127話「奥義開発」
天狗が道場にやってきた日より少し前のことである。
* * *
「もっと集中しろ! 常識を捨てろ! 脳汁垂れ流せ!」
道場の表に弟子たちを集めて忍法の指導をする。今いるメンバーは道場発足当時の四人、ルーミア、リグル、チルノ、ミスティアだけだ。その他の妖怪が入門したことはない。
しかし、付き合いが長いだけに緊密な特訓をさせることができた。今では全員が基本三技を習得し、下忍の称を与えている。超精鋭部隊だ。
目下、妖力過活性化状態の持続訓練をさせている。
「もっ、もうだめ……」
リグルが真っ先に倒れた。
昔はただのホタルだったリグルも立派は人型に成長している。ボーイッシュな少女姿だ。緑色の髪に、頭の上には触角があってゴキ……いやなんでもない。羽の形を模したマントを着用している。
「くぅっ……これが、アタイの限界だと言うの……」
続いてチルノがバテる。
最初は言葉もろくに話せないチビ妖精だったが、今では俺と同じくらいの背丈に成長した。青い髪に青いリボン青いワンピースを着て、背中に氷の羽がある。
「す、すみません、もう無理です……」
みすちーも脱落。
スズメから人型になったミスティアのことを、俺たちはいつしか親しみを込めて“みすちー”と呼ぶようになった。とにかく奇抜な服を着ている。爪が鋭く長い。
「あー! かぴかぴなるのだー!」
最後まで残ったルーミアもすぐに力尽きた。
俺が封印を施して以来、ルーミアはずっと幼女モードである。金髪に結ばれたリボンのように見える符は未だに外す方法がわからない。黒い服とミニスカートを着ている。
今や四人の身長はだいたい同じくらいである。そして俺は全裸である。
「はぁ……狂化状態の持続時間は最長で10分程度か。まあ、時間に関しては俺も他人のことを言えるほど持つわけじゃないから、とやかく言わん。問題は活性化率だ」
門下生四人組は厳しい修行の末、ついに「乙羅暗殺拳基本三技」を習得し、晴れて初級となった。正直なところ、俺はこいつらがここまで死なずに食い下がってきたことに驚いている。
思うに、もし大妖怪の弟子がいたのならここまでは来られなかっただろう。妖力活性化は体内の妖力量が多ければ多いほど難易度も危険度も増す。この四人は弱いがゆえに活性化に耐えられたのだ。その意味で、この技は弱い小妖怪のための戦闘術であるとも言える。
しかし、苦労はあった。忍法を習得した弊害も生まれた。四人の性格が歪んできたのだ。活性化に慣れすぎた影響だと思うが、ちょっと頭がおかしくなっている。え、お前が言うなって?
「詳細な値がわかるわけではないが現在の活性化率は、全員1割にも満たない。およそ5%ほどか」
妖力活性化率。これが技の威力に大きく関わる。つまり、自分の総保有妖力に対する活性化可能領域である。
妖力過活性化によるエネルギーは、妖力自体が生み出す力とは全く異なる工程で作り出される。妖力量の大小ではなく、循環の回転数で出力が決まるのだ。よく回ればそれだけ強い力が発揮できる。だが、そのためには自らの精神と肉体を犠牲にしなければならない。活性化が極度に進めば、力を得る代わりにアイデンティティを失う。それは妖怪にとっての消滅を意味する。
なぜこのような現象が起こるのか、私見だが仮説を立てた。どうも妖力は過密に集まることを嫌う性質がある。妖術符を作っていてそう思った。とにかく一ヶ所に集まることを嫌い、すぐに散らばろうとする。集まれば集まるほど、その作用は大きくなる。その最たる例が“妖怪”なのだ。莫大な妖力を持ちながら、それが妖怪の体という狭い容器に収まっている理由は、わからない。おそらく、妖力をまとめる何らかの機構が備わっているのだ。俺たちがやっているのは、その機能をほんの少し緩めること。一歩間違えば、たちどころに妖力は分散し、存在を保てなくなる可能性がある危険な行為である。だが、その今にもバラバラになりそうな状態でこそ妖力の効果を最大限に引き出せる。理由は不明だが。
