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176話「決戦準備三人目」

 

 「ぶぅ~ん! ぶんぶ~ん! ひゅおー! ぶぶぶぶー!」

 

 リグルはセミの抜け殻で遊んでいる。飛行機のおもちゃを手に持って振り回す子どものようだ。元気があって大変よろしい。

 

 後二人の居場所が割れた。ルーミアは山の裾野の森に、チルノは霧の湖にいるらしい。今俺たちがいる人里の位置から考えて、ルーミアを回収した後、霧の湖でチルノと合流した方がいいだろう。かつての道場跡に全員が集結するというのも何かの縁だ。

 問題は二人の説得方法である。タッパーの肉が切れてしまったのだ。もともとそんなに量があるわけではなかったので、みすちーとリグルが食べた分で使い切ってしまった。ここからは少々、荒療治が必要になってくるだろう。

 俺たち三人は森へ向かった。森で生活しているリグルは、たびたびルーミアと会うことがあるようだ。よく目にする場所が何箇所かあるようなので、そこを中心的に探していく。

 話によると、ルーミアは前にもまして食欲旺盛になっているそうだ。日がな一日食べ物を求めて森をさまよっているらしい。みすちーの屋台にも時折訪れては無銭飲食をし、夜な夜な人里の畑に忍び込んでは作物を盗んでいるという。

 そのため最近では人間たちから害獣のように扱われ嫌われているようだ。隙あらば人間も食べようとするし。困った奴だよ、あいつは。

 

 「もぐもぐ……」

 

 噂をすれば影、ルーミアを発見した。

 木に背を持たれかけて座り込み、何かを食べている。芋のようだが、その立派な大きさからして野に自生している物とは思えない。

 それよりなにより、外見からして俺の知っているルーミアとは違っていた。明らかに太っている。ぽっちゃりしたなんて言葉ではとてもごまかせないほどに。

 もはや申し開きを聞く必要を感じなかった。一目瞭然だ。

 食べるのに夢中でまだこちらに気づいていないらしい。俺は笑顔でライフルを構え、トリガーを引いた。

 

 ガカッ!

 

 短い銃声が鳴り響くと同時にルーミアの足が爆ぜた。水風船が割れたように赤い液体が飛び散る。

 

 「ぎゃあああっ! いっ、痛いのかー!?」

 

 突然の攻撃を受けたルーミアは悲鳴をあげて襲撃者の方を見た。意外と、その目からは闘志がうかがえた。受けた仕打ちをやり返してやるという気概を感じる。妖怪として至極まっとうな反応だろう。

 だが、それも俺の姿を確認するまでのことだった。ルーミアは襲撃者が俺であるということを理解した。その途端、闘志が消えた。一転して逃げ腰になっている。立ち上がろうとするが、足を怪我しているためまごついている。

 

 「捕えろ」

 

 その一言でリグルとみすちーが動いた。ルーミアはあっさりと二人に捕まってしまう。

 

 「放してなのだー!」

 

 いくら怪我をしているとは言え、本気で逃げる気があるのかと疑ってしまうほどにルーミアの動きが鈍かった。拘束から抜けようと暴れはするが、そんな様子では無駄なあがきというものだ。

 

 「よお、ルーミア」

 

 「師匠なのか……? なんでこんなひどいことするのかー?」

 

 「何を言っているんだ。ひどいことなんてしていないし、するつもりもない」

 

 俺はルーミアの肥え太った腹に手を伸ばす。それを見たルーミアは必死になって逃げ出そうと身をよじらせる。みすちーとリグルに助けを求めるような視線を向けるが、意味はなかった。

 

 「ルーミア、お前には失望したよ。なんだこの体は。一目見ただけでわかるぞ。あれからお前がどれほど自堕落な暮らしぶりをしてきたのか」

 

 ルーミアは暗闇を象徴として生まれた概念妖怪である。妖獣ならまだしも、物を食べすぎたくらいのことで太るはずはない。

 変化をきたすとすれば、その要因は精神に由来するものになる。堕落した食生活と自重しない食欲がルーミアの精神に影響し、その結果が肥満という形となって表れたのだ。

 

 「なんと嘆かわしい。だが、俺が来たからにはもう安心だ! すぐに元通りの姿にしてやろう」

 

 「何をする気なのかー?」

 

 「え? 普通に脂肪除去手術だけど?」

 

 そのくらい言われなくてもわかるだろうに。

 まあ、ここには手術機材なんてものはないし俺も医者ではないので、多少血の気の多い手段を取ってしまうことは致し方ない。

 

 「心配するな。お前は概念妖怪だ。このくらいのことで死にはしない。すぐに終わるからおとなしくしてるんだぞ」

 

 むしろその身体の回復力は邪魔なくらいだ。銃弾ではじきとばした足の傷は既に再生して完全に回復している。さっきも言ったが、ルーミアの肥満は精神の形が反映されたものである。いくら物理的に脂肪を取り除いたところで再生されてしまえば意味がない。

 つまり、重要なのはいかに手早くルーミアを調教してやるか、ということになる。

 

 「やだああ!? 痛いのは嫌なのだああ!」

 

 しかし、泣き叫ぶルーミアを見ていると、さすがに気の毒に思えてきた。

 そうだよな。痛いのは誰だって嫌だろう。むやみに痛めつけるだけの調教は間違っている。

 

 「わかった。ならこうしよう。最初に麻酔をかけてやる。これなら痛くないな」

 

 俺ってなんて優しい師匠なんだろう。さっそく麻酔の準備だ。

 

 『呪魂瘴』を発動した。呪いが勢いよく身体から噴き出た。今日はいつになく調子がいい。呪いの大盤振る舞いだ。瘴気を腕部に集中させていく。湧きたつ陽炎は視界を歪めるほどに盛況だった。ゴーレムハンドが黒いマグマに覆われていく。

 

 「ちがっ、それ麻酔じゃな……!」

 

 「はいチクッとしますよー」

 

 ドスッ!

 

 俺の手刀がルーミアの腹に突き刺さる。

 

 「あぎゃああああああ! いたいあついいたいいいい!」

 

 「違うな、ルーミア。これは痛いんじゃない。気持ちいいって言うんだ」

 

 俺はルーミアの腹の中へ、瘴気の注入を開始した。

 

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