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135話「にとり式からくり犯罪機一号」

 

 骨折り損に終わった宝探しからしばらく経った。森助はどこに行ったのか音沙汰がないが、以外な人物が道場にやってきた。

 

 『ワタシ行くとこないアル……』

 

 それは地下墓地に捕らわれていた紅美鈴だった。彼女は式から解放され、自由の身になったはずだったのだが、ある後遺症が残ってしまったらしい。長らく式として使役され、墓を守る使命を与えられていたため、「何かを守らなければならない」という強迫観念があるそうだ。

 

 『カッコいいじゃないか。守るべきものがあるから戦えるとかそういう感じのノリで行けよ(他人事)』

 

 『そなこと急に言われても思いつかないヨ』

 

 そこで何を思ったのか、美鈴は道場の門番をさせてくれと言い出した。助けてくれたお礼らしい。だが、道場に門番を雇うなんてどんな漫画設定だ。うちは道場と言ってもただのボロ屋。はっきり言っていらない。

 断ったのだが、美鈴はどうしてもやりたいと言う。ぶっちゃけ美鈴の精神的な問題なので、価値のある物とか偉い人とかを守る必要はなく、ただ何かを守っているという形さえ取れれば満足なのだそうだ。

 

 『そういうことなら別に構わない。門番として認めてやろう……なんて言うとでも思ったか!』

 

 『アイヤー!?』

 

 ここは泣く子も黙る乙羅暗殺拳道場、ただのカンフーアチョー妖怪風情がおいそれと入門できる場所ではない!

 

 『我が道場に属したくば、それに見合った“武”を示すのだ』

 

 『……! それはのぞむところアル! 強い者とたたかうこと好きネ。ワタシも武人ヨ!』

 

 こうして美鈴の入門試験として、テニスで決着をつけることになった。

 試合形式はダブルス。美鈴・ルーミアチーム対、俺・リグルチーム。総セット数50という特別ルールのもと、俺たちは互いの膝がぶち壊れるまでラケットを振るった。

 

 『オラアー!』

 

 『ホアター!』

 

 終わりなく続くデュース。銃撃戦の如きラリー。気と気がぶつかり合い、ボールと妖精が猛スピードで飛び交う。ルーミアが吐き、リグルが宙を舞った。

 そして激しい接戦の末、ついに26―24で美鈴が勝利し、晴れて彼女は道場の一員となったのである。

 

 「もっとリラックスするアル。呼吸をみだしてはダメアルヨー」

 

 「わかったのだー」

 

 美鈴はルーミアに中国拳法を教えているようだ。ルーミアの方から頼んだようである。向上心があって結構。

 美鈴には彼女なりの戦い方があり、それについて俺は口を出す気はない。乙羅暗殺拳がどんな術か説明して実際に見せたが、美鈴は自身に習得は不可能ときっぱり断言した。美鈴にしてみれば、乙賀忍法は妖怪の理から外れた狂人の技らしい。全くもってその通り。この術を使えるよう美鈴に強要するつもりはない。

 

 「あ、ヨウリサン。お出かけデスカ?」

 

 「うん、ちょっとね」

 

 「セップク、デスカ?」

 

 「ちゃうよ」

 

 そんなお手軽感覚で自害なんかするか。美鈴は日本文化を多分に勘違いしている節がある。

 

 「師匠、どっか行くのかー?」

 

 「ああ、妖怪の山にな」

 

 「私も行くのだー」

 

 「美鈴に拳法習わなくていいのか?」

 

 「後でいいのだー」

 

 「アタイも行くわよ!」

 

 * * *

 

 唐突だが、幻想郷にはクレイジーな技術屋がいる。その名は河童。

 河童と言えば、頭に皿があり、手に水掻き、クチバシと甲羅を持ち、シリコダマを抜くためにケツの穴を掘りまくる妖怪だと人間は思っているようだが実は違う。

 奴らは常に新しい技術に飢え、いかがわしいメカの発明に日夜明け暮れている。その目的のためなら手段を選ばず、人間と協力関係を結ぶこともあるほど徹底的な研究者なのだ。その独自のスタンスは妖怪として異端である。

