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182話「Stage3 食い放題の会場 (サイド・霊夢)」

 

 私は上空高くから地上を見渡しながら飛行する。また先日のように徹夜するはめになるのは御免だ。さっさと犯人を見つけ出して請求書を叩きつけなくては。

 もしやまた永遠亭の者たちのしわざではないだろうか。こうして上から見ていると、竹林の方がすごいことになっているのがよくわかる。

 竹林を目指して飛ぼうとしていた私は、しかし眼下を走る不審な物体を目にしてとどまった。よく見れば移動型の屋台のようだ。壊れるのではないかというほどの速度で、畑に面した細い道を駆け抜けている。なんだか怪しい予感がした。こういう勘はなかなかはずれたことがない。私は調べてみることにした。

 

 「オラオラララァ! 轢き潰されたくなきゃ道を開けろ、妖精どもお!」

 

 近づくと見知った妖怪がいた。リヤカー式の飲食屋台を猛スピードで牽引して走るミスティア・ローレライ。その屋台の屋根の上でパラリラパラリラとチャルメラを吹きちらかすルーミア。屋根の上にはあと一人、ドラム缶を背負った妖怪少女が偉そうにふんぞり返っていた。

 

 「なにしてんのあんたたち!」

 

 私が声をかけるや否や、ドラム缶妖怪とルーミアはパッと屋台から飛び降りて道の先へと走り去って行った。遅れて逃げられたことに気づく。慌てて追いかけようとした私の前で、ミスティアの屋台が急ブレーキをかけて停止した。ドリフトしてこちらに向き直る。ミスティアの視線に戦意を感じた。どうやら黙って通してくれる気はないらしい。

 

 「やろうっての? 相手になってあげようじゃない」

 

 「TNTN……乙羅殺法三式奥義」

 

 ミスティアの妖気が高まり始める。どうも瘴気のせいで正気を失っているようだ。言葉が通じそうな雰囲気ではない。場合によってはいつも以上に痛い目を見てもらう必要もあるだろう。私は油断なくお祓い棒、幣を構える。

 鳥目にされるか、調子外れの歌を聞かされるか。

 

 「料理之鉄人殺法!」

 

 だが、敵の行動は私の予測した攻撃とは全く異なるものだった。

 ミスティアが取りいだしたるは、肉。一口大にほどよくカットされたそれに、白い粉を丹念にまぶしていく。そして鍋に投下。鍋の中ではあらかじめ熱せられていたと思われる油がたぎっていた。ジュワーパチパチという威勢のいい揚げ音が響く。ころ合いを見計らい、熱が均等に通るよう手際良く菜箸で油の中に浮く肉を転がしていく。ころもの焼き色、そして揚げ音の変化を見逃さなかった。シュバッと菜箸が閃く。

 皿の上には見事な鶏の唐揚げが盛りつけられいた。

 

 「あの……なにしてんの?」

 

 緊張が解けて脱力した。ミスティアの行動は謎すぎた。いや、唐揚げを作っているのは見ればわかるが、なんでそんなことを今しているのかさっぱりわからない。

 

 「侮りましたね」

 

 「は?」

 

 「霊夢さん、あなたは今、この唐揚げを侮りましたね?」

 

 それに対し、ミスティアは余裕の表情を見せて笑っている。

 

 「この唐揚げはァッ! 自家製『盲目の黒・夜雀本仕込み醤油』をベースに、60種類の素材を調合して独自に開発した特製漬け込みダレを使用しているチン! そのうま味は他の唐揚げの追随を許さないィィィ! 想像を絶するおいしさ、その舌に刻み込んでやるチン!」

 

 なんだか私の思いもよらない隠された意味があるのかと思いきや、そんなことはなかった。ただ唐揚げ作っただけじゃん。

 

 「まあ、くれるって言うのなら、ありがたくいただくわ」

 

 「そぉい!」

 

 「!?」

 

 料理を自慢したくなっただけなのだろう。ちょうどお腹がすいていたし、ごちそうになろう。

 そう思って屋台に近づこうとした私に向けて、ミスティアは唐揚げを投げてよこした。器用に菜箸を使って投げる。その速度が半端ではなかった。弾丸のごとしである。私はその唐揚げに、妖力が込められていることを即座に察知した。つまりこれは妖力弾なのだ。考えるよりも早く体が動く。私は飛来する唐揚げを避けていた。

 唐揚げは、無残にも地面に着弾した。

 

 「あー! 私の唐揚げが……!」

 

 相当の勢いで飛ばされたのだ。木端微塵だった。3秒ルールとか、洗えば大丈夫とか、そんな次元をとうに超えていた。

 怒りが沸々と湧きあがる。食べ物をオモチャにするその所業、断じて許し難い。いくら相手が頭の変になった妖怪といえども許容できるものではない。その身をもって、私の唐揚げちゃんをダメにした罪を償わせる。

 

 「そぉい!」

 

 「おまっ!?」

 

 だが、非情にも第二投発射。今度は避けるまでもなかった。まるで見せつけるかのように、私の足元に向けて放たれた唐揚げ。そしてはじけた。またしても、唐揚げちゃんを救うことができなかった。

 死にたいらしいな。

 お祓い棒を握る手に力がこもる。ミシャリと音がしてへし折れた。敵は弾幕ごっこをお望みのようだ。よかろう、来るがいい。

 

 「そおおおおぉいっ!」

 

 今度は複数の唐揚げ弾が飛んできた。妖力のこもった唐揚げは、当たればそれなりの威力があるのだろう。少なくとも通常の弾幕勝負における被弾と同程度のダメージはあると思われる。悔しいが受け止めることはできない。

 しかし、一度に投げられる数はせいぜい3、4個である。その揚げるスピードは大したものだが、とても弾幕と呼べる弾数ではない。速度はあるが直進するだけ。避けることは容易かった。

 弾の軌道を見切り、最小限の移動でかわすチョン避け。顔のすぐ横を剛速球が通り過ぎていくが、恐怖心はない。

 だが、甘かった。私はその攻撃の真の意味に気づくことになる。

 

 プゥーン!

