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39話「アナザー・サイド・萃香」

 

 酒呑童子として人間に恐れられ、この山に居座るようになったのはいつのことだったか。仲間の鬼たちを集めて、勝手気ままにやってきた。酒盛りをしてはしゃぎ、気に入った人間をさらっては勝負を挑む。最近は人間たちが鬼の扱いを心得てきたようで、どうにも面白みがないが。

 満月の夜のことだった。雲もかからない月見酒にうってつけの良い月だ。この山に客が来た。どこぞの馬の骨とも知れない迷子の妖怪だ。調子に乗って勝負を挑んだ鬼が殺された。その後に続いてのこのこ出ていった連中の残らず皆殺しだ。怒りを通り越して笑ってしまう。なんともわかりやすく、すがすがしい奴じゃないか。

 仲間が殺されたことには腹が立つ。だが、鬼が力比べで負けて殺されたのだ。憤慨以前に興味がわいた。

 鬼とは妖怪の上に立つ妖怪だ。その象徴は絶対的な力である。普通の妖怪では真正面からぶつかっても勝つことはできない。妖怪最強の種族だと自負している。その鬼の一族を複数相手にして殺したとなれば、異常も異常、とんでもない大妖怪に違いない。

 妖怪は頂上目指して山を登ってくるようだ。ちょうどいいので、酒でも飲みながら待つことにした。どんな奴がやってくるのか、楽しみである。仲間を殺したおとしまえはきっちりつけるつもりだ。だが、勝負に負けただの勝っただの、きったりはったりは手前の勝手。そんな腕っ節のいい妖怪がいるのなら、ぜひともに酒を酌み交わしたい。命までは取らずにおくかと思っていた。

 だが、こいつはだめだ。一目見て思った。やばすぎる。

 

 「こんばんわー、校長先生ー」

 

 そいつは、私と同じくらいの背丈の少女の姿をしていた。粗末な服と帽子を身につけていたが、鎧だけは巨大でものものしい有様。鎧から突きでたむき出しの手足は、関節がおかしな方向に曲がっており、骨折しているのは一目瞭然だ。どうして平然と立っていられるのか不思議である。肌は傷だらけで全身血まみれだった。そして、右目は潰れ、その穴に剣の鞘を突き刺している。だが、鬼を相手にしたのだから、その程度の負傷で済んだことの方が驚きである。容姿に関しては、多少奇抜だが、妖怪なんてそんな奴ばっかりだ。特に気にならない。

 問題はそいつの放つ気迫だ。ここまで強烈な殺気は感じたことがない。妖力もでかい。私より遥かに上だろう。肌を焼くように突き刺さってくる。厄介な相手だ。だが、それもいい。これは私も手を抜いていられない。本気で命のやりとりをすることになる。

 まったく、勝負の後の酒がうまくなりそうだ。

 

 「その手は食わんぞ! ぱきゅーん☆ ぱきゅーん☆ くそう、やっぱりレーザーが効かない! 肉弾戦で決着をつけるしかない!」

 

 相手もどうやらやる気のようである。私は立ちあがって宣戦布告した。

 さあ、楽しい勝負の始まりだ。

 

 * * *

 

 手始めに、私が座っていた大岩を片手で持ち上げ、投げつけてみた。

 

 「なんて怪力だ! さすが校長先生! 俺も負けてらんねえ!」

 

 すると妖怪は、避けるどころか自分から岩に飛び込んできた。そのまま頭からぶつかり、大岩を頭突きで粉砕する。大した石頭だ。

 

 「食らえ必殺! 暗黒殺法・呪闇拳!」

 

 その勢いのままこちらに突っ込んできた。妖怪の体から黒い霧が噴出する。なんの技だろうか。様子見に、避けずに防御してみる。受け止めた腕に衝撃が走る。みしりと骨がきしむ音がした。

 

 「……! なるほど、呪いね」

 

 黒い霧は私の体にまとわりつくように浸食してきた。これは生ける者すべてに無差別に害を与える呪いだ。しかも、強力極まりない。むせかえるような甘い匂いをさせ、容赦なくこちらの思考能力を奪おうとしてくる。えげつない神経毒だ。

 私は浸食が進む前に、体内から妖力を発して呪いをはねのけた。一発ならどうということはないが、連続で当てられると厄介である。まあ、それなら避ければいい話だ。

 

 「はあああ! 呪闇連衝拳!」

 

 それは相手もわかっているようで、連続で高速の拳を撃ってきた。息を飲むような速度でいくつもの黒い拳が壁のように迫ってくる様は見ていてぞっとしないものがある。私はその一つ一つを落ちついてかわしていく。

 

 「な、なぜ当たらない!? 貴様、エスパーか!?」

 

 妖怪は動揺した。その隙は大きい。連撃の攻撃を見切り、蹴りを胴に差し込む。

 

 「え、なんで? 何が起きた?」

 

 内臓を潰す気で蹴ったのだが、まったく効いていないようだ。多少よろけはしたが、平然としている。それよりも、私の攻撃が入ったことに驚いているようだ。鎧は見た目どおり、頑丈か。ならば、手足か頭を狙った方がいい。

