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55話「漬物神の思し召し」

 

 気がつけば、日が暮れる時間。どうやら俺は、時が経つのも忘れて舞い続けていたようだ。俺の漬物神への祈りが通じたなら、今頃この漬物はとんでもないウマさを凝縮した至高の漬物になっているはず。俺は甲羅をどかし、板を取り除く。

 

 「ッ!? な、なんだこの光は!?」

 

 その瞬間、石桶からあふれんばかりの黄金の光が漏れだした。気がした!

 俺は手の震えを抑えられない。恐る恐る漬物へと手を伸ばす。そして、それを食べた。

 

 「……う、うめえ……」

 

 これが、唯一神ツッケモーノの力。全身から生への喜びが湧きあがってくる。満足がいくどころの話じゃない。これぞ、ザ・キング・オブ・キングス・オブ・ツケモノ。

 

 「うめええええええ!」

 

 まずい、理性を抑えきれない。あまりのうまさに発狂しそうだ。もちつけ、俺!

 一瞬でも気を抜けば、今しがた出来上がったばかりの漬物をすべてたいらげてしまいそうだ。早くみんなのところへ持って行って見せびらかそう。

 俺は命蓮寺へ急いだ。

 ちょうど夕飯時だったようで、いつものちゃぶ台にみんな集まっている。ふふふ、驚かしてやろう。俺は『虚眼遁術』を使って、部屋の中へ入った。

 

 「一輪、葉裏さんと雲山はどうしたのですか?」

 

 「雲山は体調が悪いようで、休んでる。葉裏は……」

 

 一輪が口ごもる。なんだか元気がない。あれ、もしかして俺に怒ったことを気に病んでくれてたりするのかな。このツンデレめい!

 

 「食事の時間に遅れるとは、新入りのくせに態度がなっていない。私たちは先に食べていよう」

 

 「だめですよ、ナズーリン。みんなが集まるまで待つべきで……」

 

 がおー……

 

 先に食事をとろうとしたナズーリンをたしなめる寅丸。だが、そのおなかが盛大に鳴った。

 みんないい具合におなかを空かせているようだ。俺は食卓の上に漬物を乗せたお皿を置いて、自分の席に座る。

 

 「……すまん、ちょっと葉裏を探してくる。先に食べていてくれ」

 

 そこで一輪が立ち上がった。俺はそのタイミングで『虚眼遁術』を解除する。

 

 「だれを探しに行くのかな?」

 

 「だれって、だから葉裏を……って、えええええ!?」

 

 突然、現れた(ように見えた)俺に、一同が仰天する。隣に座っている寅丸なんてすっ転びそうになっている。

 

 「い、いつからそこにいたんだ? 全然気づかなかったぞ」

 

 「俺がアサシンという設定を忘れていないかな? この程度の隠密行動は朝・飯・前!」

 

 「いつもアホなことばかりしているから、すっかり忘れていたよ」

 

 辛辣なナズーリンの言葉。俺はアホじゃねえ、狂ってるのさ☆

 

 「あら、おかずが一品、増えていないかしら? これは漬物ね。確か、漬物は今日漬けたばかりのはずだけれど……」

 

 「まあまあ、マダモアジェール、一口お召しになってごらんなさい」

 

 「では、お言葉に甘えて……ぱく」

 

 ちゃぶ台に並ぶ漬物に気づいた白蓮に、それを勧める。箸をつけた白蓮は、漬物を口にし、動きが止まった。

 

 「ひじ、り……?」

 

 食卓に緊張が走る。いつもは菩薩様のようにやさしい笑顔の白蓮。そのにこやかに細められた目が、くわっと開眼する。

 

 「うまい!」

 

 テーレッテレー!

 

 「口に入れた瞬間、香る絶妙な糠の風味。ほのかに広がる酸味と塩味。新鮮さと熟成という一見して矛盾する二つの概念が混在し、そして互いの主張を妨げることなく見事に調和しているわ。何も高級感などない、それでいて、素材の味を余すところなく引き出し、凝縮されたうまみ。まさに、これこそおふくろの味! 母の無限の愛を、ただ漬けるという単純な行為の中で最大限に表現している! 自らの味を舌に押し付ける奢りなどなく、ただすべてを優しく包み込むあたたかな愛を感じる……ああ! もう止まらないわ!」

 

 いつもは遠慮してほとんど食事をとらない白蓮が、皿に山盛りにされた漬物にすさまじいスピードで箸をつける。他の連中はその白蓮の様子に唖然としていた。

 

 「そんなにおいしいのかね?」

 

 「た、食べてみましょう」

 

 「「ぱくり」」

 

 白蓮の勢いにつられたナズーリンと寅丸が続いて漬物を食べた。口に入れた瞬間、二人の表情が危機迫る物へと変わっていく。

 

 「た、確かにうまい……いや、なんだ、このうまさは。思わず自制してしまうほどの危険な香りがする。だが、食う!」

 

 「おいひいいいい! これなら、ごはん何杯でもいけちゃいますうううう!」

 

 やはり漬物神の力はすごかった。みんな俺の漬物をモリモリ食べている。これではすぐになくなってしまうだろう。

 だが、そんな中、一人だけ漬物に手をつけない者がいた。一輪だ。

 

 「どうした、一輪。早く食べないと俺のスペシャル漬物が売り切れるぞ」

 

 「……葉裏、私が食べても、いいのか?」

 

 「何言ってんだ、俺はお前のためにこの漬物を作ったんだよ」

 

 「葉裏……」

 

 いい雰囲気になってきた。一輪はためらいがちに漬物を食べる。

 

 「ははっ、これはうまいな。葉裏は漬物を作る才能があるぞ」

 

 「ああ、俺は漬物神よりおいしい漬物を作るべく啓示を受けた漬物マイスターだからな」

 

 「またお前はわけのわからないことを……葉裏、昼間はすまなかった。漬物石くらいのことでむきになって、しかも、お前を頭ごなしに悪いものだと決めつけてしまった。実はあの後、雲山の介抱をしていたら、寝言で自分が犯人だと白状したんだ。疑って悪かった、すまない」

 

 そう言って、一輪が頭を下げる。俺は一輪の肩に手をのせ、首を横に振った。

 

 「いいんだ、一輪。俺は、ただ漬物をつけてやっただけさ。ところで、これから特大の粗大ゴミを一夜漬けしてやろうと思うんだが、手伝ってくれないか?」

 

 「葉裏……ふふっ、そうだな。私にも手伝わせてくれ」

 

 俺は手を差し出した。仲直りの後につまらないわだかまりなどない。一輪が俺の手をとって頭を上げる。漬物をとりあう食卓の風景がまぶしい。そのにぎやかな喧騒に包まれ、俺たちは笑い合った。こうして、俺と一輪との友情が、またひとつ深まったのであった。

 


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