 だがその志、マジョリティでなくとも一本の芯がある。俺は奴らの生きざまに概ね好意的だ。

 

 「師匠、今日はどこに行くつもり?」

 

 「河童のところだ。そろそろ面白い発明をするころだと思ってな」

 

 妖怪の山にある勢力は主に二つ。一つは天狗、もう一つが河童である。天狗に比べれば河童は数でも武でも劣る。しかし、知においては遥かに凌駕している。天狗も河童に頼んでその力を借りることがあるほどだ。

 俺は河童を訪ねて妖怪の山に来ていた。暇を持てあましていたチルノとルーミアも同行している。途中、山の哨戒天狗と何度かすれ違ったが、一瞥されただけで何かされることはない。妖怪の山は天狗や河童だけでなく様々な妖怪、さらには雑多な神が暮らす場所である。天狗が我が物顔で仕切っているが、騒ぎを起こさなければ小中妖怪程度の出入りに目くじらを立てることはないのだ。

 俺、最近完全に小妖怪扱いですね。ま、いいけど。

 

 「おーい、河城屋ー!」

 

 霧の湖に注ぐ川の中腹、俺の知り合いの河童がいる住み処にやって来た。河原の近くの崖に穴を掘ってラボを作っている。

 

 「おお、乙羅棟梁じゃないか。久しぶり」

 

 ラボの奥から出てきた少女。彼女が河童の河城にとりである。

 全身水色で統一されたポケットの多い服を着ている。帽子だけは緑でいつも身につけている。リュックと長靴も手放さない。

 

 「んで、そっちの二人は?」

 

 「はじめまして、アタイはチルノ。アタイが何者であるかを知ってもらうには、千年前に起こった大神戦争の経緯から話すべき(省略)」

 

 「ルーミアなのだー。こんなところにホイホイついてきちまったルーミアなのだー」

 

 「ああ、棟梁のお弟子さんね」

 

 にとりはストイックなまでに技術屋である。自分のメカ開発以外のことについてあまり関心をもたないため、俺たちのような多少頭のネジがぶっ飛んだ連中が相手でも動揺はしない。むしろ、どちらかというとコイツも俺たちサイドの妖怪である。

 

 「三日前に新開発製品が完成したんだよ。お披露目しよう」

 

 にとりは意気揚々とラボの奥に俺たちを案内する。モザイク処理をかけなければお見せできないようなメカたちが並ぶラボの中を進み、シートが被せられた怪しい物体の前に着く。

 

 「さあ、見たまえ!」

 

 「ほぅ、これは」

 

 それは大型タンスくらいの大きさと形をしていた。ボディは木製、前面には色々な商品が描かれた絵があり、その絵の下にボタンがついている。そして、下部には取り出し口。

 なんとなく自動販売機の面影がある。

 

 「ふっ、棟梁のアイデアにはいつも驚かされるよ。その斬新な発想、私の技術者としてのインスピレーションを刺激してくる。無人かつ全自動での商品販売を可能にするアイデアなんて普通の妖怪じゃないね」

 

 そう、この自販機の発想は俺が提案したものである。前世の記憶を頼りにパクっているだけだが。そうしたアイデアをにとりに話し、実際に形にしてもらっているのだ。

 正式な商品化が決まったあかつきには、俺も特許料として売り上げの一部をもらう取り決めになっている。

 

 「この箱は何なの?」

 

 「これはお金を入れることで提示された商品を自動的に取引する画期的な発明、『にとり式からくり販売機一号』だよ」

 

 「よし、試運転してみよう」

 

 ディスプレイは前世で見た自販機のようにプラスチック板ではなく、商品が絵で描かれている。別にこれでも問題はない。

 

 「ちなみに商品はキュウリだよ」

 

 「おい」

 

 ジュースじゃねぇのかよ。河童の技術力ならジュースの量産も可能ではないだろうかと期待していたが、キュウリ好きの河童らしいと言えばらしい。これだと野菜の無人販売だな。

 

 「まあいい。商品の内容については要検討として、きちんと作動するかチェックしよう」

 

 まずは金を入れてと……おっと、持ち合わせがなかった。

 

 「河城屋、銭を貸せ」

 

 「もー、しょうがないなぁ。はい」

 