「活性化率と言われても、これが僕たちの精一杯ですよ。これ以上、どうすればいいのかわかりません。てか、服着てください」
「自分の精神をほどよく破壊しろ。死なない程度にな。活性化率が最低でも10%を越えなければ『連結技』が使えん」
「連結技って何ですか?」
「『基本三技』の応用だ。二つの技を合体させる。口で説明するより見た方が早いな」
妖力を回す。活性化率を引き上げる。助走をつけて、霧の湖の上に飛び出した。
「殺法『跳白連結・暗瞬兎跳』」
爆風に乗って湖面を駆ける。風圧というか空気摩擦で焼け焦げながら、後方の水を盛大に撒き散らして直進した。一瞬で湖の対岸に到着した俺は、そこに生えていた草を摘んでまた来た道を戻る。滝のように舞い上がって落ちてくる水柱が虹を作っていた。
俺は四人がいる場所まで戻ってきた。
「い、今何が起こったの?」
「一瞬で対岸まで移動して一瞬で戻ってきたところだ」
「髪の先が燃えてますよ……」
行ってきた証拠にむしってきた草を見せる。この草は湖の反対側方面にしか生えていない薬草なのだ。
『暗瞬兎跳』は妖力の足場を作ると同時に圧縮した妖力弾を足場に挟み、その爆発力と反発力を合わせて利用する技である。
しかし、やはり狂化解除後の硬直には慣れない。さぶさぶ。
「相変わらず師匠はむちゃくちゃですね。あと服着てください」
「俺の妖力はほとんど甲羅に移してるからお前らと大した違いがあるわけじゃない。それに『暗瞬兎跳』は連結技の中でも簡単な部類だ」
基本三技を使えるようになったこの四人なら、連結技を使うことも不可能ではないだろう。そのためには活性化率を上げるしかない。鍛練あるのみだ。
「しかし、お前たちの様子を見る限り、その道のりは果てしなく長い」
「それでも……それでもアタイは諦めない! さらなる高みを目指すのよ!」
「まあ待て。そこで俺は考えた。何も俺が教えた術が強くなるためのただ一つの方法ではない。無論、活性化率の上昇はできるようになってほしいが、それだけが乙羅暗殺拳の極意ではない」
乙羅暗殺拳の極意、俺はそれを四カ条にまとめた。
「全員整列!」
俺のかけ声とともに、四人が横一列に並ぶ。
「乙羅四訓!」
「一つ、己の弱さと向かい合い!」
「一つ、己の弱さを受け入れて!」
「一つ、己の弱さを克服し!」
「一つ、己の弱さを強さとする!」
と、言うわけである。何か決めゼリフ的なことをやってみたくて作っただけだが、あながち的外れでもない。この殺法は、俺が自分の弱さを補完すべく手段を選ばず編み出した技には違いないのだ。
「すなわち、乙羅暗殺拳に決まった型はない。基本三技はその名の通り、ただの基本だ。極論を言えば、連結技を無理に覚えさせるつもりもない。お前たちが自分の“弱さ”を追究した自分だけのオリジナル殺法を作っちゃおう!」
四人とも使える技がかぶっているというのも面白みがない。俺が基本三技以外の様々な殺法を開発したように、バラエティに富んだ自己流殺法を作る。それこそが乙羅暗殺拳の極意だ。
決して基本三技ばかり教えるのに飽きたわけではない。ないよ。
「しかし、そう言われても急には思いつきません」
「承知している。えてして自分の弱点というものは自分では把握しにくい。こんなこともあろうかと、すでに俺がお前たちにピッタリの殺法を考えてやった。ありがたく思え」
