183話「Stage4 伝説の技職人 (サイド・妖夢)」
今日は夜にさしかかったあたりから何かがおかしかった。白玉楼の幽霊たちがおびえているのだ。原因は地上から流れてくる穢れた瘴気だった。冥界は穢れの少ない浄土である。結界のおかげで大部分の瘴気の侵入は防ぐことができているが、このまま放置しておくわけにはいかない。幽霊たちが穢れにさらされれば余計な迷いを生むことになるだろう。
幽々子様は先日の異変のときと打って変わって今回は乗り気でないようだ。私は一人で地上へやってきた。ひとまず人里へ行くことにする。人々の話や反応から犯人の手掛かりもつかめるかもしれない。
竹林の方がやたら賑やかに光っているのはなぜだろうか。疑問に思いながら里にほど近い丘の上を進んでいると、怪しい妖怪の二人組を発見した。一人は金髪で赤いリボンをつけたなんだか黒っぽい少女、もう一人はドラム缶を背負った変なにおいのする少女だ。その発する妖気からして異変の関係者と見て間違いなさそうだ。
近づくと、向こうから声をかけてきた。
「懐かしい妖力を感じると思ったら……なんだ、妖忌じゃねえのかよ」
その言葉を聞いて目を見張る。魂魄妖忌は私の祖父であり、剣の師であり、行方不明中の探し人である。この妖怪は祖父を知っているというのか。
「待ってください! どこでその名を……」
「邪魔だ。ルーミア、片付けとけ」
取り付く島もない。問いただそうとしたが、ドラム缶妖怪は私に目もくれず立ち去っていく。代わりに金髪の少女、ルーミアと呼ばれた妖怪がこの場に残った。何も言わないが、この先には通さないという闘志を感じた。話を聞くにしても、まず倒さなければこの態度は軟化しないだろう。
「いいでしょう、お相手します」
「乙羅殺法二式奥義」
名乗りもあげずに敵は攻撃態勢に入った。ならばこちらも口上は省き迎え撃つまで。私は両手に持つ二本の刀を構えた。
「ミッドナイトレスリング殺法!」
その瞬間、何かが変わった。それが何なのか、はっきりとはわからないが、確かに変わる感覚があった。
ピッ
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視界の隅に現れた文字に驚く。それは何の前触れもなく突然表示された。実際には存在せず、幻術の類で見せられた実体のないもののようだ。この文字が何を意味しているのか不明である。今のところ特に実害もない。だが、敵の術が発動していることに変わりはない。警戒を強める。
それに対し、敵の態度は静かだった。それ以上何かしかけてくる様子はなく、ただ黙って立っている。目すら閉じているではないか。まるで立ったまま眠っているかのように脱力している。
いや、まさに眠っていた。はなちょうちんを出している。
(なめられているのか、それとも油断を誘う罠か)
いずれにしても全力で臨むのみ。素早く距離を詰めた私は、刀を振るう。
だが、敵は起きない。本当に眠っているというのか。なぜ、戦いの開幕早々爆睡する必要があったのか。このままあっさりと斬り倒してしまっていいのだろうか。
一瞬の迷いが生じた。それは刹那の躊躇であった。だが、敵の狙いはそのわずかな隙だったのだ。
「--っ!」
ゆらりと敵が動いた。すぐさま反応して刀を振りぬく。しかし、一手遅かった。敵はギリギリで剣筋をかわし、後方に退避していた。その手に私の半霊を持って。
敵の服が斬り裂かれ、はらりと落ちる。だが、無傷だ。私の攻撃は紙一重で避けられていた。敵は最初からこちらが躊躇することを予想していたのだろう。自分の未熟さを痛感する。
敵の狙いは私の半霊だったようだ。半人半霊である私にとって身体のそばに浮くその霊体は半身のようなもの。一見して防御が薄く見えるそれを私の弱点だと思ったのだろう。
だが、その考えは誤りだ。見た目通りのやわさはない。半霊を用いた攻撃手段も複数ある。読みをはずしたことを教えてやろう。
「大人のマッサージ拳・ラブ指圧微振動!」
しかし、私が攻撃に移ろうとしたそのとき、敵が叫んだ。それと同時に衝撃が私の体を駆け巡った。
