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121話「飛躍の代償」

 

 暗くて何も見えない。それどころか音も聞こえない。

 俺はルーミアが作り出した闇空間に取り込まれた。これは光を遮断しているというよりも、感覚を封じている気がする。視覚だけでなく、聴覚も嗅覚もはたらかない。かろうじて地面に立っている感覚だけは残っているが、かなり曖昧にされている。なるほど、本当の闇とは光の届かない暗がりではなく、自分自身が生み出すものというわけか。

 耳鳴りの音だけしか聞こえない中、明らかな殺気がこちらに向けられた。狙われている。俺は無意識にその場から離れた。

 攻撃を避けられたのかどうかすら判断できない。何しろ、体の感覚のほとんどが機能していないので、不可視無音の攻撃となる。さらに自分に当たったのかどうかさえ感知できない。避けた気はしたが、実際は走ったのか歩いたのか、それとも立ち止まったままだったのかもわからない。普通なら間違いなく行動不能に陥っている。

 だが、俺は避けられたと信じられる。『注目を集める程度の能力』により、相手の注目がどこに集まっているのかわかるのだ。後は殺気から攻撃のタイミングを予想してかわす。何も見えない状況だが、それが返って俺の第六感を鋭敏にさせた。

 注目の発生源を探れば敵の居場所も察知できる。ルーミアの位置は俺から随分離れたところにあった。遠距離からの攻撃、おそらくあの剣型の妖力弾によるものだろう。上空を飛行しながら撃ってきていると思われる。俺も応戦して妖力弾を放つ。しかし、すばしっこい動きでかわされて当たらない。向こうからこちらの姿は見えるのだろう。そりゃ、自分の術によって作った闇の中で自分自身も周囲が見えていないなんてことになったらお笑い草だ。

 

 『なんで……なんで当たらないのよ!』

 

 『空ばっか飛んでないで降りてこいやーっ!』

 

 しばらく走り回ってみたが、この闇から抜け出せる様子はない。俺の動きに合わせて闇を移動させているのか。

 このまま妖力弾の撃ち合いをし続けても不毛だ。一発二発程度なら能力を使って強引に当てることはできるが、それでは決定打にならない。俺の通常弾は燃費重視型なので、ルーミアのような高威力タイプの弾ではないのだ。しかし、接近戦をしようにも相手は空を飛んでいる。

 逆に言えば、俺よりもルーミアの方が多くの妖力を消費するし、この大規模な闇空間の術を合わせて維持しなければならないので、妖力切れを狙うという手もあるが……

 

 『何、もしかして空飛べないの? だっさ』

 

 が、実際のところ現状を打破する対抗策はあるのだ。それは妖力の活性化である。

 むしろ、あえて俺はその使用を控えていた。ここ長らくの間、狂気を使っていない。うまく使用できるかという不安もある。だが、それ以上に懸念しているのは、俺の心構えが以前とは違うことだ。

 それがどのような結果をもたらすのか、使ってみないことにはわからない。月面戦争の後のように使用に支障をきたすか、あるいはその逆になるか。

 

 『ぐたぐだ悩んでても始まらねえ。腹をくくるか』

 

 今の自分の限界を見てみたい。俺がどこまで来られたのか、ここで試してみたくなった。

 ルーミアの攻撃を避けつつ、精神統一をはかる。従来はこの段階で復讐心を焚き付け、憎しみを全面に表していた。そうすることで自分のアイデンティティを守り、妖力活性化に伴う精神への負担に抵抗した。

 憎しみは俺にとって活動に必要な燃料だと思っていたが、ところがどっこいどちらかと言えばブレーキだったのだ。だが、それは別の意味で必要不可欠である。保身ブレーキができず、狂気アクセルしかない車など運転できない。

 つまりは、俺はこれまで散々生意気な啖呵を切りながら、ブレーキ踏みっぱなしのノロノロ運転しかしていなかったわけだ。

 

 『狂気……かいっ、ほうっ……!』

 

 では、そろそろ快速ドライブに切り替えよう。ブレーキから足を離して、アクセルを強く踏み込んだ。

 

 『ggg…ggggg…ggggggggg…gggggggggggggggggggogegogegogegogegoge』

 

 ゆっくりだが確実にテンションが上がっていく。加速度的に上がっていく。存在が希薄になる。肉体を構成する妖力がほどけてバラけていく。たぎる水が蒸気となるように、俺の体内で活性化した妖力が沸騰して気化していた。まるで電子レンジでチンされたかのよう。正気のままに狂気を迎え入れた代償だ。

 

 『ヤベェぞこれは、洒落にならんヤベェさ』

 

 活性化率がどんどん高まっていく。以前なら、甲羅にほとんどの妖力を移した状態で体内の妖力活性化率は、最大でも30%強だった。しかし、今も条件は同じだが、すでに40%を超えている。さらに刻一刻と活性化率は上昇しているのだ。ブレーキを一切かけていないのだから、それもしかたない。昔の俺はこうなることを恐れて、憎しみというブレーキをもって狂気を制御していたのだ。

 活性化率が上がるたびに俺の心が壊れていく。正気コントロールが失われていく。このまま時間経過する毎に、活性化率は上がり続けるだろう。100%になれば、もはや俺の存在を保つことはできず消滅する。いや、そこまでなる前に正気がなくなる。スピードを出しすぎた車はコントロールできなくなり、致命的な事故を起こす。それが俺の心の死だろう。

 要するに、巨大化して怪獣と戦うヒーローよろしく制限時間の内に敵を倒せということだ。

 



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