「嫌な予感しかしないのだー」
まずはリグル。リグルはこの四人の中でも最低の狂化持続時間を叩き出すヘタレである。だが、見所はある。この四人の中で最も理性的な状態で狂気を扱えるのが強みの一つだ。バランス型ではなく一点集中型、今の俺と同じようなタイプの使い手である。
「お前が戦いを有利に進めるためには初手に全てを賭けることが望ましい。敵の目を欺き、目にも止まらぬ速さで最初の攻撃に全力を注ぐ。見敵一撃必中必殺、その名も『五式奥義・蟲魂突貫殺法』だ」
「要は不意討ちですね、わかります。“五式奥義”って何のことですか?」
「俺がつけた序列だ。五番目の強さだから“五式”」
次はチルノ。こいつは氷から生まれた妖精であり、『冷気を操る程度の能力』を持つ。実戦向きの能力だ。使い方次第で戦術の幅は大きく広がるだろう。
「ふっ、当然ね。アタイはマスター級のカオス、神に選ばれし転生者なのよ」
「はぁ、ダメだな。お前は何もわかってねぇ」
「ど、どういう意味!?」
『冷気を操る程度の能力』……なんて月並みな響きだろうか。決して悪くはないがその耳ざわり、まるで4個目のフレンチクーラー、惰性でつまみ続けるポイフルの如し。
「お前に足りないもの、それはユニークさだ。主役たるもの、観客を惹きつけるユーモアがなければならない。それでいてお前の能力を最大限に生かす。答えはこれだ、『四式奥義・痛寒洒落殺法』。お前の得意の痛々しいギャグで、ギャラリーを震えあがらせてやれ」
「理不尽だわ」
続いてみすちー。彼女の忍法については一番に決まった。炊事洗濯家事全般をそつなくこなす台所を守り手、みすちーがいなければ道場が成り立たない。その内助の功ともいうべき陰の活躍、これも立派な鍛練の一環と言えよう。
食物連鎖の微妙な位置に属するスズメ。ときには被食者となりうる彼女が作る料理なら、あるいは究極の暗殺食への道が開けるか。
「よって、みすちーは『三式奥義・料理之鉄人殺法』を極めるべし」
「えっと、今まで通り皆さんの料理を作ればいいということでしょうか?」
「もうそれ暗殺と関係なくない?」
そして、ルーミア。狂気の総合的な扱いは四人の中でも優れている。だが、問題はその旺盛な食欲だ。いつも食うことしか考えてない。敵を前にして平然と道草を食う堕落ぶりである。
これを抑えることは困難だ。食欲とはあらゆる生物が持つ原初の欲求。それに抗うためには無理に抑圧するのではなく、別の欲求にすり替えてやればよい。
「『花より団子』『色気より食い気』という言葉もある。ならば逆もしかりだと思わないか? 色をもって食を制す。これぞ『二式奥義・ミッドナイトレスリング殺法』!」
「嫌なのだー」
俺たちは女の暗殺者。ならば、当然お色気担当がいてしかるべきである。敵を欺くためには房中術も有効である。気づくのが遅れたぜ。
「よーし、そんじゃさっそく鍛練に取りかかれぃ!」
「「「えー」」」
「あ、ルーミアは今から俺が直々に稽古つけるから」
「え!?」
顔を青くしたルーミアが踵を返して『黒兎空跳』を発動させようとする。いい反応速度だ。
俺はすかさず回り込んで退路を断つ。
「ルーミアちゃん、
あ ~ そ び ~ ま しょ ~ 」
ルーミアを抱え上げて道場小屋の中にぶちこむ。後ろ手にカンヌキを落とした。
ガタガタと震えるルーミアを見て、俺の口角がニヤリと上がる。さて、じゃあ可愛い弟子とレッツレッスン!
「いっ、いや、イヤァァァァアァァァァァアァアアァ、アッー!」
それからしばらく道場周辺には局所的な地震が起こり、小屋はギシギシと音を立てて揺れたという。