 俺はにとりから銭を受けとる。そうそうこれこれ、人間が使う銭と言えば緑色で細長く、みずみずしい艶があり、おっ、トゲまでついてるじゃねぇか、こいつは新鮮な銭だぜ。

 

 「待て、これはキュウリだ」

 

 ノリツッコミさせんな。俺が要求したのはキュウリではなく、銭である。

 

 「あのね、考えたんだけど、私ら妖怪じゃん。人間の貨幣を集めてもしかたがない。だったらもっと価値のある物を対価にするべきだと思わない?」

 

 「キュウリでキュウリ買って何の意味がある。中間マージンどころの話じゃねぇよ。いくらここが幻想郷だからって常識捨てすぎだ」

 

 「いつもスッポンポンの棟梁に常識を問われるとはね、やれやれ。もちろんそのあたりのことも想定済みだよ。この超妖怪●弾頭、谷カッパのにとりに抜かりなし!」

 

 ●はまずいだろ。

 

 「品揃えはバラエティに富んだラインナップ。研究を重ねた選りすぐりのキュウリを用意したよ。これを買うには3Q(キュウリ三本分のこと)が必要。これで商売になるでしょ?」

 

 調理済みキュウリを売るということか。それを買うためにわざわざ自販機のところまでキュウリを持参するだけの価値があるのか甚だ不明だが。

 

 「オススメ商品を紹介しよう。ポチッとな」

 

 ピッ、ガコン

 

 にとりが3Qを自販機に投入し、ボタンを押す。出てきたキュウリを受け取った。握った瞬間、その生暖かい感触に怖気が走る。ほのかに湯気がたっていた。

 

 「あったか〜いキュウリです」

 

 食ってみた。

 

 「うわ、瓜くせっ。キュウリあっためちゃだめだろ」

 

 「何でそんなこと言うの! たたくよ!」

 

 ピッ、ガコン

 次、無糖ブラックキュウリ。一ヶ月放置したバナナのような色をしている。チルノに食わせた。

 

 「ゲロまずだわ。炭みたいな味しかしないわ」

 

 「はぁ〜、この苦味走った香り高きキュウリのおいしさを理解できないとは。これだからガキ妖精は……」

 

 というか何で中途半端に俺のアイデアとミックスさせた。確かに前世のジュース売ってる自販機の話をにとりに聞かせたが、このような形で意見を反映するんじゃない。

 むしろ、そんなふざけたキュウリを作る技術力の無駄遣いにビックリだよ。

 

 「つ、次は自信があるよ! はい、しゅわしゅわ炭酸キュウリおまちどう!」

 

 「食べるのだー」

 

 明らかにどうかと思うネーミングのキュウリにルーミアがかぶりつく。

 

 パンッ! ドパパパパパパ!

 

 咀嚼すればお口に広がる戦慄のハーモニー。炭酸とかそうそう次元ではすまされない発砲音が響く。発泡ではなく、発砲。ルーミアは痙攣しながら白目をむいてぶっ倒れた。

 

 シュワシュワ〜……

 

 そして遅れてルーミアの口の中から大量の泡が吹きこぼれる。その勢いは一向におさまらない。

 

 「いやぁ、少し刺激が強すぎたみたいだね。はじけるおいしさ!」

 

 「お前、作った商品の試食してないだろ」

 

 もはやキュウリという名の凶器だ。ルーミアは妖怪だからまだいいが、これ食ったのが一般人なら大惨事だぞ。製造元としての責任を追及してしかるべきだ。

 

 「せっかくたがら河城屋も一緒にキュウリ食べようぜ! お、これなんかうまそうじゃねぇか。『しゅわしゅわ炭酸キュウリ』」

 

 「えぇ、いや、私はいいよぉ。みんながおいしそうに食べる笑顔を見ているだけで満足なんだよ。それが技術者の冥利と言いますか…」

 

 「遠慮はいらん」

 

 「むぐぅ!?」

 

 ドパパパパパパ……

 

 その後、たまたま遊びに来た天狗の犬走椛が、泡を吹いて倒れる俺たちを発見。翌日の「文々。新聞」の三面に載った。

 宣伝はこれでバッチリだぜ!

 



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