152話「Gの恐怖」
グロ注意
「あ゛ー、のどいでー」
「師匠、大丈夫ですか?」
にとりに呼ばれて新開発メカの実験に付き合わせられた。といっても今回は危険なメカではなく、ただのカラオケマシン(採点はQ換算)である。つまり、リグルと俺とにとりの三人でカラオケで遊んだ。女子とカラオケとか俺、超リア充なんじゃね?
調子に乗りすぎて喉を痛めたが。『夜の女王のア●ア』熱唱は止めとけばよかった。
「それにしても楽しかったですね、“からおけ”というのは」
リグルはずっとセミとかコオロギとかスズムシの鳴き真似しかしてなかったが、あれのどこが楽しかったのだろうか。
遊び疲れて妖怪の山からただいま、帰宅。今日も乙羅暗殺拳道場は平和……
「キャーーーーー!!」
「な、なんだ!?」
突如として絹を裂くような悲鳴が道場の方から聞こえた。あれはみすちーの声だ。まさか敵襲か。畏れ多くも我が道場に手を出すとは、身の程知らずが。性感帯をもって生まれてきたことを後悔させてくれる。
俺は戦士の闘気をみなぎらせ、道場に向かって走った。
「みすちー、無事か!?」
「葉裏さん、助けてください! アレが出たんです!」
みすちーは炊事場にいた。すっかり怯えきった様子で駆けつけてきた俺に泣きついてくる。暗殺拳の使い手であるみすちーをここまで恐怖させる相手とはいったい何者か。みすちーは俺の背中に隠れて部屋の隅を指差す。
そこに、カサリと動く影があった。ぞわりと背筋に怖気が走る。それは太古よりそのおぞましき姿を変えぬ生きた化石、台所の黒い悪魔、名前を呼んではならないあの頭文字G。ゴキちゃんが、そこにいた。
「てめぇは、生かしちゃおけねえ!」
俺は近くにあった“文々。新聞”を手に取り、丸め、伝家の宝刀シンブンシブレードを作成。敵に目掛けて躍りかかった。
「やめろォ!」
スパァン!
しかし、横合いから邪魔が入った。俺とゴキの間にリグルが割り込んで来たのだ。シンブンシブレードはリグルの眉間に当たり、止められた。
「リグル、貴様なんのつもりだ? そこをどけ。さもなくば、斬る」
俺は闘気を上げてリグルを威圧し、シンブンシブレードに力を込める。リグルはわずかに後退したが、それ以上動くことはなかった。
「師匠、この世の中には力だけで解決すべきではない問題がたくさんあります。このゴキブリもそう。ただ不快害虫だというだけで、むやみに駆除することが本当に最善と言えるでしょうか?」
リグルは元が虫の妖怪だけあって、こういうときに口うるさい。リグルが物陰に手を差し出すと、ゴキは自らその姿を表した。ブーンと滑空するように飛び、リグルの手の上に着地する。
「ちょ、ゴキブリ手に乗せるって、正気かよ」
「怖かったね、もう大丈夫だよ。ここは危険だから早く離れた方がいい。僕が安全な場所まで運んであげるよ。ん、君の他にもまだ家族がここに暮らしているんだね。心配いらないよ。後で全員、僕が助けるからね」
リグルは元が虫の妖怪だけあって、どんな虫とも会話することができる。というか、ゴキの家族がまだここにいるというのか。
「ちょっとこのゴキブリを逃がしてきます」
「ちゃんと手ぇ、洗ってこいよ!」
全く、もうすぐ晩飯の時間だというのに食欲のなくなるような物を見せられて、いい迷惑だ。俺は居間に上がって囲炉裏の側に座る。美鈴が内職(提灯作り)をしていた。お前、門番じゃなかったのか。さっきの騒ぎにも我関せずか。
「悪い“気”は感じなかたから、別に危険はないと思たノヨ。それにゴキブリくらいで大騒ぎしすぎアル。あんなもん、ほっとけばどっか行くネ」
「お騒がせしてすみません。もう少しでご飯の用意ができますから」
炊事場からは良い匂いがただよってくる。俺は新聞を読みながら飯ができるのを待った。なになに、第三次天魔政権発足後最大の波乱か、大天狗首脳会談にてまさかの下ネタ連発、早くも総辞職の兆し……
「ただいま帰りました」
「ただいまなのかー、ごはんなのかー」
「アタイったら、ただいまね」
リグルに加え、ルーミアとチルノも帰ってきた。こいつらはどんなに遊び呆けていても、飯の時間にはきっちり帰宅する。それが誉められたことなのかどうかは言及しないでおく。
まあ、食卓が賑やかなのは良いことだ。囲炉裏の回りに道場勢全員が揃う。
「今日は少し忙しかったので、有り合わせの食材を工夫して使ってみました」
「みすちーの作る料理は何でもうまいからな。で、今晩のメニューは?」
「ゴキブリ丼です」
DON!
