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193話「神命『強制停止プログラム』」

 

 パチンと、泡がはじけるように夢から覚めた。

 

 『師匠! 師匠、しっかりして!』

 

 誰かの声が聞こえる。そこにいる。

 

 『本当に、コレ取っちゃってよかったのかー?』

 

 『打ち合わせ通りなら……私たちにできることはこれしかないチン! 師匠がどうしようもなくピンチになったら、コレを引きちぎるように頼まれたチン!』

 

 頭が寝ぼけている。記憶が欠落している。自分が誰なのかすらわからない。まだここは夢の中なのだろうか。

 しかし、この眼を見開いたとき、あらゆる意識がクリアに入り込んでくる。世界が鮮明に焼きついた。嵐のような刺激が全身を駆け巡った。無数の未知が襲いかかってきた。

 誕生だった。

 

 『師匠、コレ……』

 

 誰かが何かを差し出してきた。俺は受け取る。汚れたボロキレが三つ。何の役にも立ちそうにない、ただのゴミだ。なのに、俺の心を打った。未知に一つの穴を開けた。

 やるべきことがあった。俺はそれを果たすためだけにここにいる。もう色々なものを失いすぎて、それが何なのか忘れてしまったけれど、根底に埋まっているのだ。錆ついて動かすこともできないほどの何かが。

 わかる必要はなかった。それがたとえ意味のないことだとしても、他人に踊らされた結果だとしても、そんなことは関係ない。

 見えない何かに突き動かされる。自分の体が自分でないように感じる。それでいい。間違いも正しさも、どこにもない。この激情を俺は信じる。

 

 目標は見えていた。その人物の姿だけは、はっきりと見える。矢をつがえない弓を引き、待ち構えている。結界に守られているようだが俺にはその中身が見通せた。彼女は目を閉じている。音も聞こえていない。なるほど、対外的感覚を完全に閉ざすことで俺の能力による察知を防いでいたのか。何がなるほどなのかわからないが、とにかくなるほどだ。

 

 行こう。もう十分に夢を見た。目覚めの時を教えてくれたボロキレを握りしめ、俺は走った。

 

 『師匠! 行っちゃダメ!』

 

 相手にこちらの姿は見えていない。一撃だけなら通せる。一撃だけなら俺の体も、もつ。

 気づかれればそこで絶たれる。引き絞った弓に矢は無いが、その弦が弾かれたときの衝撃は今度こそ俺を壊すだろう。

 今、こうして走る速さよりも早く俺の思考は回った。だが、結局のところ、何かを明確に考えているわけではない。ふざけたことに俺はこれから何がしたいのか、それさえわかっていなかった。

 ただ、感情の動くままに。

 このままいけば一発殴るくらいのことはできるだろう。果たしてそれで足りるのだろうか。自分が求めるものの意味がわからない俺には、それが適当であるかどうか判断できない。しかし、どうせなら多い方がいいはずだ。与えられた機会は一回。一回で二発殴ればいい。そう、自分の認識すら及ばないほどの速さで攻撃すれば、まるで同時に二撃を放つことだってできるだろう。

 そして、その先に何がある。

 見えた。

 あと一歩でたどり着くその瞬間、その人の目が見開かれた。

 その人の目を見た。

 心が燃え上がる、熱を感じた。

 焦げ付いた記憶の痕が一瞬の閃光とともに、その影を浮かび上がらせる。

 そうか、この人にもらったのか。

 

 『借りを返すぞ、××』

 

 弦を引く手は、動かなかった。

 

 心を散り散りに、乖離する精神は身体をぶらす。肉を分ける。なによりも速く多く、かわされることなく、この連撃は完成する。

 

 一発目は左側頭部に。

 二発目は右側頭部に。

 三発目は尻の穴に。

 

 ボロキレをぶちこんだ。

 

 

 * * *

 

 

 俺は為し終えたのか。

 歓喜か、恐怖か、安堵か、悲嘆か。この感情を表す言葉を失った俺には、わからない。

 ただ、満ち溢れていた。言葉で言い表すことができないがゆえに、大きかった。

 たった一つだけ、俺に残された思い。

 わからないのなら、名前をつけたい。言葉の枠にはめこんでしまえば、形を見ることができる気がした。難しく考える必要はない。きっと、それは陳腐な言葉で表せる。

 

 これは『アイ』だと、そう思う。

 

 体が崩れていく。感覚が徐々に消えていく。

 モノクロの空に光がさした。夢が終わる。

 夜が明ける。遠い昔に見たきりの朝日が、そこにあった。

 

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