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42話「鬼女子会」

 

 「びえええええええん! ええええりいいいいいん! うわああああああ! ええりいいいいん! ころしてえええええ!」

 

 俺は泣き上戸だったらしい。酒が入ると感情的になるものだと聞いていたが、俺の場合、真っ先にあらわれた感情は悔しさだった。永琳を取り逃した悔しさが胸一杯にひろがり、切なくて涙が止まらなくなった。ただ悔しい。死にたいくらい悔しい。

 萃香は泣きじゃくる俺の頭をやさしく撫でる。勇儀は、酒とつまみの干し肉を差し出してくれた。

 

 「なあ、萃香。葉裏がなんかやばいくらい負の感情に染まってるのはわかるけど、アタシには嗚咽でなんて言ってるのか聞きとれなかったんだが」

 

 「まったく勇儀はしかたないなあ。つまり、これは失恋だよ!」

 

 「失恋?」

 

 「そう、葉裏にはエイリーンっていう恋人がいた。けど、エイリーンは葉裏を捨てて逃げたんだ。だから、葉裏はエイリーンのことを憎んで悪鬼羅刹になったのさ」

 

 「へー、そうだったのか」

 

 「ちがゆうううう! えいりんつえええええ! えいりんつよくて、おれかなわねえええ! おれはっ、おれうごおおおお! えいりいいいいいいん! うあああ、うあああ!」

 

 「マジで!? 葉裏でも勝てないくらい強いのか!? どんな妖怪だよそれ、うはー、あたしも闘いてー! あ、勇儀、あたしにも酒ちょうだい」

 

 「はいはい」

 

 永琳はもう月へ行ってしまっただろう。今の俺では月に行くことなんてできない。次はいつになったら永琳に会えるんだ。あいつに会えない時間を考えるだけで胸が張り裂けそうだ。

 

 「まったく、葉裏よお、お前はそんなに強いのに、何ウジウジしてんだ! そんな浮気性の男なんか乗り込んでブン殴ってやりゃいいじゃねえか。強くて敵わないってんなら、あたしも一緒について行ってやってもいいぞ?」

 

 「うぐおおお! えーえりん、もういったああああ! とおくにいったああああ! もうあえないいいい!」

 

 「会えないくらい遠くに行ったのか?」

 

 「エイリーンなんて名前の妖怪聞いたことないしなあ。大陸系の妖怪か?」

 

 「ああ、海の向こうの。海なんてどうやって渡ればいいのかわかんないな。確かにそれは困ったもんだ。勇儀、酒」

 

 「はいはい」

 

 それに俺には永琳を殺せない決定的な楔がある。永琳は自分を“マスター”として、俺のウサ耳インターフェースに情報を登録している。これはおそらく、命令権者のことだ。永琳はインターフェースを通して、俺に何でも言うことを聞かせることができるのだ。永琳が『殺すな』と命令すれば、俺は手出しができなくなる。それどころか、そもそもマスターに向けて攻撃行動を取ることすら封じられている。俺は永琳の人形なのだ。天から操り糸を垂らして俺を支配する永琳に、どうやって立ち向かえばいい。俺はどうすればいいんだ。

 

 「うぐっ、ひぐうっ、お、おれはどうすればいい……どうすれば、えいりんにかてるんだ……」

 

 「そんなもん、決まってんじゃん」

 

 萃香はこともなさげに言う。なんだ、もしかして永琳に勝つ妙案でもあるのか。

 

 「強くなれ」

 

 「え……?」

 

 「強い奴に勝つためには、そいつよりもっと強くなるしかない! あたしはあんたと闘ってわかった。あんたはこれからもっと強くなれる。だから、落ち込むな。胸を張って生きろ」

 

 そう言って萃香はニカッと笑う。そんなこと言われなくたってわかってるさ。肝心なのは、どうやって強くなるかってことだろう。何の解決にもなってないじゃないか。

 だが、俺は安心した。体は小さいが、この鬼の心はでかい。俺は萃香の胸を借りて泣く。

 

 「ふっ、今はたんと泣くがいいさ。その涙が、お前を強くするのさ……勇儀、酒」

 

 「もう自分で飲め」

 

 * * *

 

 それから俺は酔いつぶれ、泣き疲れて眠ってしまった。

 目が覚めたときは夕方だった。結構な時間寝ていたようだ。

 

 「起きたのか?」

 

 萃香は布団から出て、まだ酒を飲んでいる。顔の腫れもほとんどなくなり、体を動かすのも支障ないようだ。俺はまだ動けない。勇儀もその隣で一緒に酒を飲んでいた。

 

 「相当、無茶してたみたいだな。まあ、あんだけ暴れりゃ体にもガタが来るだろ。完治するまでここに居ていい。なんならここに住んでもいいぞ?」

 

 「いや、もう出ていくよ。世話になった」

 

 俺は無理やり体を起こし、布団から這い出る。だが、体が言うことを聞かない。すぐに倒れてしまう。

 

 「無理すんなって。別に遠慮しなくていいんだ。あたしはあんたのこと、恨んでなんかないからな?」

 

 「……そんなんでいいのかよ。お前、鬼の親分なんだろ?」

 

 「それでいいのよ。傷心の乙女を放りだすほど、あたしは鬼じゃねえ、なんつって!」

 

 「傷心って……永琳は俺の恋人じゃないんだが」

 

 さっきは余裕がなかったので、訂正ができなかった。鬼たちは永琳が俺の恋人だと勘違いしているようだ。永琳は俺の因縁の宿敵だ。それが想い人と間違われるなど、なんの冗談だ。

 そんなこと、あるわけない。

 

 「いやいや、隠さなくていい。あたしだってこれでも女妖怪のはしくれ! オトメゴコロというやつも、ちゃあんと心得てますっての」

 

 「乙女心ねえ、男っ気がからっきしのあんたにそんなもんが備わってんのか、甚だ疑問だけど」

 

 「なんだと勇儀! あたしにだって恋の一つや二つ」

 

 「ないだろ」

 

 「よーし、ここはあたしがオトメゴコロにビビッとくる恋愛講釈をしてやろうじゃないか!」

 

 「ごまかしたな」

 

 「男って奴はさあ、勝手な生き物だよなあ。どんなに女が一途に想い続けても、あっちへふらふらそっちへふらふら。まあ、雄なんて自分の種を残すことしか考えてないんだろうね。苦労すんのはやっぱり雌なんだよ。でもね、あたしは言いたい。お前らは、一人の女を一途に愛する度胸もないのか! ってな!」

 

 「おおー、いいこと言った。でも、あんた恋したことないでしょ?」

 

 「もう! うるさいな勇儀! じゃあ、あんたはキャピキャピのレンアイしてるわけ!?」

 

 「い、いや、してないけど……」

 

 はあ、こいつらといると、まじめに悩んでるのがバカバカしくなってくるな。

 


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