131話「森助、小活躍の巻」
玄武の沢は妖怪の山の麓にある。霧の湖からそう遠くない場所だ。こんな近くに財宝が眠っていたとは思わなかった。一時間ちょっとくらいで目的地に到着する。
「さて、玄武の祠はどこだっけ」
浅い川べりを抉るように水の通り道ができている。付近の崖には自然の洞穴がいくつもあった。
幸いにして、祠へ続く道が見つかった。ここは人間があししげく通うような場所ではないので、ほとんど獣道のごとき有り様だったが、かろうじて目印が残っていた。
「書には『神の甲羅を砕いて進め』とあったが、まさか本物の玄武と戦うことになるのか……?」
「いや、それはどうだかな」
俺は玄武なんて生まれてこのかた見たこともないし、幻想郷に住んでいるという話も聞いたことがない。この祠だって管理する者もおらず放置されている。絶対にいないとは言い切れないが、こんなところに玄武がいるのか疑問だ。
道なりに進むと大きな洞穴に続いていた。穴の中は薄暗いが光はある。天井がわずかに外とつながっているようで、自然に採光されていた。特に何の障害もなく穴の奥にたどり着く。
「神の甲羅って、これのことか」
そこには大きな奇岩があった。この辺りの岩は地質の影響か、幾何学的な岩が多い。角張ったその形は一見して六角形、つまり亀の甲羅のように見えなくもない。
目の前の岩はその中でもとりわけ巨大だった。しめ縄も巻かれているし、これが祠の御神体なのだろう。玄武はどこにもいない。甲羅に似た形の岩から玄武を連想した人間たちが勝手に祀り始めたのではないだろうか。
「これを砕いて進むんだろ? なら、道がこの岩で隠されてるってことじゃね?」
周囲を確認したが、道らしきものは見つからない。やはり、これをどかす必要があるようだ。俺は横から岩に手をかける。
「ドッコイショー!」
思いっきり力を込めて横に転がす。甲羅を持っている状態なら造作もなく抱えられる重さだが、今は道場に置いてきているのでちょっとしんどい。
「こんなことして怒られません?」
「妖怪のすることに罰当たりもくそもあるか」
もともと御霊が入っていないただの岩である。最悪、妖怪が御神体に取り憑いているケースも考えられるが、それもないようだ。
まあ、帰るときにでも元に戻しておけば気づかれまい。
「見て! ここに横穴があるわ!」
ちょうど岩で塞がれるように、壁に亀裂ができていた。こうして見ると、岩はこの穴を隠すために設置されただけのカムフラージュのように思えないこともない。
穴の中に入ってみる。幅も高さも人ひとりがようやく通られるほどの大きさしかない。俺たち道場組は楽に歩けたが、森助は中腰にならねばならず、何度も頭を壁にぶつけていた。
「いてっ!」
「これはきっとアタイたちを分断させる敵の作戦ね!」
「真っ暗で何も見えないのだー」
「師匠、おしり触らないでください」
「俺じゃねぇし。ルーミアだし」
さっきまでと違って全く光がない。妖力弾でも滞空させて明かりにするか。
「いや、ここは僕に任せてくれ」
そう言って森助が何やらごそごそし始めた。すると、パッと明かりが灯り、周りの様子がよく見えるようになる。
光は森助が手に持っている八角形の物体から放たれていた。
「なんぞそれ」
「よく聞いてくれたね。これは僕が開発したマジックアイテム、『ミニ八卦炉ver.1』さ。多機能携帯型魔法補助装置で、素人でも簡単な魔法なら限定的に使用が可能になる画期的な発明だ。いや、革命的と言った方がいい。今は発光するだけのライト機能しかないが、肝心の中心機構は完成しているから改良を重ねれば山一つ焼き払えるほどの熱量を生み出せることが理論上予想できる。この形になるまでは試行錯誤の連続だった。独自の魔法理論を構築するまではスムーズにいったんだけど、それを実現するための材料を集めるのに苦労してね。何より大変だったのがコア回路を形成するエーテルのラプラスズデーモン結合が……」
「さあ、こんなところで立ち止まっている暇はない! 宝を目指して突っ走れ!」
急に饒舌に語りだした森助は無視して穴の中を歩いていく。チルノだけが森助の話を熱心に聞いていた。
「じつにきょうみぶかいわね」
でも多分、一ミリも理解してない。
しばらく進んで行くと、穴が少し広くなる地点に出た。壁や天井も直線的な造りで、人為的に建造した空間であることがわかる。
左右の壁には大量の箱が収納されていた。引き出したところ、直方体の石箱が出てきた。ちょうど人が横になって入れるくらいの大きさである。
「うん、どう見ても棺桶です。ほんとうにありがとうございました」
ということは壁につまっている箱すべてに亡骸が詰まっているということか。オソロシィ。
これが書に記述があった『死人の横穴』に違いない。俺たちは着実に宝の隠し場所へ近づいているようだ。