160話「歴史に残らない大結界騒動の一幕」
「はあ……はあ……」
晩秋の肌寒い深夜というのに俺の冷や汗は止まらない。逃げてきた俺たちは、ゆうかりんがいた場所とは対極の位置まで来ていた。
「リグル、俺の、俺のおっぱい触ってみろ……」
「いや、なにとち狂ったことを」
「いいからほら、心臓がドキドキ言ってるだろ、ははは」
ポジティブに考えよう。あの距離でゆうかりんの存在に気づけたのは不幸中の幸いだった。もしあのとき、俺が調子に乗って人ごみに紛れ美少女を物色し、ねぇちゃんエエケツしてまんな〜とばかりに痴漢行為を行っていたら。そしてその美少女がゆうかりんだったとしたら。俺はあまりのショックで心臓発作を起こし、死んでいただろう。
ひとまず危機は脱した。集会が終わったらすぐに帰ろう。ゆうかりんがこちらに近づいてくればわかる。とにかく今はここでじっとしておけば安全だろう。
気を紛らわすために辺りを見て回る。参加者に向けて、炊き出しのサービスが行われているようだ。食い物で釣る作戦か。おにぎりが配られており、俺たちももらってきた。ゆかりごはんだった。
「ツナマヨ食いてえ」
「あ、なんか始まるみたいですよ」
あばら家の壇上にあがる人影が見えた。ここにいる妖怪たちは何の話か、集められた理由すらわかっていない者も多い。不安入り交じる喧騒のさなか、風雲急を告げる波乱の幕があがろうとしていた。
* * *
激論!朝まで生妖怪集会!
テーテーテーテテッテー(テッテッテー)
テーテーテーテテッテー(テッテッテー)
テテッ!
藍
「えー、お集まりの皆様方、この度はお忙しい中、ご足労いただきましてありがとうございます。私は妖怪の賢者、八雲紫様の代理としてこの場を預からせていただきます、八雲藍と申します。どうぞよろしくお願いします」
天狗A
「妖怪の賢者は来ていないのか。なぜだ」
藍
「紫様はどうしても手が放せない事情がありまして」
葉裏
「どうせ冬眠の準備だろ」
藍
「……こほん、それでは本題に入りましょう。話というのは他でもない、博麗大結界に関してです。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、今一度説明いたします」
情報通の妖怪
「説明しよう、博麗大結界とはッ! 幻想郷全体を覆う巨大な結界術式であるッ! 近年、めざましい科学技術の発達をとげた人間たちは、オカルト的思考をことさら否定する傾向が強くなっているッ! すなわち、妖怪に対する“恐怖心”を忘れ、我々にとって住みにくい環境となったッ! 壮絶ッ、あまりに壮絶ッ! その影響を憂慮した妖怪の賢者の発案・主導により、幻想郷を外の世界から隔離し、現状を維持するための障壁として作られたのが、この結界であるッ!」
藍
「え、えっと、その通りです。誰だか知りませんが、解説ありがとうございます。そのような経緯があり現在、幻想郷は外の世界の脅威から守られた安全地帯となっています」
のっぺらぼう
「ちょっと待て。そう言われても、すぐには納得できない。その結界とやらの仕組みについて、きちんと教えてくれ」
藍
「もちろんお答えします。簡単に申し上げますと、この結界は“常識”と“非常識”とを分け隔てる強固な壁です。これにより、外の世界を常識の範疇、幻想郷内部を非常識の範疇として分離しました。妖怪に優しい空間を作り上げたわけです。ただし、これは物質の通過を妨げるというより、精神に働きかけるものです。その性質上、完全に幻想郷を外の世界から隔絶させるものではありません。あえて分離を緩やかにすることで、様々な状況に柔軟に対応できるようにするための措置です。例えば……」
