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178話「プロローグ」

 

 「えっ、ほんとに? 師匠もお笑いやりたいの……?」

 

 「うん。だめか?」

 

 「そんなことないよ! 師匠ならいつでも大歓迎よ。でも、ちょっと困ったわね。師匠ほどのお笑い上級者となると、釣り合う相方がなかなかいないわ」

 

 「そんなもの決まってるじゃないか。チルノ以外に誰が務まるっていうんだ」

 

 「そ、そうよね! やっぱり師匠の相方ともなると、天才のアタイしかいないわ!」

 

 「こういうのはどうだろう。俺とお前で今から漫才をする。打ち合わせなしの即興漫才だ」

 

 「っ!? さすが師匠ね、プロでも首を横に振る超難易度芸をさらっと提案してくるなんて。でも、望むところよ! 師匠とアタイが力を合わせればできないことなんてないわ!」

 

 というわけで、俺はチルノの遊びに付き合ってやることにした。童心に帰って楽しむとしよう。観客はサニー、ルナチャ、スター、名無し、リグル、みすちー。胸躍るエンターテイメントの始まりだ。

 俺とチルノはまばらな拍手に迎えられて入場した。

 

 「どうもー! 葉裏でーす!」

 

 「チルノでーす!」

 

 「二人合わせて……」

 

 「……」

 

 「あ、そう言えばコンビ名、決めてなかったわ!」

 

 「おいおい! まあ、即興だからしかたないね。じゃあ、チルノちゃん、パパッと決めちゃってよ」

 

 「そうね、『天才チルノーズ』ってのはどう?」

 

 俺はチルノの胸めがけて水平チョップを叩きこんだ。

 

 「ゲホッ!? ガゴブホッ! ぢょ、つ、つっこみきつい……!」

 

 「いやいや、なんだよそのコンビ名! もうちょっとマシなの考えてくれよ」

 

 「ゴホッ……そ、そうね、ならここはシンプルにいきましょう。『Y&T』でどう!?」

 

 俺のローキックがチルノのふとももを打った。薄い筋肉しかついていないハムストリングスをえぐるように、腰を入れて振りぬく。

 

 「ぎぃっ!」

 

 短い悲鳴をあげてチルノが崩れ落ちるように倒れこんだ。

 

 「『Y&T』ってお前……それでいいよ」

 

 「いいのかよ!? じゃあなんで蹴ったの!?」

 

 生まれたての小鹿のようにおぼつかない足取りで立ち上がったチルノにツッコまれる。お前はボケ担当だったはずだが。

 

 「と、とにかくツッコむのはいいんだけど、もうちょっとやさしくしてね?」 

 

 「わかったわかった」

 

 「気を取り直して……いやー、それにしても最近は暑いわね!」

 

 速攻でチルノの背後に回り込んで裸絞めの挙動に入る。片腕を相手の首に回して挟み込んだ後、押さえつけるように絞め上げるバックチョーク。きれいにホールドが決まった。頸動脈絞めをしてしまうとすぐに意識が落ちておもしろくないため、気管を潰すように喉を圧迫する。

 

 「HAHAHA! チルノ君、今は9月下旬だぞお? 暑いわけないじゃないか、こいつめえ」

 

 「ごええええっ! ぎぶぎぶぅ!」

 

 必死に俺の腕にタップしてくるが無視。空き缶潰し器に挟み込まれたアルミ缶のようにメリメリと俺のゴーレムアームがチルノの首に食い込んでいく。しかし、ここらへんの力加減には気をつけないといけない。耐久力の低い妖精はちょっとしたことですぐピチュってしまうからいけない。

 

 「ちょっと! やりすぎでしょ!?」

 

 「バイオレンスすぎて笑えないわ!」

 

 「やめたげてよお! チルノちゃんが一回休みになっちゃう!」

 

 しかし、思わぬことに観客の妖精たちからヤジが飛んできた。みすちーとリグルは大爆笑しているのだが、妖精たちにとってはお気に召さないギャグだったようだ。

 少しサービスが足りなかったのかもしれない。よし、ここはもっと期待に応えるべく頑張らないと。

 呪魂瘴を発動させた。裸絞めをかけたまま、ルーミアのときのように腕部に瘴気を集中させる。

 

 「あびゃびゃびゃびゃっ、あひゃっ、うひゃひゃうひゃひゃひゃひゃ!」

 

 おっと、チルノもうれしそうに笑い始めた。バタバタと体全体を使って喜びを表現している。

 

 「ほうら、オモシロいだろ、みんな?」

 

 絶句する妖精たちに俺は言った。

 

 「笑えよ」

 

 * * *

 

 

 霧の湖は静かだった。日が落ちる。夜が来る。

 駒はそろった。四人の弟子に呼び掛ける。

 

 「諸君、よくぞこの聖戦を前に集まってくれた」

 

 ドラム缶の上に立ち、四人を見下ろす。その目は澱んだ沼のよう。気配は腐った死体のよう。いい戦士ができあがった。

 

 「お前たちの潜在力は最大まで引き出された。今なら乙羅暗殺拳の奥義も扱えよう」

 

 かく言う俺も滾っていた。かつてない最高の自分がここにある。まだ狂気を表に出しておらず、こうして平静の状態であるというのに、妖力が自然と体内を回っていた。気力が腹の底から湧きおこってくる。こぼれる瘴気を抑えきれない。刻一刻とまき散らされる呪毒がその量を増している。そのせいで、『虚眼遁術』による隠形ができなくなってきている。

 それはいい。今さら姿を隠す必要もない。問題は時間だ。月はまだ東の空にある。あの月が空の真ん中、中天に差しかかるまであと何時間あるのだろう。それまで俺は待てるのか。宵時の今でさえ瘴気を抑えきれないほど興奮しているというのに、真夜中の俺はどうなってしまうのだろう。

 その感情は不安ではなかった。

 

 「終わらせるぞ。この夜に、全てが終わる。永遠の地獄も今日までだ」

 

 今夜の月は、ほぼ満月。人間は暦に頼らなければ満月と見分けがつかないだろう。そのくらいまん丸の月。だが、妖怪の目からすればその差は歴然だ。ほんの少しだけ欠けた不完全な円。それだけの差で受ける妖力がまるで違う。

 いっそ興も乗る前の三日月ならば諦めど、ああ満月はいつぞやと憂いを残す贋物の月。

 

 「だからこそいい! できそこないがお似合いだ!」

 

 さあ昇れ。最高に満たされない夜にしよう。そうでなければ終われない。そうでなければ楽しめない。

 永遠も完全も許さない。なにもかも、腐って汚れろ。

 

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