日の宴会の影響で気分総壊の俺とナズーリンは、一輪からの命令で庭先の掃除をしている。今日くらいゆっくりさせてよと抗議したのだが、二日酔いの一輪に逆らえば、雲山の代わりにサンドバックの刑だ。しかたなく言うことを聞いてやった。ありがたく思え。

 

 「はあ、私はあの木陰で効率的な庭の掃除のしかたについて計画を立てようと思う。葉裏は、ここで掃除を続けておいてくれ」

 

 「ダメに決まってんだろが。前歯引っこ抜くぞ」

 

 俺たちはだべりながら、のそのそと箒を動かす。どうせ一輪は本堂の掃除をしてるのだろうし、サボっても気づかれないだろう。試しに能力を使って、誰も見ていないか確かめてみる。

 

 「ん?」

 

 誰かが俺を見ている。注目が一本、俺に集まっていた。ナズーリンは隣で気だるそうに掃除をしているので違う。周囲には誰の気配もない。いや、誰もいないのに注目が発生するわけがないのだ。前後左右上下、どこを探しても注目している存在の影が見当たらない。だが、何者かが俺のことを見ていることは確かだ。

 殺気は感じないので危害を加える気はないようだが、断りもなしにジロジロ観察されるのは癪だ。え、お前が言うなって?

 

 「どうしたんだ、葉裏」

 

 「いや、なんかいるぞ」

 

 「いるって、何が?」

 

 「誰かが俺たちのことを見てる」

 

 ナズーリンはきょろきょろと辺りを見回す。

 

 「誰もいないじゃない……」

 

 「あらあら、もうバレてしまったようね」

 

 「「!?」」

 

 どこからか、知らない声が聞こえてきた。その直後、俺たちの目の前の空間に、黒い裂け目ができる。どう表現すればいいだろうか。裂け目としか言いようがない。その両端には、なぜかリボンが結ばれている。裂け目の中には無数の目があり、こちらを見ていた。

 あっけにとられる俺たちに構わず、その裂け目から一人の少女が現れた。中華風のドレスを着て、日傘を差している。こういう奇抜なファッションをした者たちは大抵が人外の存在だ。思った通り、少女から妖力を感じた。しかもその量は馬鹿みたいに多い。かなりの力を持った大妖怪だと一目見てわかった。

 

 「ごきげんよう」

 

 優雅に挨拶する大妖怪。ナズーリンは口を開けたまま固まっている。俺の知る限り、こんなに強い妖気を持つ妖怪がこの寺に来たことはない。命蓮寺に集まる妖怪は、たいていが小妖怪である。大妖怪がまったく来ないわけではないが、こいつは別格だ。こんなに強そうな奴でも悩みがあるのだろうか。

 

 「この寺に何か用かい? 参拝なら本堂の方へどうぞ」

 

 「あいにく、タダで神に頭を下げるほど落ちぶれてはいませんわ。ここに葉裏、そう『乙羅葉裏』という妖怪がいると聞いて訪ねたのですが」

 

 「え? 乙羅葉裏は俺のことだが?」

 

 「まあ、あなたが」

 

 なんでこいつは俺の名前を知っているんだろうか。大妖怪は俺の顔を見て首をかしげる。

 

 「思っていたよりもだいぶ弱そうね。あの鬼の四天王、伊吹萃香と渡りあうほどの大妖怪と聞いてわざわざ出向いたのに」

 

 「失礼な奴だな」

 

 「もっと勇ましい、筋骨隆々で暑苦しい姿を想像してたわ」

 

 今の俺の体の中にある妖力は、平均より弱い中妖怪くらいの量しかない。ほぼすべての妖力は甲羅に中に収めている。妖力をたくさん持って歩くと目立つのだ。存在感が増して目につきやすくなる。不用意に目立つと『虚眼遁術』を使うに際に手間がかかるのだ。