一つ目小僧
「ひそひそ……(常識? 非常識? 今、何の話してるか、わかる?)」
エンラエンラ
「ひそひそ……(わからん)」
油すまし
「ひそひそ……(おにぎりのおかわりないの?)」
藍
「というわけですので、安心していただいて結構です。結界の管理につきましても、紫様と博麗の巫女が協力して24時間体制でチェックを行っていますので、万が一にも不備はありま……」
ろくろくび
「はぁ!? 博麗の巫女だと! 確かそいつは博麗神社の霊力を持った人間だろ。何で人間が関わってるんだよ!」
ヒトダマ
「博麗の巫女は妖怪退治人だ……おれっちの仲間もいっぱい成仏させられちまった。ううっ……」
河童B
「そんなに大事な結界なら、人間に管理を任せるのはおかしいんじゃないか!?」
藍
「ご安心ください、対策は万全です。博麗の巫女は幻想郷の秩序を守る存在であり、単なる妖怪退治屋とは異なります。妖怪勢力と人間勢力の衝突を調停する者であり、直接的な敵ではありません。彼女に結界管理の一端を任せることには、高度に政治的な理由がありまして」
鎌鼬
「言ってることの意味がわかんねぇ」
女郎蜘蛛
「だいたい、こっちはその結界様のせいで、既に被害を受けてるのよ。外の世界からわらわらと礼儀を知らない傍若無人な妖怪が逃げ込んで来るもんだから、いい迷惑だわ」
小傘
「そうです! あちきのような人間の恐怖を食べてほそぼそと暮らしている零細妖怪たちにとっては一大事です。幻想郷のあちこちで、外から来た妖怪にいじめられる者が続出しています。何とかしてください!」
藍
「はい、そのような問題が多発していることも伺っております。しかし、ここは同じ妖怪のよしみ、危険な外の世界から避難されて来た方々を温かい気持ちで快く迎え入れることで」
ゴブリン
「温かく迎え入れるダアッ!? 甘い……甘スギル! お前たちのように温室でぬくぬくと育った貧弱妖怪どもなど、我ら外妖怪の餌食となって当然!」
ゾンビ
「クカカカ、生物淘汰という言葉を知っているか? 弱者は滅び、強者は生き残る! その環境に元からいた固有種を外来種が食い潰すことは、珍しくもあるまい?」
天狗B
「ふざけんな! 新入りのくせにデカイ面すんじゃねぇよ! 幻想郷から出ていけ! 帰れ!」
スケルトン騎士
「待たれよ。貴殿らの怒りはもっとも。しかし、どうか許してくださらぬか。幻想郷は私たち外妖怪にとっては最後の楽園。他に行き場はないのだ」
天狗C
「知るか! この骸骨野郎! 骨粗鬆症になれ!」
スケルトン騎士
「き、貴様、私の骨を愚弄したなっ! 許せん! 決闘を申し込む!」
ヤマンバ
「ちょべりばっ」
響子
「おはよーございます!」
藍
「落ち着いて、皆さん落ち着いてください! 外来の妖怪の方々とのトラブルはあるかと思います。ですが、きちんと互いに話し合い、理解し合えば共存共栄できるはずです。この妖怪集会を機に、助け合いの精神をもって幻想郷の地域社会の発展に向け、一丸となって頑張ろうではありませんか!」
枕返し
「それができたら苦労せんわ! もうアンタじゃ話にならん。責任者を出せ!」
雪女
「そうよ、妖怪の賢者が余計なことをしなければ、こんな騒動は起きなかった。責任を取りなさいよ!」
妖怪狸
「八雲紫を出せ! 今すぐ出せ!」
藍
「ですから、紫様は火急の用事のため参加できな」
葉裏
「言い訳ばっかすんな! モフッモフッしたシッポしやがって! 揉ませろ!」
泥田坊
