168話「決まる合否」
「やったのかー!?」
リグルの術による爆発が土埃を巻き上げた。ルーミアが固唾をのんで見守る中、視界が晴れたその先にあった光景とは……
「う……が……」
「な!? リグルが死んでいる!?」
死んではいない。
俺はボロ雑巾状態となったリグルを踏みつけて立っていた。何が起こったのか、説明しよう。
まず、俺はリグルの黒白閃兎をやむを得ず受けた。それは間違いない。しかし、そこで終わらなかった。爆発に呑まれた直後、その爆風に抵抗せず流れに乗った。俺は黒兎空跳で爆風を蹴ったのだ。それにより斜め上空の位置に離脱。そこからさらに黒兎空跳を連続行使し、急激な角度変更を行った。爆発の中心、リグルがいる位置の上空へ移動し、そこから三度目の黒兎空跳。爆風をはねのけ急降下しながら空中で回転、直角三角形の軌道を描き、リグルの背中に華麗にストンピングを決めて着地したのである。
わかりにくく図解するとこう!
もっかい
空跳!③←-----②黒兎空跳!
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④踏み↓/①爆発&飛翔
Oh!> orz
(リグル)
かくして勝負はついた。道場生たちのだいたいの実力はわかった。四人がかりで俺に一撃も与えられないこの状況から見て、これ以上試験を続ける必要はないのかもしれない。
俺は倒れ伏すリグルの肩に手をかける。
「やはり、お前たちの力では俺に届かないか。やれやれ、無駄な時間を使ってしまったな……死ね、リグル!」
俺はリグルにトドメをさそうと手を振り上げた。
「できました!」
しかし、それを妨げるようにみすちーが声をあげた。リグルの首もとまで迫っていた俺の抜き手がピタリと止まる。
「みすちー、今、できたと言ったか?」
「はぁ……はぁ……はい!」
息を切らせたみすちーが運んできたもの、それはうな重だった。少なくとも俺の眼にはそう見える。試験開始からずっと調理を行っていたが、これを作っていたのか。
「くだらん、これを俺に食えというのか」
「これが今の私にお見せできる精いっぱいの力です」
珍しく強気なみすちーだ。そこまでのものがこの料理に込められているということか。面白い、その力とやら見せてもらおう。
「ぱくっ……んぬっ!?」
箸もち一口運んだ俺の舌の上、味蕾と鼻腔に衝撃が走った。
『なんだこのマズイ料理は、こんなもので俺を満足させられると思うとは命知らずな』と言うつもりだった。だが、その言葉が出てこない。
うな重かと思いきや、少しばかり異なるようだ。しっかりとした食感に、脂の少ない淡白さ、また独特の風味がある。この魚、うなぎではないな。ヤツメウナギか。うまく臭みが消してある。身を崩さず小骨だけを丁寧に砕いた下処理もきちんとできており食べやすい。そして濃厚で甘辛いタレの食欲を誘う香り。しつこすぎず、上品に素材本来の味を引き出している。白米との相性は抜群だ。思わず箸が進む。
だが、問題はそこではなかった。そこではないのだ。
「なぜだ、あの短時間でどうしてここまでのものを作ることができる……!?」
うなぎの調理はその難しさから『串打ち三年、裂き八年、焼き一生』と言われる。
今朝、たまたま魚の調達ができたとしても、朝食のため飯を炊いていたとしても、俺が与えた5分の猶予のうちから捌き始めていたとしても、絶対にこの味は出せない。時間が足らなすぎる。試験が始まってから数分しか経過していないのだ。事前に調理しておいて用意したものではないことは、俺が自分の目で確認している。確かにみすちーはこの場で調理を始めたのだ。とてもうなぎの焼きを仕上げることはできない。
「貴様、何をしたっ!?」
「それは……備長炭です」
備長炭だと。
備長炭は炭化率の極めて高い炭である。これを燃やした調理に際し、普通の炭とでは味の仕上がりに明確な差が表れる。熱の伝わり方からして違うのだ。うなぎの焼きに備長炭を使用することは当然である。それでは短時間で焼きあげることができた理由にはなっていない。
「備長炭は備長炭でも、この炭は私が作り上げた特別製です。私の羽を燃やし、その炎を窯に封じ込め焼きあげた逸品、それこそが“盲目の黒・夜雀備長炭”なのです!」
俺はみすちーが使った炭を急いで確認する。それはまるで鳥目に冒された愚かなる人間の視界のごとく染められた黒さ。そして叩けば金属のように鳴る硬質な音。これぞ究極の炭、夜雀備長炭!
