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185話「Final stage 熟れ落ちた夜空の珠」

 

 判で押したような竹が並ぶ。狂気を讃えて耳を澄ませゲ

 どこまでも同じ景色が続く。           ロ

 けれども慊焉だ。                ゲ

 低徊を繰り返す。                ロ

 右右右。                    ゲ

 左左左。                    ロ

 暗暗裡としてふらつく足取り。          ゲ

 よろめくうちに迷いは解けた。          ロ

 少しずつ溶けていく。              ゲ

 したたり落ちていく。              ロ

 黒が垂れては黒が広がる。            ゲ

 濁った樹液と膿んだ臭い。            ロ

 切っては繋ぎ切っては繋ぎ。           ゲ

 にじむ主観が整序を薄める。           ロ

 心臓のないこの身が熱い。            ゲ

 此の世ならずの佚楽の夢。            ロ

 生きる死ぬも終わる場所。            ゲ

 手を伸ばせばたどり着く。            ロ

 常盤堅盤、千古無窮、              ゲ

 常住不断、万古長青、              ロ

 永遠不変の門は開く。              ゲ

                         ロ

 * * *                   ゲ

                         ロ

 門が開く。                   ゲ

 足を踏み入れる。そこは清浄と不浄が入り混じる世界だった。

 天を突くように伸びた巨大な樹が生えている。塔のごとき大樹は空を覆い広がる枝に、多くの実をつけていた。光り輝く白い球。真珠のような光沢を持つそれもまた、巨大だった。空に実る大量の月。まるまると太った実は枝から落ちた。地面にぶつかり、柔らかい果肉がはぜる。綺麗な外皮の中身は腐っていた。おぞましいガスを発し、ぶつぶつとした固形物が混ざった真っ黒な流動体。次から次に、際限なく実っては落ちてくる熟した実が、整備された地面を汚している。

 

 そして、その光景の中に奴はいた。

 

 見ただけでイッた。汁が出る。黒い。

 ただただ笑いが溢れた。ゲロゲロと鳴く。それに呼応するように、大樹の実が一斉に落ちてくる。ばちゃばちゃと音を立てて穢れをまき散らす。

 

 「ああ、長かった」

 

 「ええ、長すぎた」

 

 奴と距離は離れており、その声は呟くような小ささであったが、俺の耳にはしっかりと届いた。耳朶を打つその声が、俺の神経を震わせる。この時をどれだけ渇望していたのか、ここに来て真に理解した。これまでに奴と、こうして相まみえ話をした時間はすべて合わせても、10分にも満たないほどのことだっただろう。俺が生きてきた時間と比較すれば、砂漠の砂の一粒に等しい微々たるものだ。だが、その一粒が俺のほとんどだった。

 

 「おかしいなあ、こうなる日をずっと待っていたってのに、いざその時になると何て言ったらいいのかわからない」

 

 言いたいことはたくさんあったが、そのどれもがしっくりこない。思いは極めてシンプルだというのに、言葉にすることができなかった。こんなことならカンペでも準備しておくべきだったか。

 

 「では、私はあらかじめ考えていたセリフを言いましょう」

 

 「用意がいいな。それで?」

 

 「『長きにわたり多大な苦痛を、あなたに負わせてしまったことを謝罪します。申し訳ありません。私に出来る限りの償いをさせてください』」

 

 「ほう、償い! だったら話は簡単だ。さっさとこの耳をはずしてくれ」

 

 「それ以外で」

 

 「なら、お前の命をくれ」

 

 「それ以外で」

 

 「……ックックックヒャッヒャッハハハハッ!!」

 

 良いジョークだ。腹を抱えて笑う。心底面白い。なによりどんな些細なやり取りにせよ、この会話そのものが俺にとって珠玉だった。この世のいかなる名酒だろうとこの酩酊感は味わえない。喉が鳴る。これでも、まだなのだ。まだ序の口。もっと溺れることになる。そうしたら、どんなに気持ちいいことだろう。

 

 「そうでないといけない。やっぱりお前は最高だ。俺が何のためにここへ来たのか。俺が何を望んでいるのか。もうわかっているよな?」

 

 奴の言葉に謝罪の意などかけらもない。弓を持ち、矢筒を背負い。その目はどこまでもまっすぐに俺だけを見ていた。能力により俺にはわかる。常人とは次元の違う観察力だ。深く鋭く貫く射抜く、視線。この俺が、見られているだけで冷やりとさせられる。

 最初から戦う気なのだ。悪びれる様子もない。当然だ。俺はあいつのことを恨んでいるが、あいつのしたことが間違いだと思ったことは一度もない。むしろ、罪悪感にかられて本当に自分の命を償いとして差し出すなんてことをされたら、その方が許せない。そんなことで許された気分になろうだなんて虫がよすぎる。

 俺の憎悪を肯定しろ。その上で、お前は最強であり、傲慢であり、残虐であり、冷徹であり、誰よりも俺の敵でなければならない。

 

 「あらゆる病気や怪我も治せる薬を作ることができようになった私でも、その苦痛は癒せない。あなたは既に、存在自体が病気そのものになっているから」

 

 しかし、お前は俺の理想とは異なるのだろう。

 目を見て感じる。言うなれば、素直だった。快楽殺人者のような嗜虐は一切なく、死刑執行人のような高潔さも一切ない。外連味のない、まともな殺意。混ざりっ気なしに俺を殺そうとしている。それはひどく直接的で、重かった。

 

 「だからこそ私が、あなたを治します」

 

 良い。その言葉を待っていた。この前とは違う。取り逃がす心配はない。誰の邪魔も入らない。俺たちだけの戦場で、お前は俺のことだけを見ている。今、お前は俺のことだけを考えている。俺の期待に応えようとしてくれている。

 その事実がたまらなく甘美で。もう、言うことはなかった。後は死闘を残すのみ。だが、恰好つけに蛇足を一つ言っておこう。

 

 「全力で殺しにこい。その全てを打ち破り、今日までの憎悪をこの拳にのせて、お前に叩きこんでやる。報いを受ける覚悟をしておけ、八意永琳!」

 

 俺が断言した。

 

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