衝撃と称したが、実際には大したことはされていないことがわかる。それはかすかな震え。敵は半霊を持つ手を小刻みに震わせているようだ。言ってしまえば、単なる振動が半霊の感覚を通して私の体に伝わってきているにすぎない。
「ぐっ……な、なにが起きて……!?」
けれども、ただの振動だと軽視はできなかった。それは私にとって全く未知の感覚だった。痛さとか辛さはない。むしろ逆。閉じたつぼみが少しずつ花開いていくような……
艶率6%
艶率8%
なにかがまずい。このままではいけないと本能が訴えている。
「やめっ、やめなさい!」
意外にもその一言で、敵はピタリと手を止めた。ようやく一息つけた私は敵を睨みつける。
「面妖な術で私の心を乱そうとしても無駄です。おとなしくそれを返しなさい」
「返してほしければ、剣なんか捨ててかかってくるのだー」
敵は徒手による戦いを条件として引き出そうとしている。自分に有利な形式で戦いたいのだろう。身のこなしを見る限り、敵は何らかの武術をおさめている。相手の土俵にあがって戦うのは避けたい。
しかし、私が返答を渋っていると、再びあの振動が始まった。
「ちょちょちょ!?」
「A・E・D! A・E・D!」
ブルブルブルブル……
艶率12%
「わかった! わかりました! その条件をのみましょう」
剣がなければ戦えないと侮ってもらっては困る。無手での戦闘術も私は研鑽しているのだ。この程度の小妖怪に負けることなどあるはずがない。
私の承諾を得ると、敵はこれまたあっさり半霊を解放した。これで人質はなくなった。このまま斬りかかることもできるが、剣士として一度した約束は守るべきである。私は刀を置いて前に進み出る。
「戦いの前に一つ言っておくのだー」
「なんです?」
「私は君のことが……」
敵は、ルーミアは私のことを指差して力強く宣言する。
「好きなのだーーーーッ!!」
な、なんと!?
お互い、初めて出会ったばかりの間柄。片や、修行中で半人前の庭師兼剣士。片や、人に仇なす危険な妖怪。交わるはずのない二人の運命は、思いもよらない形で重なりあっていく。
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って、なにこのモノローグ!?
いけない、どうにも調子がおかしい。浄土の住人のためか、穢れの瘴気の影響を受けやすいのかもしれない。落ち着けと自分に言い聞かせる。
唐突に好きだと告白されたわけだが、これにはいったいどんな意味があるというのか。おそらく心理的な動揺を狙っての発言ではないだろうか。
(あさはかな! そ、そんな戯言、聞く価値もない!)
私が走り出すのに合わせてルーミアも接近してきた。投げ飛ばしてやろうとつかみかかる。それに対して、ルーミアはさっと身をかがめ、私の脚にしがみついてきた。寝技で組みふせる気か。そうはさせじと踏ん張って耐える。しかし、相手は私の動きを読んでそれを逆手に取ってきた。こちらが力を入れた途端に、ふっと脱力されて体勢を崩される。そしてルーミアは私の背後に回り込んだ。
「肩もみもみ拳!」
「くあああっ!」
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がっしりと肩を掴まれ、揉みほぐされる。修行と白玉楼での仕事でたまった疲れが癒されていく。自分では気づいていなかった疲労がどんどん取り除かれていくようだ。いや、この気持ちよさ、果たしてただのマッサージによる効果と言ってよいものか。
そこでルーミアは肩もみを打ち切った。なぜか物足りない感覚に襲われる。気のせいだ。断じて気のせいだ。まさか私が戦闘中に敵の攻撃を受け入れるなどということがあるわけ……
「脚もみもみ拳!」
「なんの、これしきぃ……!」
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次は脚をマッサージされる。私のふとももにルーミアの白くて細い指がそろりと触れた。何かが背筋をぞくりと駆け抜ける。不快感がないところが逆に怖い。それは筋肉のコリというよりも頑なに閉じた心をほぐし、拒絶の壁を少しずつ取り払っていく。
いや、だからっ! そうじゃなくて!
