188話「逆再生『リバースゲーム』」
永琳が何をしようとしているのかは、わからない。ただ、戦場において無駄にする時間は一秒もないと言うことだけは確かだ。
ロボットからの一斉掃射、その第二波がいつ来るか。生物ではないそれらの攻撃の初動を見切ることは困難を通り越して不可能だった。発射された後でなければ回避行動はとれない。予測できるのは射線のみ。弾の発射口はごく小さく、明るいといえども払いきれない夜闇に、容易に隠されてしまう。ただでさえ読み難い射線は二十もの数が交錯し、その網から逃れるだけでも至難の技だ。結界の向こう側にロボットが配置されている以上、こちら側から攻撃することもできない。
この攻撃に対処するためには一旦、回避するに十分な距離を取る必要があった。しかし、俺の動体視力と機動力なら、十分に動き回ることができる余裕さえあれば、まだ見てからでもかわせる弾速である。爆発後の効果範囲が広い点からも、行動できるスペースを確保せざるをえない。
不測の事態に対し、一時後退して仕切り直す。
では、はたしてその誰もが取りうる単純な対応を、彼女は考慮していないだろうか。それを許すだろうか。たかがロボット兵器の機械的な弾幕攻撃に任せて、このまま勝負を終わらせようと考えるだろうか。
まずもって、後退すること自体が不可能だった。結界内に入ったが最後、前に進めないことはもちろん、後ろにも下がれなかった。乱れ撃たれる弾幕を横っ跳びに回避したのに、その移動が否定される。動いていないことに“なっている”。
それだけではない。次なる変化はすぐに起きた。俺の周りを取り囲むように、妖力弾が突如として出現したのだ。青白く光る12の結晶体だった。妖力で形成されており、宝石のように輝いている。
永琳の視線から、この攻撃が彼女自身の術によるものであることを瞬時に読み取った。結晶体そのものに危険性は感じない。そして、直感的にこれが何であるかを悟る。
固定弾だ。敵を直接狙わず、追い詰めるための布石として回避行動の障害となるようにばらまく弾である。このような妖力弾の使い方は弾幕ルールの流行とともに近年になり発達した概念である。今では基本中の基本として扱われる戦術だ。
俺を包囲するように、文字通り空間に固定された妖力弾を作りだし、身動きを取りにくくする。実に基本に忠実な戦い方だ。
しかし、今ここで起きている勝負は弾幕“ごっこ”ではない。動きを阻害するなどという生易しいものではなかった。結晶体同士を結ぶように青白く光る糸が瞬時に形成され、俺の体にまとわりついて雁字搦めにする。単に線を描くだけの糸の形成は自動的な術式であり、俺の能力で操作することはできなかった。妙な硬さと弾力を併せ持つその糸は渾身の力をこめても千切れない。完全に拘束された。おそらく、この糸をどうにかするより元となっている結晶体を壊した方が早いと判断する。
しかし、行動を起こそうとする俺を爆風が襲った。無数の鉄のつぶてが体に食い込む、炎が体を焼く。熱それ自体は脅威ではなかったが、火の壁により閉ざされた視界は厄介だった。射線が見えない。兵器に視線がない以上、目視による攻撃の回避ができない。それ以前に身動きもままならない。集中砲火を一身に受け止める。かろうじて腕を顔の前に回し、目を守るだけで精いっぱいだった。
また、この散弾には毒が塗られているらしかった。俺に耐性がなければ既に死んでいるくらいには強力な毒だろう。撃たれた部位の感覚が失くなっていく。それは毒の影響かと最初は思ったのだが、どうも違うようだ。被弾部が自ら死んでいる。枯死しているのだ。俺の腕のように木質化している。本能的な自衛反応なのだろう。毒に冒される前に患部を切り捨てることで侵食を押さえている。
だが、それはこの状況を好転させる要素になりえない。八方塞がりだった。結晶体の破壊を試みるも、すさまじい密度の妖力で構成されたそれは簡単には壊れない。破壊は可能だが、その間にも敵の攻撃は続く。
そして、永琳はここで極めつけを出そうとしていた。急激に高まる害意を探れば、爆風の切れ間に一瞬見えた永琳の姿。その手には矢をつがえ、引き絞られた弓があった。
射られる。未来視と見まがうばかりの幻影が脳裏をよぎった。それほどまでに冷酷な殺気が圧力でももつかの如く叩きつけられる。当然、注目を操作したが、永琳はそれすら看破した。射線を修正してくる。視覚のみならず全ての感覚に直接誤認を与える俺の能力を越えて、正しい目標を導き出している。
修正はされる、しかし注目をずらせば再び射線をずらせる。俺の能力が効いていないわけではない。だが、俺にさける意識の量も有限なのだ。ただでさえ手いっぱいのこの状況で、永琳の弓による直接攻撃がもたらす威圧は、俺を追い詰めるのに十分すぎた。おそらく、こちらが結晶体を破壊するような攻撃の隙を見せれば、寸分違わず俺の能力をかいくぐって矢を撃ちこんでくるだろう。
ジリ貧どころではない。圧倒的物量で押しつぶされる。果たして戦闘を始めてから何分が経っただろうか。もう終わる。間もなく死ぬ。絶対に抜け出させない、決め手を使ってきた。
何発くらったかもわからない散弾が足元ではじけ、腹をえぐる。その毒は、思った以上に根幹へと届いていたらしい。ガクリと膝が曲がった。致命的な隙が生じる。反応に遅れた俺が気づいたとき、その瞬間、永琳の弓から一閃の光が放たれた。




