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175話「決戦準備二人目」

 

 「ちち~ちち~ちん~ちちん~♪」

 

 さあて、みすちーが本調子を取り戻したところで、他の道場生にも会いに行ってみよう。みすちーから情報を聞き出す。それによればリグルが最近、頻繁に人里に出入りしているらしい。なんでも、寺子屋に通っているそうな。

 寺子屋とは教育施設。そんなところに妖怪が通うというのもおかしな話だが、幻想郷ならではと言うべきか、そこの教師は半人半妖で、授業を受けたいと望む妖怪を受け入れているそうだ。

 百聞は一見に如かず。この時間ならまだリグルが寺子屋にいるかもしれないということで、さっそく俺たちは人里へと向かった。

 

 * * *

 

 人里のはずれにある一軒の家。気配を隠しながら近づいていく。

 中からは賑やかな声が聞こえていた。ぞろぞろと木端妖怪たちが家から出てくるところを見ると、ちょうど授業が終わって帰る時間のようだ。もうすぐ日没である。ずいぶん遅くまでやっているのだなと思ったが、おそらく人間の部と妖怪の部で時間帯を分けて授業をしているのだろう。寺子屋には妖怪の気配しかなかった。

 塀の隙間から中の様子を探る。リグルの姿を発見した。俺はほくそえんだが、すぐに次いで舌打ちが出た。教室内に厄介そうなのがいるのだ。確かあれは上白沢慧音。なるほど、あいつがここの教師か。

 しばらく気配を消して様子を見よう。外をうろちょろしている小妖怪どもに見つかったところでどうとでもなるが、慧音はそうもいきそうにない。ハクタクの戦闘能力は未知数だ。事を荒げるにはまだ早すぎる。まあ、あまり急ぐ必要もあるまい。

 教室内にはリグルと慧音の二人だけが残っている状況だった。何か話をしている。

 

 「リグルは虫の世話が得意だな」

 

 「生き物係だから当然ですよ! それに僕は虫の妖怪ですから」

 

 リグルのそばに大きなガラスの水槽が置いてある。どこでそんなものを手に入れてきたのか。水槽の中には土が詰まっていた。どうやら何かの虫を飼っているようだ。

 

 「もうすぐ終齢に入るころです。これから越冬のために餌をたくさん食べるようになるから気を遣ってあげないと。きっと成虫にさせてみますよ。それで、来年は卵から育ててみる計画です」

 

 「ふふっ、そうか。人間の子どもたちもこの水槽を見て、日々成長していく虫の様子を喜んで観察しているようだ。生命の大切さを学ぶ機会になっていると思う。これもリグルの頑張りのおかげだ」

 

 「えへへっ」

 

 慧音がリグルの頭をナデナデしている。リグルは少し照れつつも、褒められたことが嬉しいのか笑顔を見せていた。

 

 あー、もうだめだ。びきびきくるわああ。

 我慢できねえ。ぶち壊したいその笑顔。ひひ、いひひひひ。

 

 辛抱たまらんくなった俺が飛び出しそうになっていると、やっと会話が終わったらしく、慧音が教室から出て行った。外に出た慧音は人里の方へ向かって飛んでいく。

 絶好のチャンスだあ!

 俺はみすちーに指示を出す。

 

 「ちんっ!」

 

 びしっと敬礼で答えたみすちーは速やかに垣根の隙間から寺子屋の敷地内に侵入していく。ここからはちょっと別行動だ。俺は堂々と玄関から家にあがった。教室に入る。リグルはまだ虫にかまっているようで、水槽を覗きこんで楽しそうにしている。

 

 「りーぐるくん!」

 

 「なぁに?」

 

 俺が呼びかけると、無邪気な返事をしてこちらを向いた。

 

 「あーそー……ボッ!」

 

 そして虚眼遁術を解いた。

 笑顔だったリグルの表情が、みるみる変わっていく。そこからの行動は速かった。リグルは水槽を抱えて走り出す。縁側から外に出て空に逃げる気だ。

 

 いいぞお! その判断力。「あれ、師匠じゃないですか」なんて間抜けなことは言わず、一目散に逃げることを選んだ。俺の雰囲気から感じ取ったのだ。ここにいることは危険だと。そうわかったとしてもなかなかとっさに行動できるものではない。実にお前らしい小虫の矮小な生存本能。

 だが、あと一歩警戒が足りなかった。

 

 ブゴオッ!

 

 リグルの頭に棍棒が振り下ろされる。縁側の外で、武器を持ったみすちーが待ち構えていたのだ。最初から挟み撃ちにする作戦だった。

 渾身の一撃。物陰に隠れていたみすちーに気づいた時には、もう凶器がリグルの目前に迫っている。即席の木製棍棒が鈍い音を立ててリグルの頭をかち割った。しいて言えば木製であったことが唯一の手加減である。しかし、丸太ほどの太さのある棍棒が真っ二つにへし折れたことからもその威力の高さがうかがえた。リグルは瞬時に気絶し、崩れるように倒れ伏した。ガラスの水槽が床にぶつかり、ガシャンと甲高い音とともに砕け散り、中の腐葉土をぶちまけた。

 

 おしい。だが、やはりお前も腑抜けている。昔のお前ならさっきの攻撃をかわせたはずだ。黒兎空跳をとっさに使うことができれば攻撃が来るのを見てからでも回避できた。今のお前は暗殺拳の使い手として失格だ。

 散らばった腐葉土の中にうごめくものを見つけた。まるまるとした10センチほどもある白い幼虫。それを手に取り、手のひらの上でコロコロと弄ぶ。

 

 「やれ、みすちー」

 

 思い出させてやろう、あの頃の輝きを。

 みすちーがリグルの体を仰向けに返した。依然として気絶しているリグルの口を無理やり開けさせる。意識がないため抵抗はない。そこにタッパーの中身を流し込んだ。

 リグルはうめき声をあげ、生理的反応としてえずき始める。みすちーは口と鼻を手でふさいで吐き出させまいとする。ついに息ができない苦しみの方が勝ったのか、リグルはおとなしく口の中のモノを飲み込んだ。

 1分ほど経ち、リグルが引き付けを起こし始める。意識はないようだが、うちあげられた魚のようにビタンビタンと激しく跳ねまわった。その後、仰向けのまま手足をワシャワシャとせわしなく動かすようになる。それが終わると急に跳ね起きた。四足で這うような姿勢だというのにすごいスピードでカサカサ駆けだす。

 

 「ゴッ! ゴッ!」

 

 そして勢いよく壁に頭をぶつけ始めた。何度も。

 俺とみすちーはその様子を喜んで観察していた。

 

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