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117話「方針決定」

 

 俺の貧乳をさらに凹ませるような幽香の刺突により、現在も大絶賛出血中である。しかし、侮るなかれ。俺も地底での修行の中で新たな術を開発したのだ。

 

 「水遁『ウォーターヒーリング』!」

 

 俺は取り出した符を傷口に貼り付ける。この術は陰陽五行のうち、俺が最も得意とする“水”の属性を持つ。その効果は止血。体内から溢れでる血を食い止める。

 

 「全然、止まってないわよ」

 

 「……」

 

 ウォーターヒーリングとか言う名前の割りに、ただ止血するだけかよ、などといった文句は一切受け付けない。さらに大きな傷はカバーしきれない効果の薄さに対しても反論は認めない。だって所詮、俺が作った符だもの。期待したらだめだもの。

 重ね貼りしてごまかそう。

 

 「さて、葉裏も幻想入りしたみたいだけど、これからここで暮らすの?」

 

 「幻想入り?」

 

 「幻想郷に来ることをそう呼ぶのよ」

 

 あるいは神隠しと呼ばれることもあるらしい。幻想郷にはその全域を覆う巨大な結界が張られている。紫が作った『幻と実体の境界』だ。その影響で、幻想郷内にいる存在は“幻”の性質を帯びる。相対的に外の世界は“実体”の性質を持つ。幻とは、存在がより希薄な者たちだ。簡単に言うと、外の世界で忘れられた者が幻想郷へ引き寄せられるのである。世界を騙す規模の結界を作るなんて信じられないが、紫のすることだ。スルーしよう。

 紫がこの結界を張った理由は、外の世界から忘れられた妖怪たちを集めるためだ。だが、俺に言わせれば妖魔の類いにだって実体はある。現に、俺はここにこうして実在しているのだ。それが今や幻扱いとは恐れ入る。変わったとすれば、それは時代の影響だろう。人間が盲目的に妖怪や神を信じる時代が終わったのだ。いや、終わったと言い切るにはまだ早いが、変化は確実に起き始めている。

 話を戻すとして。

 

 「正直、今後の予定は全く決まってない」

 

 俺が地底から出てきた理由は月が見たかったからである。それ以外に何かしたいことはない。したくても何をすればいいかわからないと言った方がいいか。

 

 「確か、葉裏は『八意永琳』という月人を探しているのではなかった?」

 

 「そうだ。紫は見つけたか?」

 

 紫には以前、式の藍を通して永琳のことを伝えていた。できれば探してほしいと頼んでいたが……

 

 「いいえ、私も探してみたけど見つからなかったわ。地上に月人がいるとは思えないわね」

 

 予想していた通りだ。確信していたと言ってもいい。特に落胆はない。

 

 「可能なら今すぐ月に行きたいんだが」

 

 「それは無理ね。“表の月”になら連れて行ってあげられるけど、“裏の月”にはまだ行けないわ。それじゃ納得できないでしょう?」

 

 月人が住んでいるのは“月の裏”、この幻想郷のように結界で閉ざされた空間だ。そこに行けないのならば意味がない。

 とすれば、後やることと言えば修行のみだ。地底にいた頃と何も変わらない。結局、紫が再び“月の裏”に行ける手はずを整えるまで、俺にできることなど高が知れている。

 

 「こう言っては何だけど、いくら修行しても月人には勝てないと思うわ。相手は八百万の神々を憑依させたり、一瞬で地上まで送り飛ばしたりする連中よ」

 

 言われなくてもわかってるさ。今できることがあるとすれば、地上にいる神々を倒して依姫が憑依できる神のレパートリーを減らすことくらいか。

 ……無理だ。俺もそこまで自惚れてはいない。神力の少ない末神ならまだ何とかできるだろうが、そんなことをしたが最後、徹底的にマークされる。さすがに八百万の神に対抗するほどの力は俺にない。

 仮に八百万の神々を全部倒したとして、では依姫が弱くなるかと言うとそれも考えられない。依姫と俺では、あらゆる基本性能がかけ離れているのだ。

 

 「どうしたもんか。ゆうかりん、何かいいアイデアはないかね?」

 

 「話が見えないのだけど、とにかく倒したい相手がいるという理解でいいの?」

 

 「だな。そしてその相手はありえないくらい強い。地球上の皆の元気を分けてもらっても敵わないくらい強い」

 

 「じゃあ、諦めなさい」

 

 「それ以外のアイデアを頼む」

 

 俺にとってその提案は自決しろと言うに等しい宣告である。

 

 「戦争の基本は数よ。とりあえず一緒に戦ってくれる仲間を探してみれば?」

 

 その方法で大失敗した過去が俺と紫にはあるのです。紫が頑張って集めた千の妖怪はあっけなく蹴散らされた。あの調子では万の妖怪を結集したところで焼け石に水だ。それに、求心力のある紫だからそれだけの数が集められた。俺ではせいぜい十匹程度が関の山……

 

 「いや、そうか……何も大軍でなくてもいい。俺が信頼できる味方がいれば……」

 

 今までは一人で全ての計画を実行しようとしていた。月面戦争のときは妖怪軍に属していたが、奴らと俺の目的は違っている。単に利用しようと考えただけで、信を置いた仲間ではない。

 ならば、目的を共有する味方を作ってはどうだろう。もちろん、永琳を倒すのは俺の仕事だが、それに至るまでの過程の中で大いに役に立つはずだ。取れる選択肢の幅が広がることは間違いない。

 だが、俺の復讐という独りよがりな目的に賛同する妖怪がいるだろうか。

 

 「いや、それも問題ない。いなければ、力で従わせればいい」

 

 強い妖怪が真っ先にやることは何か。それは子分を作ることだ。ナワバリを広げ、他の妖怪を屈服させ、群の頂点に立つ。そしてさらなる力をつける。妖怪にとって当たり前の理屈を見落としていた。

 これなら俺一人が活躍するより断然効率的だ。

 

 「だが、武力をもって押さえつけて得た信頼なんてそれこそ信じられんな。肝心なところで裏切られたらたまったもんじゃないし……」

 

 人と人との関係は基本的にギブアンドテイク。もらうだけでも、与えるだけでもいけない。俺に協力するメリットがなければ。かつ、俺が権力的に上位に立てるような条件を考えると。

 

 「よし、それなら道場を開こう! 乙羅暗殺拳道場だ。そして、和製アサシン部隊を作る。おお、画期的だな!」

 

 和製アサシンを名乗る者が俺一人というのもものさみしく、箔がつかない。暗殺術を教える傍ら俺も修行ができるので、一石二鳥である。さらに師範として道場のトップに君臨することで、門下生から慕われるようになるだろう。我ながら冴えた手だ。

 暗殺者が表立って術を公表するなんて根本的に間違っている気がするが、この際無視しよう。

 


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