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153話「暗黒太陽」

 

 俺は思う。最近、道場の修行が緩みすぎではないか、と。

 はっきり言って、遊び過ぎである。暗殺拳を極めんとする者として、あまりにものほほんとしている。それは俺自身についても言えることだ。どうやら、道場の安穏とした空気に毒されていたようだ。たまには気合いの入った修行で喝を入れる必要がある。俺は弟子たちを全員、道場の前に集めた。

 

 「そういうわけで、本日の修行は一味違うぞ。覚悟するがよい」

 

 「えー! やだやだー!」

 

 「具体的には、何をするつもり何ですか?」

 

 皆の反応は芳しくない。きつい訓練になると聞いてやる気が出ないようだ。だが、案ずるなかれ。単なる苦行ではなく、辛さの中にも楽しさを加え、皆のモチベーションが下がらないようなメニューを考えてある。

 

 「今日の特訓は……ピクニックだ!」

 

 「ピクニック? わーい、それならやるわ!」

 

 「たまにはみんなで遠出するのもいいですね。よーし、すぐにお弁当作ります!」

 

 「お弁当うまいのかー」

 

 全員やる気が出てきたようだ。大変結構。そのくらいの気概がなければ、この訓練はクリアできまい。

 

 「もー、師匠ってば脅かさないでくださいよ。それで、行き先はどこですか?」

 

 「ちょっと太陽の畑に」

 

 「そうですか、花畑に……え?」

 

 ぼとりと、リグルがリュックを落とした。驚愕の表情に染まっている。さすがはリグル、もう俺の意図に気づいたらしい。

 太陽の畑。妖怪の山から遠い奥地にあるそこは、妖怪にとって特に危険な場所というわけではない。あるルールさえ守っていれば、という但し書きがつくが。その場所のヒマワリを傷つけてはならない。もしその禁を犯せば“管理者”による制裁を受けることになる。花畑の主、風見幽香の裁きを。

 

 「まさか師匠、風見幽香に喧嘩を売る気じゃ……」

 

 「そうだ。それが今回の特訓だ」

 

 「な、ななな何を言ってるんですか! 幻想郷屈指の大妖怪、自分の花畑に危害を加える存在はたとえ神であろうと完膚なきまでに葬り去り、その危険度は『一にハクレイ、二にユカリ、三四がなくて、ユウカ最強』とまで噂されるあの風見幽香ですよ!?」

 

 「その風見幽香だ」

 

 「待ちなさい! 今をさかのぼること1万年、神話時代に繁栄した巨大文明。その統治者である『マスターズ・トリプルシックス』の唯一にして最大の敵対者、暗黒太陽の光により世界を混沌に陥れようと企んだ『覇王・ウィンドルックファントムパフィウム』の転生者である、あの風見幽香を相手にするって言うの!?」

 

 「その風見幽香だ」

 

 たちまち阿鼻叫喚の声をあげる弟子たち。この反応も予想していたことだ。暗殺拳を教えたとは言っても木っ端妖怪に変わりはないこのバカルテットが、大妖怪の名前に尻込みしてしまうのはしかたがない。

 しかし、俺は妖怪の実力を成長させるために最も重要な要素とは、“命の危機”だと思っている。生存本能が極限まで高められた状態での実戦こそ、最高の修行となる。ぜひここで逃げ出さず、苦難に立ち向かって欲しいのだ。

 

 「今から話すことをよく聴いておけ。幻想郷の大妖怪として恐れられている風見幽香はな……ワシが育てた」

 

 「「「!?」」」

 

 「かつてのゆうかりんは、お前たちと同じような弱小妖怪だった。草花を愛し、自然を愛し、そして本来なら敵であるはずの人間をも愛する、優しい妖怪だった。そんな甘い妖怪が虐げられるのは世の常。不憫に思った俺は、彼女に武の道を示したのだ」

 

 「し、信じられない……」

 

 「それから俺は、ゆうかりんと別れ、長い年月が経った。再びあいまみえたのは、俺が幻想郷へ来たときだ。あいつは変わった。手に入れた力の使い方を誤り、闇へと堕ちた。俺には、道を踏みはずしたゆうかりんを正す責任がある。だから、どうかお前たちにも力を貸して欲しいんだ」

 

 「そんなこと急に言われても……本当の話何ですか?」

 

 「嘘だ」

 

 「何で嘘ついたし!? しかも速攻でバラすなし!?」

 

 「とにかく行くぞ」

 

 「強引に話まとめた!?」

 

 「どうしても嫌だという奴がいれば、しかたない。そいつは後日、俺と殺人組手デスマッチ訓練を受けてもらうことになるが、どうする?」

 

 「理不尽!?」

 

 こうして俺たちは太陽の畑を目指し、死の行軍ピクニックを開始した。

 

 * * *

 

 「作戦ポイントを確認……敵影なし」

 

 あれから5時間ほどが経過した。支度を済ませ、空路にて目的地へ向かう(俺は陸路)。日暮れ前には太陽の畑に到着することができた。

 場所はヒマワリ畑の外、草原の縁の木立に身を隠し、周囲の状況を入念に観察する。

 血のように赤い夕焼けが盆地を照らし、鱗雲を臓物色に染めていた。ヒマワリ畑は近づき難い異彩を放っている。季節は秋。盛りを終えたヒマワリたちは枯れて黒ずみ、花弁が落ちて種が詰まった萼は頭を垂れ、それでも地面に立っていた。そこに生命力溢れるみずみずしさはない。畑には無数のヒマワリが墓標のように立っていた。

 

 「作戦を説明する。まず畑の中央に集合、そこで各自ヒマワリを採取し、速やかにここから離脱する。以上だ」

 

 「風見幽香と戦わないんですか?」

 

 「お前たちの実力では束になっても敵わない。攻撃も足止めすることだけに集中し、全力で逃げろ。奴は『花を操る程度の能力』を持っている。ヒマワリ畑は完全に敵の支配領域だ。中に入ったら、一瞬も油断するな」

 

 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた気がした。いまだかつて、ここまで緊張を要した修行があっただろうか。俺たちは、もはや遊びでは済まされない悪魔の行楽に興じようとしていた。

 

 「できる限りお前たちだけで対処してみせろ。どうしようもないときは俺が闘う。何か他に質問はあるか?」

 

 「あ、あの」

 

 「どうした、みすちー」

 

 「これ、作ってみたんですけど、食べますか?」

 

 みすちーはレーションを作って持って来ていた。皆がそれを一瞥する。

 

 「それでは作戦を開始する。走れ!」

 

 俺は「虚眼遁術」で気配を消し、「黒兎空跳」でヒマワリ畑を駆け抜けた。いち早く集合地点にたどり着き、危険がないか探る。遅れて他の連中も到着した。

 

 (覚悟はいいか? いくぞ!)

 

 それぞれ、一斉にヒマワリを地面から引き抜いた。

 


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