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184話「Stage5 汚き夜の鬱、奇しき澱」

 

 竹林は騒がしかった。そこかしこに何かが潜む影がある。だが、俺が近づくとなりをひそめて気配は消えた。

 弟子たちは誰も帰ってこない。あの程度の敵を倒すのにいつまで時間をかける気だ。役立たずども。

 最高の夜のはずなのに、この苛立ちはなんなのか。考えられる原因はいくつかある。特に俺の気に障っている問題は、背中のドラム缶の中身だった。

 俺は一旦足を止めて缶をおろす。蓋を開けて中を見てみる。穴が小さすぎて何も見えなかった。本当に何も入っていないかのような錯覚に陥る。缶を傾けたり振ったりするとチャプチャプと液体の揺れる音がする。そこにいないわけではない。だが、あまりにも実感のわかない希薄な存在感だった。

 

 「おい」

 

 缶を蹴る。反応はない。

 ここまで連れてきたはいいが、リリが戦力になる見通しはまだ立っていなかった。このまま永琳との戦いに投入したところで何の助けにもならない。

 というより、むしろ邪魔なのだ。こいつの近くにいると俺の能力がひどく弱まる。うまく言い表せないが、注目がそれるというか。リリも何らかの能力を持っているのではないだろうか。それによって俺の能力の行使が妨害されている。

 敵味方の区別なく、無差別に力をふるっているのだろう。あるいはそんなことを考える知能もないのかもしれない。クトゥルフ神話の眷族たちを召喚した者が、召喚対象を従わせることができずに反抗されるのはよくある話だ。

 

 いずれにせよ、リリのこれからの処遇をはっきりさせる必要があった。これは俺の希望を呼び覚ましてくれた大切なものだ。神への反逆という道を示す象徴。その意味は、安くない。捨てていくことはできなかった。不思議な力があるようだし、もしかしたらここぞといいうときに真価を発揮して永琳をやっつけてくれる、そんな伏線もあるのだろうか。

 しかし、とても楽観視はできなかった。命がけの戦いになる。一つ選択を誤れば次の瞬間には死んでいるような、そんな戦いになるはず。足手まといにしかならないお荷物を持って行く余裕がないことも事実だった。

 

 「意味はあるはずなんだ。そうだろ?」

 

 お前がここに存在する理由はなんだ。俺の前に表れた理由はなんだ。

 それは俺の力になってくれるためなんだろう?

 だったらなぜ俺の思い通りにならない。いつまで引きこもっているつもりだ。さっさとその窮屈な繭から孵化しろ。俺を助けろ。

 さもなくば、その力を渡せ。

 

 「……そうだ、その手があった」

 

 どうして思いつかなかったのか。俺は昔からそうしてきたじゃないか。木の力を食った、蛙の力を食った。そうして他人の力を取り込んで強くなったのだ。だったら、今回も食べればいい。食って自分の力にすればいい。

 そう、これは神が俺に下さったご褒美なのだ。都合のいいパワーアップアイテム。ここまで散々苦労してきたんだ。このくらいの救済措置はあっていいはずだ。

 

 そんな思いに駆られていると、ドラム缶がひとりでに横転して傾斜もない平地をゴロゴロと転がり始めた。

 逃がすものか。

 すぐに取り押さえる。のったりと転がるそれを捕まえることなどわけない。だが、ドラム缶を持ちあげて気づいた。重さが違う。中身が入っていない。蓋がはずれていた。

  

 「このくそがあああああ!!」

 

 俺の子分の分際で。命惜しさに逃げ出しただと。自分の任を放棄して。

 

 「『百見心眼』!」

 

 感覚を視覚に集中させる。他の情報を制限する代わりに“見る”ことにだけ特化する。

 周囲には俺を遠巻きに複数の視線があることを感じた。動物か、妖怪か。この中にリリは紛れているのか、それともすでにここにはいないか。俺の能力はリリに対して徹底的に相性が悪いらしい。厄介なことに判断がつかない。

 どの視線も俺の方を気にしているようだが、関わり合いになりたくないとでも言うようにこちらと目を合わせる者はいない。かのように思われた。

 一つだけこちらを注視している視線がある。これか。その線をたどって走り出す。最短ルートを黒兎空跳により瞬時に突破した。目標を確認するより速く到達する。

 

 そして、落胆した。はずれだ。そこにいたのはリリではなかった。大はずれと言った方がいいだろう。出会いたくはない相手に違いはなかった。

 少女は、こんな夜更けに傘などさして深い竹林にたたずんでいた。花の妖怪、風見幽香。その姿を視認すると同時に俺は肩に下げていたアサルトライフルを構え、フルオートでぶっぱなしていた。

 予想はしていたが、相手に効果はなかった。傘を盾にして弾丸をはじかれる。マガジン一つをからにするまで乱射して、そこで止めた。

 

 「随分と熱烈なご挨拶ね」

 

 「失せろ。今はお前の相手をしている暇はねえ」

 

