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31話「アナザー・サイド・輝夜」

 

 私は屋敷の縁側に座り、月を見上げていた。

 今はまだ新月から生まれたばかりの細い三日月だが、じきに満ちる。悠久の時間を生きる私にとって、次の満月が訪れるまでにかかる時間などあってないようなものだ。

 だからこそ、時間は貴重。幾千の金にも代えられぬほどに、この一瞬には価値がある。だが、私は退屈だった。こうして月を見ながらわが身を憂うほどには。

 私は月人だ。月の世界の住人。この穢れた地上に生きる者たちとは違う。生にも死にもとらわれず、ただ無為なる存在となることを望むやんごとなき月人のあり方は理解できるが、それは私にとってあまりにも味気ない。だから、私は地上へ来ることを望んだ。煩悩への執着に溺れ、穢れに満ちたこの世界は実に面白い。

 永琳に作らせた“蓬莱の薬”によって、私は不老不死の体を得た。月人は不老の肉体を持つが、不死ではない。不死となることを求めるは、すなわち生への執着、すなわち穢れ。それは月人の思想に反する。それがゆえに、私はあえて蓬莱の薬をあおった。不死となることなどどうでもよいことだが、私が望んだのはこの身に穢れを宿すことだ。

 穢れたこの身に与えられた罰こそ、地上への追放である。要するに、私は地上へ行きたいがために禁忌を犯した。後悔などしていない。おじいさんとおばあさんに育てられたこと、言い寄ってくる男たちをあしらうこと。地上での体験は、どれも私にとって新鮮で好奇心を満たしてくれることばかりだ。

 だが、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。次の満月がくれば、私の地上への追放期間は終わる。それを思えば、ため息の数も多くなるというものだ。最近は月を見ながら物憂げな顔ばかりしている。おじいさんとおばあさんにも心配をかけているようで忍びない。だが、センチメンタルなお年頃の娘だと思って諦めてほしい。

 

 「はぁ……」

 

 家庭教師の永琳は私のために蓬莱の薬を作ってくれた。つまり、私が地上に残りたがっていることを知っていることになる。永琳はなぜか私に甘いので、私が地上にとどまりたいと言えば手を貸してくれるだろう。切れ者の彼女のことだ。すでにその準備を進めているだろう。

 しかしそうだとしても、もうこの場所には残れない。月の監視の目を避けながらの逃亡生活を余儀なくされる。退屈していた私に一時のエンターテイメントを提供してくれたこの場所には、それなりに思い入れもある。なんとも、ままならないものだ。

 

 『くせものじゃー! ものどもであえー!』

 

 『妖怪がでたぞ! こっちへ向かって来ている!』

 

 『悪霊退散♪ 陰陽師マダー?』

 

 なにやら、今夜は騒がしい夜だ。静かに月を見る夜もいいが、都の穢れにまみれた喧騒に耳を傾けながら見る月も、また一興……

 

 ドドドドドドドド……ドカーン!

 

 そして、唐突に屋敷の塀を突き破って現れた得体のしれない妖怪と出会うのも、一興というものだろう。

 その妖怪は人型だった。全身土まみれでよくわからないが、おそらく少女の形をとっていると思われる。鬼のような形相を浮かべ、背中に大きな岩のような物を背負い、さらに身なりからして貴人と思わしき人間を抱えている。人間の方はぐったりしているが死んではいないようだ。妖怪は体中に陰陽道の力が込められたお札が貼りつき、紫電を発している。これだけ派手にやられておきながら、倒れる様子など毛ほども感じない剛毅さ。かなりの力を持った妖怪なのだろう。

 

 「おう、輝夜。久しぶりだな。やっぱり、俺の考えは間違ってなかったぜ」

 

 「?」

 

 妖怪から敵意は感じない。禍々しい気を放っているが、それが彼女の自然体らしく、こちらに殺気を向けるようなことはなかった。近頃は私の噂を聞きつけ、さらいにくる妖怪も多かったのだが、彼女はその類ではないようだ。

 それに、なんだか私のことを知っているような様子である。こんな妖怪と以前にどこかであっただろうか。いや、記憶にない。

 

 「俺もこんなところに長居はしたくねえ。お前に聞きたいことがあるんだよ」

 

 「私に答えられることなら」

 

 「永琳は生きているのか」

 

 ……驚いた。まさか、ここで永琳の名前が出てくることなど、誰が予想できよう。

 月となんらかの関係がある妖怪なのか。それこそありえない。

 

 「あなたは何者? どこで永琳の名前を聞いたの?」

 

 「一億年前にお前の口から聞いたのさ」

 

 意味がわからない。しかし、嘘をついている様子もない。

 一億年前になど、私は生まれてもいないのだ。そのころと言えば、永琳ならぎりぎり生きていたかもしれない。ということは、この妖怪は永琳と同い年ということになる。頭が痛くなってきた。到底、信じられる話ではない。

 

 「お前のその反応を見て、確信したぜ。永琳はまだ生きているんだな」

 

 妖怪は笑った。だが、その笑顔は邪悪だった。何かにとりつかれたような狂気の笑み。鳥肌がたった。これは稀にみる洒落にならない相手だ。今の私は服役中のため、能力が封印されているので、この妖怪とまともに戦えそうにない。まあ、不老不死なので死ぬことはないのだが。

 

 「……仮にそうだとして、あなたはそれを知ってどうする気なの?」

 

 「お前とは色々話がしたかったんだが、俺にはあんまり時間がない」

 

 屋敷のまわりに人が集まり始めた。それは、これだけの騒ぎを起こせば当然だろう。妖怪退治を生業とする陰陽師が、都にはぞろぞろいる。塀に開いた穴から入って来た陰陽師が、印を結んで結界を作り始めた。

 この妖怪もさすがにここにとどまり続ければ身が持たないだろう。一方的にやってきて、一方的に質問し、一方的に帰っていこうとしている。まったくもって理解ができない。

 が、面白い。

 

 「待ちなさい」

 

 私が一声かけると、妖怪は律儀に立ち止まってこちらに振り返る。もうほとんど結界は完成しているというのに、まるで堪えていないようだ。もっと上位の陰陽師でないと対抗できないだろう。

 これほどの妖怪が今ここに現れたということに、私は少なからず喜びを感じている。私の退屈を紛らわしてくれたお礼だ。彼女には、私のさらなる余興になってもらう。

 

 「次の満月の夜、ここに来なさい。あなたが探している人と会えるわ」

 

 妖怪はニヤリと笑った。その口元は今夜の月のような三日月の形。ただし、赤い。

 底冷えするような妖気をばらまいて、妖怪は風のように去って行った。結界はあっさり破られている。抱えていた貴人を残して、影も形もなくなっていた。

 

 「さて、これは面白くなってきたわ。ふふ、あの永琳の驚く顔が見られるかもしれないわね」

 


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