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186話「天丸『割れた壺中の天地』」

 

 門をくぐり、駆けだした。それと同時に符術を使う。

 

 「金遁『妖鋼塊鳴』!」

 

 血のにじむような修練の末に、俺は五行の金の属性を扱えるようになった。それでも、一つしか術を作ることはできなかった。その唯一の金遁がこの術である。

 持ってきていた鬼の鎖を両手に巻いて握りしめ、事前に腕に貼っておいた符に妖力を通す。術式が作動して腕全体に金属質な光沢が広がっていった。腕部表層の性質を一時的に金属へと変化させる。効果はこれだけだ。これにより、木製だった腕の耐久性を上げることができる。さらに鬼の鎖をナックルのように巻きつけることによって強化している。これで簡単に壊れることはない。

 間接部の強度を増すために肘と肩以外の関節部は全て金属化させて固定した。手先は動かせなくなったが、殴るだけなら問題ない。

 

 永琳は、ここから目測で30メートルほど離れたところに立っている。動く様子はない。待ちに徹する構えか。

 だからと言って、攻撃をしてこないわけではなかった。

 永琳が空を指差すように手を上げて、小さくその指を回した。すると、上空に光のサークルが出現する。かなりの大きさがあり、膨大な妖力を感じた。一見してただの光の輪である。

 だが、よく見るとそれは妖力弾の集合体だった。粒弾が輪を描くように高速で回転しているのだ。弾がつぶれて楕円状になるほどの高速。その一つ一つに込められた妖力の量もさることながら、すさまじい速さだった。空気の擦れる鈍い音が響く。

 

 何をする気か、まだわからない。しかし、危険であることは十分にわかりすぎた。そして、この程度の危険は当然にして予期していた。速さは威力だ。無意味に回転させているとは思えない。少なくともあの速さで向かって来るはず。

 この勝負に命を賭けているのだ。こちらも出し惜しみはしない。

 

 俺は妖力弾の輪を“見た”。その上で、予測する。

 百見心眼の精度を極限まで高めた。これは俺自身の注目を能力によって対象に集中させる技。そして、相手の注目がどこに集まっているかを探る技。俺の眼の中に、無数の光弾の影が全て収まる。弾の軌道を相手の注目から逆算する。

 

 見切った。着弾点を瞬時に割り出した。全弾、俺を狙って飛んでくる。その光景が写真機の中でフィルムに焼きつく像のように浮かび上がってくる。恐ろしく複雑な弾の軌道だが、最終的にどこに当たるのかさえわかれば見た目に惑わされることはない。

 回避は可能だ。黒兎空跳で移動し続ければ永琳はこちらを捕捉できない。

 

 だが、俺はその行動を取らない。

 こんな攻撃は小手調べにすぎないのだ。せっかくの決戦だというのに、開幕早々逃げ回るのか。ありえない。

 

 「殺法『百見……」

 

 逃げる、避ける、防ぐ、必要がない。その弾幕は、俺“を”かわす。

 

 「……虚眼操術』」

 

 次の瞬間、光の粒が一斉にはじけた。遠心力を再大まで高めたその加速エネルギーを全く失わず、円の内側にいるはずの俺に向かって、不自然なカーブを描き飛来する。超高速で不規則にぶれる光弾の動きは混沌としていた。なのに、美しい。分子運動。見たこともないのに、それを想起させる。

 

 避けさせる気など微塵もない光弾の嵐。俺はその弾幕を前に、立ち尽くしていた。電撃のような閃光を放ち、光の尾を引いて弾が落ちてくる。一発の威力はそこまで高くはないが、一発当たれば済む攻撃ではなかった。地面に落ちた光弾が火花を散らす。

 一、十、百。一秒も経たない間に、それだけの数の光弾が降ってくる。普通なら目で追えない。なすすべもなく焼きつくされてしまうだろう。

 

 そして、俺はその火の海の中を、いまだに無傷で立ち尽くしている。

 攻撃を行うとき、人は必ず対象を“狙う”。たとえ当てずっぽうに放たれた攻撃であったとしても、そこには相手に当てようとする意思がある。狙いのない攻撃はない。俺はこの“狙い”を注目であると拡大解釈する。今まで行ってきた攻撃の予測は、この狙いを把握することによって成り立っていた。ならば、それ以上のこともできるはずだ。

 予測するのみならず、掌握する。敵の狙いを捻じ曲げることで、始めからこちらに当てさせなくする。これこそが殺法『百見・虚眼操術』。「注目を集める程度の能力」の集大成と言って過言ではない奥義だった。

 

 以前から限定的にだが、この技を利用する場面はあった。『虚眼遁術』により、相手の注目をそらして攻撃をある程度妨害することはできた。

 『百見・虚眼操術』は、それを完全な行動支配の域まで昇華させた。直感的錯誤として偽のヴィジョンを相手の意識に植え付け、幻視を見せる。一時的にだが、俺の能力を「注目を操る程度の能力」へと進歩させる破格の大技である。

 修練時の成功率は一割を切っていた。それもごくわずかな時間のみのことである。あまりにもその効果は絶大すぎた。脳の処理能力を超過することを前提とした禁忌の術は、やすやすと使えるものではなかった。

 

 しかし、見よ。今、俺はこの術を完全に制御できていた。俺の持ちうる技術を凝縮させる。ひたすらに自分の内面へと意識を集中させる。自己を極限まで“凝視”する。

 光弾は、かすりもしない。

 

 反撃だ。

 俺は妖力を練った。妖力弾を作りだし、永琳に向けて弾幕を放つ。

 

 

 『コノ対象ハ“マスター”登録サレテイマス。攻撃対象ニ指定デキマセン』

 

 

 けたたましく脳内に響く警告音。カエルの声。それを無視して弾幕を張った。凶弾の雨が、夜の薄闇を切り裂き進む。

 だが、敵もまたその脅威を前にして、その場から動かなかった。

 妖力弾は一発も永琳に当たらない。当たる弾がない。永琳の立つ場所だけが切り取られたように、弾がそこを通らない。

 原因はわかりきっていた。頭に刺さったアンテナが俺に命じているのだ。主人に逆らうことは許されない。永琳に当たるはずのショットだけ、自動的に行動をキャンセルされていた。

 

 まだだ。俺は掌の中に妖力を握りこみ、圧縮した爆弾を即座に形成する。

 三技の一つ、黒白閃兎であるが、この技も改良を加えてきた。片手で圧縮できるようになり、両手を使って一度に二発の弾を作られるようになった。二倍の効率で強力な爆撃を敵に見舞う。

 

 粉塵が巻きあがり、永琳の姿は煙に隠れた。なおも黒白閃兎を撃ち続ける。爆発音が何度も鳴り響く。

 しかし、手ごたえはなかった。爆破の効果範囲に永琳はいない。感覚でわかった。そうなるように俺が投げてしまっている。その証拠に煙の中から、こちらに向けて妖力弾が飛んでくる。その弾もまた、俺には当たらない。

 

 互いに立ち止まったまま一歩も動かず、妖力弾を撃ち合い、その全てが無駄撃ちに終わる。それは、弾幕勝負とはかけ離れた異質に歪んだ潰し合いでしかない。

 やはりそうなるか。この程度の攻撃では埒が明かない。あの技でなければ。最高の一撃でなければ、永琳には届かない。

 

 ちょうど空の上のリングが光弾を吐き出し終え、消失した。敵の弾幕が途切れる。頃合いだ。俺は強く前へと踏み出した。

 

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