140話「空へはばたけ!」
まったりと過ごす午後のひととき。秋になっても霧深い湖のほとりで、俺は犬ように這いつくばり湖の水を直飲みしていた。水うめぇ。
「〜♪」
おや、そこに一匹のリグルがやってきました。鼻歌なんぞうたってご機嫌のご様子。俺の嗜虐心がいい具合に刺激される。
「おい、リグル」
「あっ、し、師匠……」
リグルは俺の姿を見るなり、とっさに何かを後ろに隠した。ますます怪しい。はい、師匠チェック入ります。
「いいもん持ってんじゃねぇか! ちょっとかせよ〜!」
「こ、これは師匠には関係ないもので……あっ!?」
素早くリグルの背後に回り込み、目的の物を奪い取る。それは一枚の札だった。術符ではなく、何の変哲もない紙だが、俺はこの札が何なのかすぐにわかった。スペルカードだ。
「スペカ!? リグルのくせに生意気だぞ! こんなもんはこうしてやる〜!」
俺はスペカをビリビリに破り捨てる。はははは、どうだ師匠の力を思い知ったか。
「ボクのスペルカードが〜!」
リグルはウワァ〜ンと泣きながら逃げていった。
スペルカードとは“弾幕ごっこ”という遊びに使うものだ。今、幻想郷の妖怪少女たちの間でひそかなブームを見せている。だが、俺はそんな軟弱な遊戯に興味などない。何でも空を飛びながら妖力弾を撃ちあって、それを避ける遊びらしいが、いったい何が面白いというのか。特に空を飛ばなければならないところが非常にいただけない。つまり、飛行術を使えない者は参加の資格すら与えられないという排他的な遊びなのだ。実に不公平だと思わないだろうか。繰り返すが俺は弾幕ごっこに興味はない。
* * *
「ウワァ〜ン! にとエモ〜ン!」
ちくしょう、やっぱり俺も弾幕ごっこやりてぇ! 美少女たちとキャッキャウフフしてぇ! なんで道場の中で空を飛べないのが俺だけなんだ。リグルは虫だから飛べる。みすちーは鳥だから飛べる。チルノも妖精だから種族的に飛べる。ルーミアはよくわからんが飛べる。なのに俺だけ飛べないとはどういうことだ。俺は師匠だぞ!? ちょー偉いんだぞ!? だったら普通飛べるだろうが!
抑えきれない感情が爆発した俺は、河童のにとりのもとへ走った。発明家にとりなら便利道具で俺の悩みを解決してくれるはずだ。
「ふっふっふ、任せなさい。かゆいところに手が届く、それがにとりクオリティだよ。このノビールアームのようにね」
にとりのマジックハンドが伸びてきた。ハンカチを差し出してくれたので、涙と鼻水を拭く。マジックハンドに使用済みハンカチを返すと、そのままゴミ箱へ入れられた。
「棟梁の願いは空を自由に飛びたいナ、ということだね? ちょうど頼まれていたものが完成したところだよ」
「なに!? まさかあれが……!」
「そう、そのまさかさ。これを見たまえ!」
にとりが作った発明、それは“凧”だ。
やはり古来から伝わる日本式の飛行術といえば、凧を用いた滑空飛行だろう。
俺は凧を自作しようとしたが、人を乗せられるだけの立派なものを作ることができなかった。そこで、にとりの出番である。河童の時代考証度外視の科学力があれば夢の乗用凧も実現可能だ。
「これが、にとり式動力機関搭載型高性能飛行凧『スカイグライダーQ』だよ!」
「うおおお! カッケェ!」
現れたのは凧というか、ハングライダーだ。エンジンのようなものがついており、かなりハイテクな一品であることがわかる。大きさは全長5メートルほどで、緑色のペイントが施されていた。暗殺者のイメージとはかけ離れているが、実用的でいいじゃないか。
「幻想郷の妖怪はほとんど飛ぶから、こういうものの需要はなかったんだよね。どう気に入ってもらえた?」
「ああ、予想以上だ! さっそくもらっていくぜ」
「待ちな!」
念願の乗用凧の前ににとりが立ちふさがる。すっと手を差し出してきた。
「棟梁さんよ、こちとら慈善事業はやってないんだ。何事にも対価が必要。約束の物をよこしな」
「えー、後でいいだろ」
「ブツが先だ!」
俺はにとりにキュウリの浅漬けを渡す。白飯が山盛りにされた茶碗を片手にスタンバイさせていたにとりは、漬物を受け取るとすぐに食い始める。
キュウリに夢中のにとりはさておき、俺は乗用凧を担ぐとラボを出る。もう飛ばずにはいられない。しかし、その前にみんなに見せびらかそう。
* * *
乗用凧を湖のマイ道場へ持ち帰った俺は弟子たちに召集をかけた。しかし、チルノは遊びに行って不在、ルーミアは爆睡中という有り様である。結局、みすちーとリグルの二人が来た。後なぜか美鈴も。
「ルーミアは寝てるだけじゃねぇか。叩き起こして、潰し起こしてやる」
「ヨウリサーン、あれは精神統一の訓練アルヨ。ジャマしちゃダメアル」
最近、ルーミアは美鈴の教える怪しげな拳法にハマっているようだ。というか俺たち暗殺術の練習とか全然してないんですど。どこに向かって進んでいるのだろうか。師匠である俺がそこらへんのことをわかってないとか笑えてくる。ははは。
「何ですかこれ? 鳥の翼みたいにも見えますが」
「さすがみすちー、いい着眼点だ。これは俺専用の空を飛ぶ器具、『スカイグライダーQ』。風に乗って鳥のように自在に空中を舞うことができるのだ!」
「へぇ、飛行器具ね。ま、普通に飛行術が使える僕らからすれば無用の長物ですがね」
リグルがやけにトゲのある言葉でかみついてくる。すごく機嫌が悪そうだ。何か嫌なことでもあったのだろうか。あ、そうか、もしかしてこの『スカイグライダーQ』のあまりなのカッコよさを見て、自分も乗ってみたくなったのか。
「悪いなリグル、この凧、定員が一人までなんだ」
「言われなくても、こんなもの乗りたくありませんよ。どうせ墜落して爆発するオチなんでしょ」
なんて縁起でもないことを言いやがる。だがそのような心配は不要である。俺の華麗な操縦テクニックで、グウの音も出ないくらいに度肝を抜いてやるぜ。