164話「哄笑御礼」
俺はどこか知らんところにいた。
屋内のようだ。開放的な広い空間。随所にきらびやかな装飾が施されている。ゴシック建築というのだろうか。要するに教会のような場所だった。いや、教会そのものである。俺は教会にいた。
どうしてこんな場所にいるのかわからない。幻想郷に教会なんてなかったはずだ。俺の知らないところにあったのだとしても、なぜ自分がここにいるのか経緯が不明だ。紫の仕業だろうか。あいつ、また俺をからかって遊ぶ気だな。
「葉裏さん、お久しぶりです」
誰かから声をかけられた。振り向くと、なんと懐かしい人物がいる。白蓮である。聖白蓮。命蓮寺の姉さん。たしか、法界に封印されたのではなかったか。よく見れば寺にいた妖怪たちが一堂に会しているではないか。寅丸、ナズーリン、一輪、雲山、あとえっと、なんかもう一人いるけど、船乗りっぽい人。全員、そろっている。確か、聖輦船と一緒に地底にいるはずでは。
周りを見渡せば他にも紫や藍、ゆうかりんなどたくさんの妖怪たちが集まっている。
「おいおい、どうしたんだ。なんでみんながここにいるんだよ」
「なにを言ってるんですか! 葉裏の祝いの席にこうして皆で駆け付けたんですよ」
寅丸が元気よく答える。祝いの席とはどういうことだ。見当はつかないが、みんな楽しそうな雰囲気である。俺も命蓮寺の連中に会えたことは嬉しい限りだ。意味はわからないが、何か悪いことが起きる様子ではなさそうである。
「君も水臭いな、葉裏。もっと早く教えてくれればよかったものを」
「は? 何が?」
「何がって、結婚式のことだよ」
ナズーリンの言葉に面食らう。つまりここで結婚式がこれから開かれるようだ。なるほど、だから教会なのか。しかし、誰の結婚式なのだろうか。まったく心当たりはない。
「こら、葉裏。ネクタイが曲がっているぞ。まったくお前はいつもだらしがない。こんなときくらいきちんとしろ」
一輪がそう言って、俺の服装を整えてくれる。衝撃的なことに今まで気づかなかったが、俺はタキシードを着ていた。しかも色は真っ白。俺のセンスではない。間違ってもこんな服、普段なら着たいとは思わない。だが、教会、結婚式ときてこのタキシード。状況から考えるに、俺が新郎なのか。
「葉裏よ、余興はこのワシに任せよ! 素晴らしき筋肉ミュージカルで場を盛り上げて……」
「ちょっと待った! 俺はこれから結婚するのか!?」
「当たり前じゃないか。変なことを言うね、これは君の結婚式だよ。もしかして、マリッジブルーというやつかい?」
おお……そうか、俺は結婚するのか。それはめでたい。記憶があいまいだが、俺が新郎ということで間違いないらしい。
それで、相手は誰なんだ。おかしな話だが俺は新婦が誰なのか知らなかった。期待と不安が入り混じる。
「師匠、何やってんですか! もう式が始まっちゃいますよ!」
そこにリグルが現れた。なにやら神父のような服装をしている。俺はわけもわからぬままリグルに背中を押されて教会の奥、ステンドグラスの光に照らされた十字架の下へとやってくる。
ちちちちーん! ちちちちーん!
ちちちちっちちちち、ちちちちっちちちち!