キラキラと光る白米の上に鎮座する、素揚げされた何匹ものゴキ。その黒さとのコントラストが美しい。綺麗に全身を揚げ抜かれたゴキブリたちは今にも飯の上で蠢き出しそうな臨場感を醸し出していた。
俺は静かに手を合わせた後、そのうちの一匹を箸でつまみ、口へ運ぶ。
シャリッ、パキャッ、パリッ、ジュワッ
「うん、うまい」
サクサクの表面と中から溢れ出す体液の風味が絶妙だ。これはご飯が進む。ルーミアなんか、もうおかわりしそうな勢いで食っている。ちなみに白米はみすちーが闇ルートから入手したものを使っている。
「どうですか、ゴキブリの羽のパリパリ感を生かそうと思って揚げてみたんですが」
「いいと思うぞ。腹をパキッと割って、アツアツの腸管をチュルッと吸い込むのがンマイのよ、これが。強いて難点をあげるなら、脚の突起が舌によく引っ掛かるところかね」
「頭部の苦みばしった神経系も最高なのだー」
料理は概ね好評だった。しかし、不満の声を上げる者もいた。
「アタイ、ゴキブリ嫌い」
「チルノ、お前はまた好き嫌いして」
チルノはゴキブリを一匹一匹、箸でひっくり返しては、腹をつついてほじくり出すという行儀の悪い食い方をしている。
「お前、卵しか食ってねーじゃねぇか」
「だって卵おいしいんだもん。卵以外はパサパサしてたり苦かったりでおいしくない」
確かに卵はうまい。ゴキブリの雌は尻に卵がたくさん入った袋を持っている。あの舌の上でプチプチと弾ける食感と、クリーミィな味わいはクセになる。また、孵化しかけの幼体が詰まった卵袋も格別で、プリップリの新鮮な小エビのような味と食感が素晴らしい。
「あれ、リグル、美鈴、二人ともどうしたんだ?」
「食べないのかー」
リグルと美鈴だけ料理に箸をつけていなかった。美鈴は今にも吐きそうですと言わんばかりの顔をしている。リグルはうつむき、ぷるぷると肩を震わせていた。具合でも悪いのだろうか。
「ウオアアアアアア!! お前ら人間じゃねーッ!!」
叫んだのはリグルだった。渾身の叫び。そして号泣。握りしめた拳を何度も床に叩きつける。
「リグル、な、なにを」
「ちくしょう、狂ってやがる……お前らの頭ン中、みーんな狂ってんだあああああ!」
リグルは泣き叫び、家を飛び出して行った。いつもは冷静沈着なリグルがここまで取り乱すとは、何があったというのか。リグルの奴、悩みを一人で抱え込まなければいいが。
「葉裏さん、追いかけた方がいいですよね」
「いや、放っておけ。リグルもそういう年頃なんだろう。俺たちは、ここにあいつの居場所を作って待って、いつも通りに接してやればそれでいいのさ」
「……そうですね。じゃあ、リグルちゃんのご飯は片付けずに置いて置きます。帰って来たら、温めなおして出しましょう」
「ああ、ホカホカのゴキブリ丼、食わしてやんな」
「あんたら、鬼アルヨ……」