 

 「やるな! 校長! さすが中ボスだ!」

 

 「さっきからあたしのことをコーチョーって呼んでるみたいだけど、あたしの名前は萃香だよ」

 

 「萃香さん!」

 

 「そうそう」

 

 妖怪は、またもや黒い拳で殴りかかってくる。もう決まり手が見えてきた。私はあくびをしながらその攻撃をかいくぐる。それにしても、ひじの関節が逆方向に骨折しているのに、よくこんな無茶な正拳突きをぽんぽん撃てるものだ。可哀そうだから、関節を元の方向に戻してやろう。

 

 ばきっ

 

 「あっ」

 

 私の手刀が妖怪の腕にきまる。おっと、普通ならここで痛みに怯むところだが、こいつはそんなこと気にならないのかもう片方の手で構わず殴りつけてくる。それを受け流して脇に挟み、後ろに回ってひねりあげる。そのまま引っ張って肩を壊した。

 

 「あれ? あれれ? おかしい。なんで?」

 

 「はあ、思ったほどじゃなかったね、あんた。動きがド素人だよ」

 

 確かにこいつの攻撃は速いし、重い。鬼たちがやられた理由も納得できた。だが、動きが読みやす過ぎる。牽制も何もない真っ直ぐの攻撃しかしてこないと、構えを見た時点で予測できる。

 こういう始めから力が強い妖怪というのは、すべての闘いを真正面からの力技で片付けようとする。そして、その方法を通用させるだけの実力がある。格下の相手ならそれで問題なく倒せるだろう。だが、実力が均衡してくると、途端に泥仕合になってしまう。相応の技術を身に付けた相手なら、実力の差を覆して勝利をつかみとることも不可能ではない。

 鬼がいい例だ。最初から力をつけて生まれたばっかりに、いつも決まった一つ覚えの闘い方しかできないのだ。鬼の私が言えた義理ではないが。この妖怪もたぶんそうだ。実戦不足が如実に攻撃にあらわれている。

 はっきり言って拍子抜けだ。こんなんじゃ、全然物足りない。勇儀とじゃれあっていた方がまだ楽しい。やっぱり、考えが変わった。こいつと酒を飲んでも楽しくなりそうにない。ここで殺してしまおう。

 

 「お、俺は強い! こんなところで死ぬわけがない! だってまだ中ボス戦だよ!? えーりんもまだ出てきてないのに!」

 

 「ああ、あんたは強いよ。でも、相手が悪かったのさ」

 

 一撃で仕留めよう。私は妖力を練り上げ、拳にこめる。一息で相手の懐へもぐりこんだ。このまま顎を撃ち抜いて脳天まで砕く。さすがにこの頑丈な妖怪でもただでは済むまい。

 

 「い、いやだ! えーりん!」

 

 「おおお?」

 

 だが、私の思惑ははずれた。なんと、相手の頭が鎧の中にすっぽりと引っ込んだのだ。目標を失くした拳が空を切る。大きな隙ができてしまった。追撃に備えて空中で体勢を整える。だが、相手からの攻撃はない。妖怪は、カメのように手足もすべて鎧の中に隠れてしまったのだ。なんとも芸の多い奴。

 しかし、これでは手が出せない。試しに殴ってみたが、案の定こちらの手が痛くなるほどかたい。持ち上げようとしても、尋常でない重さだった。鬼に言わせるのだから大したものだ。

 

 「おーい、でてこーい」

 

 無反応。つまらない。

 私は大きくため息をついた。ここは向こうが顔を出すまで気長に待つか。

 何かぶつぶつと小さな呟きが聞こえてくる。カメ妖怪は甲羅の中で何か独り言をつぶやいているようだ。私は能力で音を『萃めて』聞いてみた。

 

 「なんで俺の攻撃が効かないんだ!? 俺は負けるのか? ここでゲームオーバー? そんなの嫌だ! あいつはおかしい! 強すぎる! ゲームバランスが狂ってる!」

 

 なにやら、私に対して文句を言っているようだが、聞きなれない言葉ばかりで何の事だかわからない。自分が敵わない理由がわからないらしい。哀れなものだ。

 

 「たすけて、たすけて、たすけて」

 

 最後は命乞いだ。本格的に興味がなくなった。こんな言葉を盗み聞きする価値もない。勝負の最中に逃げ出すなど、妖怪の風上にも置けない奴だ。さっさと殺して、終わらせたいところである。

 ひょうたんの蓋を開け、酒をあおる。早く出てきてくれないものか。

 

 「んあ?」

 

 それは酒を口に含んだほんの少しの隙だった。甲羅に目をやる。気配がない。甲羅はそこにあるのだが、そこから先ほどまで感じていた殺気を読み取れない。

 そのとき、ぞくりと背筋に悪寒が走った。背後にいる。いつの間に移動したんだ。甲羅の鎧を脱ぎ捨てたのか。よしよし、少しは楽しくなりそうじゃないか。

 

 「不意打ちなら、もっと殺気を隠しなよ」

 

 私は後ろへすぐさま振り返る。だが、そこには誰もいなかった。そんなはずはない。さっきまで確かに背後に気配が……

 

 「usagitobi」

 

 その声は、私の後ろから聞こえた。どうやった。なぜ、そこにお前がいる!?