 また、戦闘力に関しても不備はない。今の俺では狂気レベルを最大まで引き上げても活用できる過活性化妖力は、この状態の三分の一程度。つまり、平均より弱い中妖怪程度の妖力のさらに三分の一の量しか“循環”させられない。俺の全妖力総量の比から見ればあまりにも小さい。活性化率を高めることが今後の課題の一つである。

 そういうわけで、いきなり戦闘になっても全く問題はない。強いて言えば、使える妖術が制限されるくらいか。俺が現在使える妖術は、念話、怪力、妖力弾の三つである。念話に必要な妖力量は微々たるものなので、問題なし。だが、怪力はさすがに効果が落ちる。妖力弾も撃ちっ放しにするとすぐガス欠になるだろう。まあ、その程度のものである。むしろ、妖力がたくさんあると循環が難しくなる。

 

 「それにしても萃香の知り合いか。あいつは俺のことをどんなふうに紹介しやがったんだ?」

 

 「下級の鬼の群れを一人で殲滅し、伊吹萃香との一騎打ちで善戦したと聞いたけれど。それだけの功績があるのなら大妖怪クラスの実力はあるはずだわ。隠しているのかしら?」

 

 「そーそー、俺ってホントはめっちゃ強い妖怪なんだけどー、普段はそのことを隠して陰で活躍してるっつうかー、まー、そんな感じー?」

 

 俺が強い妖怪だと聞いて会いにきたのか。まさか、バトルジャンキー?

 これはちょっと洒落にならなさそうだ。もしもやるなら本気出さないとさすがにヤバイ。できれば戦闘は回避したいところだ。

 

 「それで、俺に何の用なわけ? 言っとくけど、俺今、医者に激しい運動はするなって止められてるからね。特にバトルとかはダメだよ?」

 

 「心配はいらないわ。ちょっとした勧誘に来ただけよ。ある計画のために腕っ節の強い妖怪たちを集めているの。気が乗らないのなら断っても結構だけど」

 

 どうやら話のわかる妖怪のようだ。とりあえず戦闘にならなくてよかった。

 

 「妖怪を集める? なんだ、人間たちと戦争でも始めようってのか?」

 

 「いいえ、戦争は戦争でも、相手は人間ではない」

 

 妖怪は上を指差す。見上げれど、そこには晴れた青空しか見えない。

 

 「私の相手は月人。だから舞台は月。月面戦争よ。どう、おもしろいでしょ?」

 

 何を言ったのか理解できなかった。

 

 「はは、ははは……」

 

 月に戦争をしかけるだって? おいおい、冗談だろ。何を馬鹿なことを。だって月だぜ? 宇宙だぜ? どうやって宇宙に行く気だよ。

 

 「ははは、ひひ、いひひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 夜空に輝く月。俺が行きたくて行きたくて、何度も跳んで手を伸ばしたあの場所に。

 なんて質の悪い冗談だ。俺は笑いが止まらない。狂ったように笑い転げる。

 

 「あっひゃっひゃっふやあっはははは! いひーっひっひひひひひ! 月だって! 月って、ありえねーよ! あたまおかしいんじゃねーの!? ぶひゃひゃひゃひゃ! げらげらげらげら!」

 

 『GeroGero』

 

 俺に笑われたことが気に障ったのか、妖怪は妖気がこもった威圧をしてきた。ナズーリンは腰が引けてしまっている。俺も体が地面に縫い付けられたかのように重く感じる。だが、そんなことはどうでもいい。

 

 「そんなにおかしかったかしら? なんなら、もっとおかしな目に遭わせてあげてもいいのだけど」

 

 「ふひゃひゃひゃ! わりいわりい! 俺とおんなじこと考えてるバカが他にもいたのかと思うと、くくくく、おかしくてしかたがない!」

 

 「……どういうことかしら?」

 

 「つまりだな!」

 

 俺は体を起して立ち上がる。そして、妖怪に向けて頭を下げた。

 

 「頼む。俺を月に連れて行ってくれ」

 


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