116話「ちみどろティータイム」
「という経緯があったのよ」
「そうだったの。こんな形で葉裏と再会するなんて思わなかったわ。どうして地底なんかに封印されていたのかしら?」
「まぁ、この子のことだから、大した理由はないのでしょう。私も気づいたのはつい最近のことなのよ。地底への入り口に張っていた結界から外に出てこようとする妖怪がいることは何ヵ月も前から気づいていたんだけど、それがまさか葉裏だとは思わなくて。あんまりしつこいものだから追い返そうとして、そのとき初めてわかったの」
「それは御愁傷様ね」
「でね、葉裏ったら私の結界を抜けられるはずがないのにいつまでも通ろうとするのよ。私が助けなかったら、今もまだ足止めされてたはずよ」
「確か、地底と地上を隔てる結界は近いうちに撤去するって言ってなかった?」
「そうそう。妖怪拡張計画もようやく軌道に乗ってきたし、無駄な事業は極力削減したいところね」
「あなたが幻想郷全体に『幻と実体の境界』なんて結界を張るものだから、外から来る妖怪が増えて迷惑してるのよ。花畑を荒らそうとする輩が増えるのはいただけないわ」
「そう言わないでよ。力をつけてきた人間たちと妖怪との戦力均衡を保つために、外から妖怪を招く必要があったの。幻と実体を別つ境界を幻想郷に作ることで、“幻の存在”である妖怪を引き寄せることが『妖怪拡張計画』の目的なのだから」
「紫の考えることは相変わらずわからないわね。次は何をしようと言うのかしら。地底の蓋を解放して、封印された妖怪を誘い出すつもり?」
「まさか。それは地上の妖怪にとっても、地底の妖怪にとっても、お互いのためにならないことよ。地底をふさいでいた結界を撤去すると言っても、考えなしに解放するわけではないわ。これからの地底の管理は鬼に任せるのよ」
「鬼? そういえば、幻想郷の鬼たちはほとんど地底に移住してしまったのだったわね」
「ええ。彼らと条約を結ぶの。地上と地底の相互不可侵条約よ。鬼の力があれば地底の怨霊を押さえつけることも可能でしょう。わざわざ私が結界によって封じる必要もなくなるわ」
「無茶を言うものだわ。鬼にそこまでの物言いができる妖怪なんて、あなたくらいしかいないんじゃない?」
「そもそも鬼が“地獄の釜の蓋”を開けなければこんなことにはならなかったのだから、その後始末くらい自分たちでするべきなのよ。あのときも“貸し”もあるし」
「でも、それなら葉裏は骨折り損だったみたいね。その条約が結ばれてから地上に出てくればよかったのに」
「それでも鬼を突破しないことには脱出は難しいでしょうけどね。ところで葉裏、さっきから一言もしゃべってないけど大丈夫?」
大丈夫なわけあるか。むしろ致命傷を受けて苦しむ友人の隣で呑気にお茶してるお前らの精神を疑う。
ああ、どうして俺はこうも重傷を負うことに縁が深いのか。いや、確かに自業自得の結果なのだが。
「紅茶の味はどうかしら?」
「ガヒュッ……チ、チノアジガ、シマス……」
「そう、気に入ってもらえてよかったわ」
会話って、なんだったっけ?
というか、ふざけている場合ではない。右の肺臓に穴が開き、溜まった血液で窒息しそうになっている。息ができねえ。
はっ、そうだ! 俺、息しなくても平気じゃん。
「ふぅ、危なかった。もう少しで死ぬところだったぜ」
「窒息の前に失血死しそうな勢いだけど」
死亡フラグ回避ならず。全然大丈夫じゃなかった。
「床が汚れるから、冗談はそのくらいにしておきなさい」
「扱いがひどすぎませんか」
俺じゃなかったら即死級の一撃だったんだよ。幽香の中では全て冗談で済ませる範疇だということか。
「風見幽香にちょっかいを出してその程度で済んだのだから幸運だったと思いなさい。普通なら原形がなくなるまで膾にされるわよ」
「紫、私のことを何だと思ってるの。私は植物には優しいのよ」
幽香はたくましくバイオレンスに成長したようだ。そして、俺は植物のカテゴリに入っているのか。
「なんということだ。昔のゆうかりんはあんなに素直で可愛かったのに……」
「あら、それは面白そう。ぜひどんな妖怪だったのか聞かせてほしいものだわ」
「……話したら潰す」
「それがねぇ、あの頃のゆうかりんったら、いっつも人間に泣かされてあででででいたいいたいいたいしぬしぬしぬぅ!!」
幽香のアイアンクローが万力のような威力で俺の頭蓋骨を破砕しにかかる。まずい、頭から鳴っちゃいけない音が聞こえてきた。
「ごめんゆうかりんもう言わないから!」
「その呼び方も不快だわ。ゆうかりんなんて気持ち悪い呼び方しないで」
「なんでだ! 前はゆうかりんって呼んでも怒らなかったじゃないか!」
嫌だ嫌だと(死にかけながら)駄々をこねていると、幽香は俺の頭から手を離してそっぽを向いた。その顔は微妙に赤くなっている。もう、ゆうかりんってば素直じゃないんだから。
「じゃあこうしよう。ゆうかりんは俺のことを『ようりたん』と呼んでくれ。これでおあいこだ」
「馬鹿なの?」
養豚場のブタでも見るかのように冷たい眼差しを向けられた。背筋がゾクゾクするぜ。
「あなたたち仲いいのね。ようりたん、私と話すときより楽しそうじゃない。ゆかりん寂しいわー」
紫が茶菓子を食べながら心にもないことを言う。打算で付き合い始めた紫と対応が違うのは当然である。