 私は舌打ちしながら振り向きざまに回し蹴りを入れる。相手の体勢もわからないまま放った蹴りは、上体をそらすことで簡単にかわされた。それはいい。この蹴りは牽制にすぎない。相手の姿を視界に捉えた。もう逃がしはしない。

 そこで相手は拳を突き出してきた。またもや正拳突きだ。いい加減、こいつには学習能力というものがないのだろうか。何度やろうと無駄だ。その攻撃は見切っている。

 

 「usagigari」

 

 「な、にいっ!?」

 

 だが、私はその攻撃をかわしきれなかった。正確には拳には当たらなかった。しかし、その拳に纏わりついていた呪いの塊がはじけとんだのだ。呪いの飛沫に触れることくらい、なんでもない。私の身に起こったことは、それとは関係なかった。

 気づいたときには、内臓をやられていた。せりあがってきた血が口から吹き出す。何をされたのか、全然わからなかった。今までの闘い方とは次元が違う。

 

 「ぐ、お……!」

 

 しかも、ただの打撃じゃない。体の中に異物を埋め込まれた。呪いだ。呪詛が肉体を侵食していく。視界が揺らぎ、頭がうまくはたらかなくなる。

 この呪いは、さっきからずっと見せてもらっている黒い霧状のものである。これが体表にとりつく分には、簡単にはらうことができる。しかし、体の中に埋め込まれたとなれば話は別だ。内部の深くにまで打ち込まれた毒は、用意には取り除けない。

 油断した。これだけの力があるのなら、なぜ最初から本気を出さなかったのか。いずれにしても、考えている余裕はない。敵の攻撃の正体がわからない以上、足を止めるのは危険だ。

 呪いで鈍くなった体に鞭を入れ、一時後退する。相手は当然、追いすがって来た。甲羅を脱ぎ捨てて身軽になったのか、さっきまでとは段違いの速さだ。いや、それだけじゃない。何か他にも術を使っている。この速度は異常だ。

 

 「A-rin,A-rin,A-rin,A-rin, A-rin,A-rin,A-rin,A-rin, A-rin,A-rin,A-rin,A-rin」

 

 動きはさっきまでと同じだ。予測しやすい、読みやすい軌道で動いている。だが、その速度を認識できても、反応が追いつかない。単純に私より圧倒的に速いのだ。

 拳が飛ぶ。回避は間に合わない。とっさに腕で防御する。黒い衝撃がはじけた。

 あっけなく折れる腕の骨。それでも力を殺しきれず、余波が胸を貫通した。肋骨が砕け、心臓と肺が押しつぶされる。そして、痛みよりも先に走る虚脱感。喪失感。悲壮、停滞、憎悪。呪いの毒が体を巡る。

 目がかすむ。ここで意識を手放してはまずい。妖怪は、自分の目玉に刺さった刀に手をかけ、刀身を引き抜く。

 

 「Help, me!」

 

 黒く光る短刀が風を切った。その閃光は瘴気を帯びて軌道上に線を描く。

 私の左の肩から先がなくなる。鮮血が舞った。

 ああ、これは死ぬかもなあ。いや、ほんと。

 

 「……やっぱ、撤回する。あんた、最高だ」

 

 私は能力を行使する。『密と疎を操る程度の能力』だ。あらゆるものの“密度”を操る力。それは事物の構成要素の“集合”と“分離”を自在に操ると言い換えてもいい。あいにく、相手の体をバラバラにするなんてことはできないが、こと自分の体をいじる点においてはかなりの融通がきくのだ。

 私は切り離された左腕を『萃めた』。時間を巻き戻したように腕が元通りになる。

 ニヤリと口もとをゆがめ、地を踏みしめて気合いを入れる。

 

 「うおおおおあああああああああ!!」

 

 「Aha-ha-Aha!」

 

 私は突進した。一寸足りとも怯んでやるものか。

 妖怪が刀を振り上げる。その筋を読み、腕を差し込んだ。斬り飛ばされる。構わない。そのまま残った方の拳で腹を殴りつける。鳩尾に叩き込んだ拳を振り抜く。妖怪は枯れ葉のように宙を舞った。軽い。鎧の守りを失くした妖怪の体は脆かった。

 吹き飛ばされて地面を転がる。ふらふらと立ちあがった妖怪は口から大量の血を吐きだす。これでお相子だ。その顔に苦しみはない。狂ったように笑っていた。そうこなくっちゃ。私は斬られた腕を元に戻す。

 元に戻すと言っても、完全に再生することはできない。外傷はなくなり、一応問題なく機能するが、こんな反則的な技を使い続ければ色々と不具合がでてくる。ここまで精密な能力の行使は久しぶりなので、疲労も半端ではない。痛みも蓄積していく。なにより注意すべきは、あの呪いだ。効果は地味だが、確実にこちらの体力と精神力を奪っていく。

 だが、楽しもう、この命のやりとりを。力の限り、な。

 


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