 

 弾が通り過ぎるたびにふりまかれる、こうばしい香り。弾は避けられても、その食欲をそそるにおいを回避することはできなかった。

 つい先ほど食べた夕飯の内容を思い出す。痩せた鮎の干物一枚、ご飯三分盛り。以上だ。それでも今日は奮発したメニューだった。おかずなんてない日はザラ。神社の経済情勢は逼迫していた。

 もし、あの食卓にこの唐揚げたちがいたとしたらどうだろう。あつあつの唐揚げをほおばる。そして、すかさずご飯をかきこむ。ハフハフッとして、うおォン。想像せずにはいられない。

 そうしているうちにも唐揚げは次々に迫ってくる。

 避ける、ギリギリで避け続ける。

 グレイズ! 唐揚げグレイズ!

 得点の替わりに空腹度が上がっていくようだった。腹の虫がぐうぐうと鳴っている。よだれを拭う。

 

 少し落ち着こう。調子が狂ってきている。紫に忠告された通り、私も異変の影響で冷静さを欠いているのかもしれない。とにかくミスティアの暴走を止めるのが先決だ。唐揚げは勝負の後に食べればよい。

 そうと決まれば反撃開始だ。霊力弾を作りだす。

 

 (いや、ちょっと待って……料理中のミスティアに攻撃するということは、屋台そのものにも被害が出るということ。つまり、唐揚げもダメになってしまう!? 直接ミスティアに手を出そうにも、相手は唐揚げという人質を取った状態、私が近づけば何をしでかすかわからない!)

 

 霊力弾を撃つのをためらってしまう。相手は屋台の中で動けずにいるというのに、こちらは攻撃することができない。

 さらに厄介なことに、妖精たちが付近に群がり始めていた。

 

 「オイチー! オイチー!」

 

 私が避けた唐揚げのおこぼれを食べに来たのだ。まるでハイエナ。飛んできた唐揚げに自ら体当たりしてピチュったあと、その弾の残骸を他の妖精が貪り食うという異常な光景が広がっていた。

 問題はその数だ。妖精があまりに密集しすぎていた。こちらの動きが阻害される。それは妖精をも利用した弾幕。敵はここまで計算していたのだ。

 

 (普通に考えれば私の負けは確定している。この状況、打破することは不可能。ここまでか……)


 だが、そこでひらめく。舞い降りる、神がかり的発想。

 それは、喰らいボム。

 霊撃ボム使用と被弾のタイミングが重なったとき、紙一重で防御が間に合うことが思いのほか起こる。屁理屈のような話だが、被弾した瞬間やられるわけではないのだ。被弾後、その攻撃がダメージとなるまでにほんのわずかな一瞬の隙が存在する。このとき、ボムを発動することに成功すると、ダメージをなかったことにできてしまう。

 すなわち、被弾したのにダメージとならないという現象が起きうる。これを利用すれば、無傷で敵弾と接触する(唐揚げを食べる)ことができるのだ。まさに喰らいボム。

 しかし、そのタイミングは言うまでもなくシビア。まばたきする間もない受付判定をクリアしなければならない。通常なら、意図的に繰り出すことは不可能な技である。

 

 (永夜異変のときなら決死結界が張れたのに……!)

 

 泣きごとを言ってもしかたがない。やるしかないのだ。栄光をこの口でつかむために。

 覚悟を決めた。失敗は許されない。率直に言って、私は妖力弾を口でキャッチしようとしているのだ。正気の沙汰ではない。一歩間違えば悲惨なことになる。

 それでも私はこの可能性に賭ける!

 唐揚げ弾の一つに狙いを定めた。もう後には引けない。タイミングを計る。口を開けて待ち構える。そしてその時が来た。

 

 (霊符『夢想妙珠』!)

 

 ゴールイン!

 口の中に突っ込んでくる異物感。思わず目をつぶった。痛みはない。そのときにして初めて私は喰らいボムの成功を知った。

 勝った。勝利を確信する。

 口内に広がる芳醇な香り。コク深い醤油の風味と、ピリッと鼻腔をくすぐる香辛料。唾液腺崩壊。噛みしめる、勝利の味を。カリッ、サクサクと音を立てそうなコロモ。引き締まった鶏肉の上質な歯ごたえ。揚げたてのアツアツを噛みしめれば、うま味がたっぷりと閉じ込められた肉汁があふれ出す。あまりの熱さに、口の中で肉を転がしながらホフホフと白い息を漏らす。自然と手を体の横でわさわさ動かしてしまう。十分に堪能した私は、ようやく肉を飲み込んだ。胸の奥底から湧きあがってくる感動が無心の叫びとなって喉を震わせる。

 

 「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛!! おぶふぁっ!?」

 

 そして、私は敵弾の直撃を受けて撃沈した。なんということはない、唐揚げを食べている間に、ボムの無敵時間など余裕で終わっていたのだった。

 もうコンティニューすればいいや。

 

 * * *

 

 第3回戦 ミスティアVS霊夢 勝者ミスティア(霊夢は食事中)

 

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