炭の中に含まれた妖力が燃焼とともに噴き出し、食材をコーティング。大火力にも関わらず味を損なうことなく短時間での焼きあげを可能にしたというのか。
「フッ、見事だ。よくぞここまで成長したな」
「え、それじゃあ……!」
「ああ、お前たち全員、合格だ!」
みすちー、そしてルーミア、チルノが歓声をあげる。どうやら俺の気づかないうちに弟子たちは強くなっていたようだ。俺を越えるには至っていないが、卒業生として認めていいレベルには達しているだろう。弟子たちの成長を見届けた今、これで俺の役目は終わった。
俺は広場の端に置いていた甲羅を担ぐと、はしゃぎまわる皆に背を向けて歩き出す。
「あれ師匠、どこに行くのよ?」
「……」
「師匠?」
俺は足を止め、振り返らずに淡々と告げる。
「これより俺は、この道場を去る」
「……え? ちょっと、急な話ね。どこに行くのよ?」
言葉足らずだったか。皆は俺の言動を、またいつもの突飛な思いつきだろうと軽く受け止めているようだ。
しかし、俺はいつものふざけた調子にはならなかった。その緊張感が伝わったのか、皆が押し黙る。
「えっと、どういうことなんですか?」
「そのままの意味だ。もうお前たちに会うことはないだろう」
絶句する面々。冗談だろうという顔をしている。俺は今をもって、こいつらの師匠ではなくなる。そのための卒業試験だった。
「この道場はこれからどうなるのかー」
「お前たちの好きにするといい。とにかく俺はいなくなる。それだけの話だ」
「それだけって……師匠ォッ!」
納得いかないと言わんばかりの怒りをあらわにしてチルノが迫ってきた。俺の胸ぐらをつかんで睨んでくる。その様子を俺は冷めた目で見ていた。
「ふざけないで! この道場は師匠が作った道場なのよ!? 師匠がいなくなったらダメなのよ! 師匠がいろんなことを教えてくれたからアタイたちはここまでこられた……なのにっ、これからは誰がアタイたちの師匠になってくれるというの!?」
「お前たちはこの幻想郷で十分に生き抜くだけの力を得た。誰の助けも必要ないはずだ」
「無責任よ! だったら、アタイは師匠についていく! それなら文句ないでしょ!」
「どうやら、まだわからないようだな。では、はっきり言おう。俺はお前たちのことを心底、邪魔だと思っている。だから道場から出て行くと言ったんだ」
俺はチルノの手を振り払った。軽く手を払ったつもりだったが、思ったより力が入っていたようだ。チルノは体勢を崩して転んでしまった。
「俺には果たさなければならない戦いがある。大昔からの因縁だ。正直な話、この道場はその戦力となる兵を育成するために作ったのだ。俺はお前たちを利用していたにすぎない」
「……その戦いの時が来た、ということですか?」
「それはお前たちが知る必要のないことだ。なぜなら、貴様らは俺の思惑通りの兵にはならなかった。期待はずれもいいところだ。戦力の足しにもなりはしない。もうお前たちとのお遊びには付き合いきれなくなったのだ」
「もしかして、私たちを巻き込まないようにと考えてくれたのかー」
「勘違いをするな。俺はお前たちの身を案ずるほど心やさしい妖怪ではない。利用価値のないザコを見限ったまでのこと。思いあがるのも大概にするのだなァ!」
くそ、余計なことを言ってしまった。何も言わずに立ち去っておけばよかった。心の中で舌打ちする。どうも俺は昔から演技が下手でいけない。
俺はごまかすように声を張り上げる。
「ぜええいいいぃん、せいれつ!」
突然の号令に皆は驚いて硬直したものの、反射的に体が動くのか指示通り一列に並ぶ。
「乙羅四訓、斉唱はじめ!」
「一つ、己の弱さを受け入れて!」
「一つ、己の弱さを克服し!」
「一つ、己の弱さを強さとする!」
リグルが気絶しているため三つしか言えていないが、全員大きな声で胸を張ってこの道場のモットーを唱える。
「その言葉を忘れるな。俺の教えのすべてはそこにある」
「「「はいっ!」」」
偉そうなことを言ってしまった。俺がそんなことを言える立場か。
弟子たちは真剣に返事をしてくれた。その目はまっすぐに俺のことを見ている。うぬぼれでなければ、きっとこれからも俺についてくると言ってくれるのだろう。だといいなあ。
だが、それはできない。こいつらとはここで別れなければならない。それが一番良いのだ。俺にとっても、こいつらにとっても。
俺は狂気のバルブを緩める。脚に力を集中させた。
殺法『暗瞬兎跳』
強く地面を蹴った。弾丸のように飛び出す。これは暗殺拳基本三技の上位、二技連結奥義である。弟子たちが使える黒兎空跳では追いつけないスピードが出せる。俺は後ろから聞こえる声も無視して、立ち止まることなく走った。すぐに声は遠くにかすみ、聞こえなくなる。それでも一心不乱に走り続けた。
そして、俺は、