 「勝手につっかかって来ておいて、その言い草はないでしょう」

 

 もうこの時点でリリを捜索することは絶望的だと悟った。幽香への対応はやつあたりのようなものだ。

 俺はライフルを投げ捨てる。こんなもの、この先の戦いでは役に立たない。バックパックを背負いなおす。幽香との戦闘となると手加減は出来ない。永琳との戦いを万全の状態で迎えたい俺にとっては、最悪とも言える相手と遭遇してしまった。こんなときに限って足止め要員の弟子たちはいない。

 

 「浮かない顔をしているのね。どうしたというの?」

 

 「目の前にその原因があるからだ。リグルも、チルノも、みすちーも、ルーミアも、誰ひとりとして戻ってこない。リリには逃げられる。極めつけは幽香の登場ときた。なんでこんなにうまくいかないのかねえええ!?」

 

 「……あきれた。そんなことを気にしていたの?」

 

 「はあ?」

 

 幽香から戦意は感じられない。戦わずに通り抜けられるのならそれに越したことはない。出会いがしらに発砲してしまったが、これからうまく話し合えば戦闘を回避できるかも。だが、それすら面倒くさい。はっきり言って、一秒でも無駄話なんてしたくはなかった。そう思うと余計にイライラしてくる。

 

 「きっとなぜ自分が腹を立てているのかもわかっていないんでしょう。そんなことではこの先に進む資格すらない」

 

 「何を言ってるんだ?」

 

 「複雑に考えることを止めなさい。今さら誰のことを気にしているの?」

 

 「だから何を」

 

 「あなたの隣には、最初から誰もいない」

 

 「急にサイコなこと言い出すなよ。付き合ってられん……」

 

 「あなたは誰も求めない。あなたの世界には、たった一人の敵しかいない。それ以外に必要ない。なのに、ここまで来ておいて余計な心配をしている。他人のことなんてどうでもいいんでしょ。本当は。むしろ、いない方がいい」

 

 どうでもいい。まあ、その通りだ。なるほど、そういう見方もある。それこそ、そんなのどうでもいいことだが。

 

 「なにを勝手に納得した気になっているの? 逃げないでよ」

 

 「お前が何を言いたいのかわからない。要点を言え」

 

 「勝てないと思っているのでしょう?」

 

 誰が誰にとは言わなかった。しかし、わかる。その言葉は重かった。思わず殺気を放ってしまう程度には。

 

 とっさに言い返せなかった。勝てない。この夜がどういう展開になろうとも、最終的に俺の悲願が満たされる形におさまるとは思えない。その思いが確かに根底にあった。無理に意識しないようにしていた。それで些細なことも気にしてしまう。変に策を弄そうとする。その全てが煩わしい。隔靴掻痒。胃がひっくり返るような吐き気がする。頭をかきむしる。

 それをなだめるように、俺の頭に手が触れた。いつの間にか、近づいてきていた幽香が俺を撫でていた。

 

 「今のあなたでは、この先に進んでも何も得られない。ただ無念のうちに死んでいくだけ」

 

 「……だったら、どうしろと? まさか考え直せと言うつもりじゃないだろうな?」

 

 殺意を隠さずに幽香にぶつける。もし俺を引きとめることが目的で話しかけてきたのだとしたら、容赦はしない。ここで叩き潰して俺は進む。

 幽香は殺気を特に気にする様子もなく、いまだ俺の頭に手を置いていた。

 

 「考え直しなさい。勝ちたいとか、死にたくないとか、もう気にしなくていいの。もっと言えば復讐ですらない。あなたがなすべきことはそんなことではない」

 

 意味が、わからない。だが、幽香の表情を見て思う。安易な言葉ではない。ともすれば、なぜだか俺のことを俺以上に理解している。そんなふうに見えてしまった。

 ニコリと笑って悪魔のようなことをささやく。

 

 「だから、葉裏、もっと壊れて」

 

 その一言が俺の頭の中に沁みていった。枯れかけた花にやる水のように、それは俺の奥深くまで染み込んでいく。

 鼻の下に生温かい何かがこぼれた。手で拭う。それは鼻血だった。墨のように黒く、水飴ように粘ついている。まるでタールだ。拭いても拭いても止まる様子がない。

 体内で何かが変わった、いや、進んだのだと気づく。

 幽香がハンカチを取り出して、手が黒く汚れるのも構わず俺の鼻を拭いてくれた。

 

 「さっきより良い顔になったわ。残りの答えは自分で見つけなさい」

 

 そう言って幽香はハンカチを俺に渡し、奥へ向かえと手で示す。引きとめられはしなかった。わけがわからず、とぼとぼと歩きだした俺は、振り返って幽香を見る。彼女は既に、俺に背を向けていた。

 

 「行って。待ち望んでいたんでしょう。この先は、あなたのためだけに用意された舞台。最後まで楽しんでね、葉裏さん」

 

 それだけ言い残して幽香は去って行った。

 

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