鳴り響く結婚行進曲。というか、みすちーの歌。完成度はともかく、ムードは最高潮に高まっていく。
そしてついに、堂の入り口の扉が開かれた。その向こうから新婦が姿を現す。
それは、純白のウエディングドレスに身を包んだ永琳だった。
頭を殴られたかのような錯覚に陥る。
だが、すぐに気を取り直した。
そうだ、今日は俺と永琳の結婚式だった。それを忘れるなんて俺は大馬鹿か。ちょっとテンションが上がりすぎて頭がおかしくなっていたのかもしれない。
永琳はバージンロードを歩いて、ゆっくりとこちらに向かってくる。その美しいドレスの裾を、ルーミアとチルノが永琳の後ろに付き添い持って歩いている。おごそかで神聖な光景。だが失礼な話、そんなものは俺の眼中になかった。俺はただ、永琳のことだけを見ていた。ドレスが似合っているとか、そんなことを考える余裕もないほどに、彼女に見惚れていた。
その永遠にも思えた時間は終わり、いつの間にか永琳は俺の隣に並んで立つ。みすちーの歌が止み、俺たちの目の前にいる神父のリグルがコホンと咳払いした。
「さてこれより、新郎乙羅葉裏と新婦八意永琳の挙式を行います。しかーし、ぶっちゃけ僕は結婚式の手順なんて知りませんので、ごちゃごちゃした流れは全カットします。というわけで、さっそく指輪の交換といきましょう!」
それでいいのかと呆れもしたが、俺は特に気にしなかった。堅苦しい儀式なんか不要なのだ。俺は永琳と一緒になれればそれでいい。永琳がそこにいれば後は何も要らない。
俺は自分の指輪を準備する。
(あれ……?)
だが、俺が指輪だと思って手に持っていたものはナイフだった。
これはどうしたことか。なんで俺はこんなものを持っているのだろう。
しかも、永琳も俺と同じようにナイフを持っていた。
「でも、あれですね。もう時間も押してきてますし、巻きで行きましょうか。ケーキ入刀も一緒にやっちゃいましょう。はいでは、交換&入刀!」
おもむろに、永琳はナイフで俺の腹を突き刺した。
白いシャツが瞬く間に血で赤く染まっていく。喉の奥からこみ上げてきた血を口から吐き出した。激痛が拍動に乗って広がっていく。
おっといけない。呆けている場合ではなかった。俺もやらないと。
俺は永琳の腹に持っていたナイフを突き立てる。肉を引き裂く感覚が手に伝わった。そのまま薄い腹筋を貫通。刃が柔らかい内臓に達したところで、豪快にひねる。粘つくような抵抗感。フォークでパスタを巻き取るような気軽さで繊維質をえぐった。俺と同じように、永琳がゴブリと吐血する。
「はははは……」
笑いがこぼれた。血を吐く永琳の姿がツボった。永琳も満面の笑顔だ。俺たちは互いに刺し貫き、互いに笑い合う。
そこで会場には盛大な拍手が沸き起こった。誰もがこの幸せな結婚式を祝福していた。
ははははは!
ひひひ!
うひゃひゃひゃ!
わはははは!
伝染するように笑いが広がる。げらげらげら。抱腹絶倒。みんな狂ったように手を叩きながら、げらげら笑う。笑いすぎて腹が痛い。腹が、痛い。アホか、それはナイフが刺さってるからだっつーの。げらげらげらげら。もう、おかしすぎてゲロ吐きそうだ。ちょっとエチケットタイムもらっていいかな。じゃ、吐くぜ。
gerogerogerogerogerogerogerogerogerogero!
* * *
「ぎゃあああああああ!!」
布団から飛び起きた俺は反射的に走り出した。道場小屋の玄関まで行き、そこで慌てて引き返し、甲羅を持ってから再び玄関に下りて外に出る。
小屋から少し出たところで立ち止まった。足の裏に食い込む砂利の感覚が、ここが夢なのではなく現実だと教えてくれた。そう、夢なのだ。さっきまでの悪夢は夢。夢が悪夢。もうすぐ冬だというのに、びっしょりと不快な汗をかいていた。
「はぁ……はぁ……くそ……」
それで、道場を出た俺はどこに行くというのだ。
空を見上げると澄んだ寒空の真ん中に月があった。水面に映っているかのように、ゆらゆらと光が揺れる。
俺は道場に帰った。
「どうしたのかー?」
寝室に入ると寝ぼけ眼をこするルーミアが声をかけてきた。俺は何も答えずルーミアを抱き枕にして布団に入る。ルーミアはそれ以上、何も聞いてこなかった。
そんな夜が何日か続いた。