「そうだそうだ! 触らせろ!」
座敷わらし
「九本もあるんだから一本くらいよくね!?」
藍
「ちょ、ちょっと何でですか!? 今、全然関係ない話でしょう!」
妖怪エロ親父
「関係ないってことは……ないんじゃないのか?」
藍
「どこが!?」
葉裏
「じゃあ、おっぱい見せろ!」
藍
「意味がわかりません!」
旧鼠
「おっぱいぐらいいいじゃん!」
人面樹
「巨乳見せろ!」
妖怪エロ親父
「いや、まだ巨乳と決めつけるには……早いんじゃないか?」
百目鬼
「え?」
見越し入道
「え?」
ツチノコ
「え?」
うばりよん
「お前、何言ってんの? 巨乳だろ。常識的に考えて」
火車
「奴が巨乳ではない可能性が微粒子レベルで存在している……?」
応声虫
「逆に考えてみろ。あの九尾が着痩せするタイプだとすれば、巨乳ではない。神乳もあり得る」
ぬっぺふほふ
「どうしてお前らはそうやって無駄な脂肪の塊に固執するんだ! 貧乳かもしれないだろ!? ていうか貧乳以外認めねぇ!」
葉裏
「複乳、という線もある」
小豆洗い
「もっ、盲点……!」
一反木綿
「い、いやそれはさすがに穿ち過ぎでは」
藍
「何の議論をしているんですか!? 止めてください!」
葉裏
「うるせえ! お前がポロリすれば問題は全て解決するんだよ! 覚悟決めてスッパしろ!」
清姫
「いやん、スッパしてぇ!」
入内雀
「もうスッパするっきゃない!」
ケセランパサラン
「スッパテンコー! フゥーー!」
藍
「誰が脱ぐか! 煽りを止めろ!」
葉裏
「しかたねぇな。なら、俺が脱ぐ(ぬぎっ)」
藍
「なぜ!? 理解に苦しむ!」
蜃
「幼女が、全裸だと……!」
垢舐め
「私の出番ですかな」
バックベアード
「このロリコンどもめ!」
河童C
「裸祭じゃい! 俺も脱ぐぞお!(ぬぎっ)」
手洗い鬼
「乗らなくちゃ! この波に!(ぬぎっ)」
大天狗様
「今こそ飛翔のとき!(ぬぎっ)」
みんな
「「「わっしょい、わっしょい、スッパわっしょい!」」」
藍
「み、皆さん、私の話を……」
わっしょい!!
わっしょい!
わっしょい
ゎっιょぃ
・
・
・
* * *
夜更け頃、集会はお開きとなった。
一時は一触即発の険悪な空気だった会議も、俺の機転により無事に危険は回避された。注目を操った発言で論点を誘導したのである。さすが俺。
「いやぁ楽しかったな、リグル」
「全然」
しかし、裸祭が終わり、帰路につこうと歩いていた俺たちの前に立ちはだかる壁があった。八雲藍さんです。
「やあ、葉裏さん。少しお話したいことがあるんですが、構いませんよね。お時間は取らせませんよ。すぐ済みます。すぐです」
まあ、その憮然とした表情から見ても何が言いたいかはわかる。よし、逃げよう。
踵を返して走り出そうとした俺だが、その足が止まった。なんと後ろにいつの間にやら八雲紫がいたのだ。挟み撃ちである。紫相手に逃走は困難。退路が絶たれた。
「あら、葉裏。集会は楽しめたかしら? 私は忙しくて参加できなかったのよ。また派手に騒いだそうじゃない。次は私と楽しいことしましょうか。今から」
どうやって藍と紫を煙に巻こうか頭をひねっている俺の前に更なる絶望が突き付けられる。視界の先にちらつく白い傘。来た、圧倒的な死の気配が。風見幽香がゆっくりとこちらに近づいてこようとしている!
前門の藍、後門の紫、獄門のゆうかりん。逃げることあたわず。
「ウワ、ウワワワワ〜!」
「ぼ、僕は帰ってもいいですよね!? ねぇ、いいでしょ!? ねぇ!?」
その日、俺とリグルは妖怪という存在の切なさを知った。