空気に流されてはダメだ。気をしっかり持て魂魄妖夢。きっとこれは敵の妖術、私は感覚を惑わされているだけであって、決してそういうことを考えているわけでは……
「鎖骨ぺろぺろ拳!」
「ちょっとぉ!? どこ触って」
今度はついにシャツのボタンに手をやり、無理やり襟元をはだけさせられた。服を破くような乱暴なマネはせず、丁寧にだが恐ろしい速度で上から二つ目のボタンまでをはずされた。ルーミアはそこに顔をうずめるように急接近。ぺろろと生温かい感触が。
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「ちょうしにのるなあぁ!!」
さすがにこれは許容できなかった。完全に変態である。女性同士だから許されるというスキンシップの域を軽く突破している。というか、今は戦闘中なのだ。こちらをおちょくるような行動ばかりしてくるルーミアに腹が立ってくる。そう、私の顔が赤くなっているのは怒っているからであって、それ以外の理由などないのだ。
私は横に転がりつつ、ルーミアを押しのけた。相手上位の体勢から逆転する。今度は私が上を取った。組みつかれないように目いっぱい押し返す。
ふにっ
柔らかな感触。私の手はルーミアの胸の上に置かれていた。
少女の下着もつけていない、わずかに膨らみかけたその部分を私は触っていた。ちょうど刀でルーミアの服を斬り裂いていた箇所に手が入り、直に肌と肌が触れあってしまっている。その事実に気づくまでに数秒かかった。
「ご、ごめん! これはその、わざとじゃなくてっ!」
慌てて手を離した。ルーミアは顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を横にそらしている。その反応に、私の心臓がドクンと高鳴った。いけないことをしているという罪悪感に似た感情が、説明できないざわめきとなって襲いかかってくる。
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もおおおおおっ! なんなんですかこれえええ!?
羞恥心が噴き出し、地面をごろごろとのたうちまわった。そうでもしなければ耐えられない。冷静になるんだ。変に意識してしまうからよくないんだ。別に私が謝る必要なんてなかった。胸に触ったかどうかなんて、戦いの最中に気にすることではない。
仕切り直しである。ルーミアは悠長にも私が立ち直るまで攻撃せずに待っていてくれたようだ。意外に優しい。
と、思いきや、ルーミアの手に握られている白い布を見て固まった。私の目に間違いがなければ、あれは私のパンツだ。無論、私がついさっきまで履いていたものである。
「あ、え、それ」
「パンツもぐもぐ」
卒倒しそうだった。いつの間にかスカートの中からパンツを抜きとられ、さらに口に含まれてじゅるじゅると音を立てて吸われている。即座に走り出た。パンツを奪還すべくルーミアに詰め寄る。
しかし、届かない。私の瞬発力をもってしても追いつけない速度で逃げられた。
「もうやだこの妖怪……ううっ」
泣きたくなってきた。どんなに厳しい剣の修行でも、ここまで弱気になったことはない。心身ともに疲れきった。
そんな私の前に、スッとパンツが差し出された。元気出せよと言わんばかりの表情のルーミア。返してくれるらしい。
「あ、ありがとう」
受け取ったはいいが、パンツはルーミアの唾液でぐっしょり濡れていた。これを履かなければならないのだろうか。だが、履かなかったらそれはそれで問題だ。仕方がない、この一戦の間は我慢して履こう。そしたら速攻で帰って着替えればいい。
決心して履き始める。ルーミアはこちらをガン見していた。誰かに見られながらパンツを履くというのはこんなにも恥ずかしいことなのか。なんだかうまくいかずにもたつく。
「ほあああああ! 今こそ喰らうのかー、『睡拳+大マ拳秘儀……!」
「えっ、ちょっと待って、はうあっ!?」
そこでまさかの咆哮があがった。このタイミングで攻撃をしかけてこようとしている。焦って逃げようとしたが、パンツを履いている途中だった。足がもつれて後ろに転倒してしまう。その勢いでスカートがめくれてしまった。大急ぎでスカートをなおす。
そして私は無防備な状態をさらしてしまっていることにようやく気づく。これでは次の攻撃を避けられない。ルーミアは明らかに強力な技を使おうとしている。
「あの、その」
まだだ、まだ私は諦めない。たとえどんな責め苦が待っていようと堪えきってみせよう。媚びない、命乞いなどしない。言ってやれ。魂魄家の剣術を受け継ぎし剣士としての矜持を見せる。私はルーミアをキッと睨みつけた。
「や、やさしくしてください……」
私の、剣士としての、矜持が、終わった。
「『迎春・催眠逝天昇撃』!」
デュクシッ 艶率63%
デュクシッ 艶率79%
デュクシッ 艶率92%
パッパラー 艶率100%
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第4回戦 ルーミアVS妖夢 カップリング成立(みょんミアが俺の二刀十文字斬り)