136話「って、けーねが言ってた」
にとり製キュウリ自販機の売り上げはゼロ。大量の在庫を押し付けられ、我が道場の食卓はキュウリ一色に。自販機は撤去され、道場の戸口に置き捨てられた。今では家の入口の両脇を固めるように、居眠り美鈴と自販機が鎮座している。
それはさておき。
「おーい、リグル」
「どうかしましたか? って、何ですかその腕」
湖の片隅でとある作業をしていた俺はリグルを呼ぶ。リグルは俺を見るなり、いつもとの違いに気づいたようである。
「どうだ、俺のニュー腕は!」
これまで長年に渡り俺の腕はゴーレムアームだった。幼女の姿にゴツいロボ腕。このアンバランスさを改善するため、コツコツと準備を進めていたのだ。
やり方は簡単。好きな腕の形の木彫りを作る。そして殺法「腕抜けの術」でゴーレムアームを切り離し、そこに木遁「根付接合」で新しい腕をくっつける。後は着色すれば完成だ。
「すごい、普通の腕に見えますよ!」
これで見た目は完全な幼女。この方法を使えば様々な腕の形を楽しむことができるのだ(例:ドリル腕)。あくまで形だけだが。
「ネックは関節の可動範囲だな」
木彫りなので、指や手首、肘は動かせない。動くのは肩のみである。しかも球体関節ではないため、バービー人形のような縦回転運動しかできない。
「ははっ、気持ち悪い動き」
「んだとゴラァ! 超速縦回転チョップ!」
リグルの脳天に直撃した俺の腕がへし折れた。
* * *
ある日。俺は人間の里に来ていた。
「虚眼遁術」で気配を消して、堂々と里に入った。目的は自家製漬物を売るためだ。たまにこうして小遣いを稼ぎ、人間の道具や作物を買うのだ。霧雨道具店という大店に漬物を卸している。里で噂の謎の凄腕漬物職人と言えば俺のことだ。ちなみに、里に行くときは服を着ている。
「虚眼遁術」があればバレずに盗み放題ではないかと思うかもしれないが、それは矜持ある和製アサシンとしての流儀に反する。前に一回、派手にやらかしたことがあり、そのとき紫にファイアーダンスを踊らされて懲りたとか、決してそういう理由ではない。
「ん? あれは……」
みすちーに頼まれたお使いの品を買った帰りのこと、里の門の前で変な奴を見かけた。
長い銀髪で変わった形の帽子をかぶっている。フリルがたくさんついたスカート、青い服を着ていた。この感じはアレだな。一般ピーポーではない。
よく見れば妖力も感じるではないか。妖怪がこんなところで何をしているのだろう。さっきから、もじもじと明らかに不審な態度である。里の人間の様子をチラチラ伺っている。
「おい、何か困ってんのか?」
「っ!? よ、妖怪!?」
相手が同族なら身分を隠す必要はない。むしろ、こちらが妖怪であることを明かした方がいいだろうと判断し、「虚眼遁術」を解除する。
「急に気配を現すとは怪しい奴……妖怪がこの里に何の用だ!」
「お前も妖怪だろうがよ」
普通の妖怪が人間の里に来てやることと言えば、そりゃ襲撃くらいしかない。この妖怪も里を襲いに来たのだろうか。
しかし、幻想郷の妖怪は人間の里を襲わず、という不文律がある。実際には手を出してもいいのだが、里には妖怪退治人がわんさといるし、博麗の巫女が出動する事態になれば、まず間違いなく割りに合わない。
ただ、博麗大結界により幻想郷が外界から隔離された今となっては、今後この不文律がどのように扱われるか判断ができないが……
「何にしても、これからの幻想郷の未来を背負っていくのは、お前ら若い世代の妖怪だよな」
「何の話をしている……?」
俺は前から思っていた。幻想郷の妖怪には度胸がねぇ。小さくまとまっちまって、若さと勢いがねぇんだよ。大結界が張られて、この地の妖怪はこれからますます萎縮していくことだろう。若い妖怪は競争心をなくし、実力者はどこぞのババアみたくケツの重い事勿れ主義に走る。かーっ、夢がねぇ!
「だから俺ァ、お前みたいな無鉄砲な妖怪には好感が持てるのさ。たった一人で里に襲撃かけようなんて見上げた根性だよ。若い妖怪世代も捨てたもんじゃねぇって思えてくる」
「……」
きっと怖かったのだろう。こんな目立つ場所でキョロキョロと周囲を伺っていたのは、最後の踏ん切りがつかなかったからに違いない。そりゃあ、敵陣のど真ん中に特攻をしかけようと言うのだから躊躇もする。しょうがない、妖怪だもの。
「よし! ここは俺に任せな! 若造の背中を押してやるのが年寄の役目よ。援護する。思いっきりぶちかましてこい!」
妖怪は感極まったのか顔を伏せ、嬉しさに身を震わせている。こころなしか殺気も感じる。意気込みは十分のようだ。だが殺気のコントロールが未熟なのか、すべて俺に集中しているぞ。緊張のしすぎはよくないな。
そして妖怪はゆっくりと手を伸ばすと、俺の頭部をガッチリ固定し、大きく自らの頭を振りかぶった。
「ふんっ!」
「あうちっ!?」
なぜか全力で頭突きを食らわされますた。